MAMOR 最新号

9月号

定価:780円(税込)

 15歳から18歳という、遊びたい盛りの青春期を、わが国を守るために、勉学と訓練に費やす若者たちがいる。

 その学び舎は、高機能化・システム化された防衛装備品を運用する自衛官となる者を育成する陸上自衛隊高等工科学校。

 親元を離れ、校内の生徒舎で規律正しい団体生活を送りながら、日々、奮闘する生徒たちの様子をお届けしよう。

未来の日本防衛を育てる、陸上自衛隊高等工科学校とは?

画像: 未来の日本防衛を育てる、陸上自衛隊高等工科学校とは?

 横須賀(神奈川県)にある高等工科学校は防衛大臣直轄の教育機関。

 組織改編で名前を変えつつ68年の歴史を持ち、現在は中卒(見込含)、17歳未満の男子に応募資格があるが、2028年度からは男女共学化される予定。その教育の概要を紹介しよう。

【陸上自衛隊高等工科学校】
所在地:神奈川県横須賀市御幸浜2-1
生徒数:988人
受験倍率:推薦採用試験3.4倍、一般採用試験6.5倍(2023年)
学校長:今井俊夫陸将補

陸曹候補者を育成する、高等工科学校の教育

画像: 工科学校での授業風景。3年次は生徒の興味や関心に合わせ「教養」、「理数」、「国際」、「システム・サイバー」の専修コースを実施する

工科学校での授業風景。3年次は生徒の興味や関心に合わせ「教養」、「理数」、「国際」、「システム・サイバー」の専修コースを実施する

 高等工科学校(以下工科学校)の教育理念は「技術的な識能を有し、『知・徳・体』を兼ね備えた伸展性ある陸上自衛官としてふさわしい人材を育成する」こと。

 同校の生徒は特別職国家公務員の自衛隊員として3年間、「生徒手当」(月額10万6900円)を支給されながら教育を受ける。

「天に伸びゆく生徒の姿」をモチーフとする独創的な形の講堂。開校祭の発表では、約1200人を収容できる座席がほぼ満席になった

 工科学校で行われる主な教育は3つだ。1つ目は「一般教育」。普通科高校と同様の教育を受け、社会人として必要な知識や教養などを習得する。3学年修了時には高等学校の卒業資格が得られる。

 2つ目の「専門教育」は、高機能化し、システム化された車両や航空機、通信電子機器、火器などの陸自の装備品を操作し、その能力を発揮できる専門的な知識や技能を身に付けるための教育を行う。

画像: 各種戦闘訓練や25キロメートル行進訓練など、北富士演習場(山梨県)で約1週間行われる富士野営訓練での生徒たち

各種戦闘訓練や25キロメートル行進訓練など、北富士演習場(山梨県)で約1週間行われる富士野営訓練での生徒たち

 3つ目の「防衛基礎学」は、陸上自衛官の陸曹候補者に求められる防衛に関わる教養を学習。自衛隊法をはじめとした法令などを学ぶ「防衛教養」と、野外での基礎的な行動のノウハウを体得する「戦闘および戦技訓練」などを学ぶ。

 なお、専門教育と防衛基礎学は、現役の自衛官が教員を担当する。

規則正しい共同生活で絆が深まる

画像: 学生寮の「生徒舎」では、1部屋8人ほどで共同生活をする。げた箱には日課の靴磨きでいつもピカピカの作業靴などが並んでいる

学生寮の「生徒舎」では、1部屋8人ほどで共同生活をする。げた箱には日課の靴磨きでいつもピカピカの作業靴などが並んでいる

 生徒は、全員が校内の学生寮「生徒舎」で生活し、規律のある団体行動をとる。

 午前6時の起床にはじまり、点呼と清掃、朝食、午前の授業、昼食、午後の授業、クラブ活動、入浴、夕食、自習、清掃、点呼、そして午後10時30分の消灯までを、決められた時間どおりに行う。

画像: 毎週水曜日は生徒たちが楽しみにしているカレーの日。食堂では、海自カレーならぬ工科学校カレーに皆、自然と笑みが浮かぶ

毎週水曜日は生徒たちが楽しみにしているカレーの日。食堂では、海自カレーならぬ工科学校カレーに皆、自然と笑みが浮かぶ

 日課以外では、体力や気力、チームワークを養うため、各学年ごとに持続走競技会や銃剣道競技会などの競技会を実施。

 さらに陸自部隊での研修なども行い、理解と知識を深める。こうして共同生活をしながら勉学に励むため、卒業時までの3年間で生徒同士の絆は深まるという。

(MAMOR2024年2月号)

<文/魚本拓 撮影/増元幸司 写真提供/防衛省>

開校祭アルバム

 自衛隊の航空部隊では、航空機を運航する際、航空路図誌(※)などの飛行情報関連の出版物を使用している。

 これらの出版物の原稿を作成するための情報収集や編集・校正を行い、印刷を発注する業務に従事しているのが、飛行情報隊の図誌班だ。

※航空路図誌:年に6回発行される自衛隊の空の情報誌

画像: 図誌班  岩城2曹「私たちの航空図には愛情もたっぷり詰まっています!」
図誌班  岩城2曹「私たちの航空図には愛情もたっぷり詰まっています!」

1年間で6種類の飛行情報出版物を編集・校正

画像: 1年間で6種類の飛行情報出版物を編集・校正

 飛行情報隊の図誌班が編集・校正作業を担当する出版物は6種類。「航空路図誌」、さらに「訓練・試験空域図」、「自衛隊航空図」、「航空路要図」、「飛行計画要覧」、「特別な臨時訓練空域図」だ。各出版物は使用目的が違い、発行時期が異なる。

 例えば、年4回発行される「飛行計画要覧」は、航空機を運航する際の規則などの基本情報が網羅されていて、飛行計画を立案する際などに活用。また、年1回発行される「特別な臨時訓練空域図」は、空自などが大規模な訓練や演習を実施する際に使用する空域を図示。訓練や演習期間中にその周辺の空域で飛行する自衛隊の航空機に注意を促す。

 編集・校正された原稿の印刷を、各出版物で異なる部隊や印刷業者へ発注するのも図誌班の仕事だ。「飛行計画要覧」であれば空自第4補給処木更津支処 へ、「特別な臨時訓練空域図」は陸上自衛隊の地理情報隊 へ印刷を依頼する。印刷された各出版物はその後、陸・海・空各部隊に配布され、飛行計画の立案や、パイロットが飛行の際に携行し、飛行場への進入方式などを確認する際の資料となる。

 図誌班では、発行時期の異なる6種類の出版物を締め切りに間に合うよう、1年を通して綿密なスケジュール調整を行っている。その作業の流れを見てみよう。

図誌班のおおまかな作業の流れ

 1年間に発行時期の異なる6種類もの出版物の編集と校正作業を担当する図誌班。その任務の内容とはどのようなものなのだろうか。

 図誌班の任務における、一般的な作業の流れを追ってリポートする。

(1)国交省発行の航空路誌などで変更箇所や追加情報を確認

画像: 企画係から渡されたオーダーをパソコン上で編集する編集係の隊員

企画係から渡されたオーダーをパソコン上で編集する編集係の隊員

 航空関連事業を管轄する国土交通省では、航空機の運航に必要な規則や施設などが記載された「航空路誌」の更新情報「航空路誌改訂版」を、28日周期の「エアラック日」と呼ばれる日に発行し、同省のホームページで公開している。

 この航空路誌改訂版や官報、通知文書などを図誌班の企画係がチェック。図誌班が制作する6種類の出版物に記載された情報に変更がないか確認する。

 また、各航空部隊からの記載情報の要請なども精査し、変更箇所や誌面に盛り込む新規の情報がある場合は、企画係がその情報を基に作業のオーダー票を作成し、編集係に誌面や図面の作成を指示する。

(2)更新された情報を出版物に記載

画像: パソコンで修正した図面は部隊にある大型プリンターで仮印刷している

パソコンで修正した図面は部隊にある大型プリンターで仮印刷している

 企画係から作業のオーダーを受けた編集係は、コンピュータの飛行情報編集用ソフトを使用し、既存の出版物の変更箇所や新規に追加する情報を誌面や図面に書き加える作業を行う。作業し終えた原稿のデータは、飛行情報隊に備えつけられた大型のプリンターで試し刷りを実施。

 誤字や脱字などの誤りがないかをチェックし、間違いのある箇所があった場合は修正を行う校正作業に入る。作業の進ちょくについては終業時に班内で共有。締め切りまでのスケジュールを全員で確認し、調整する。

(3)入念な校正作業の後印刷所に送付

画像: 文章の校正とは違い、英数字だけの文字列を校正する作業は集中力と根気のいる仕事だ

文章の校正とは違い、英数字だけの文字列を校正する作業は集中力と根気のいる仕事だ

 図誌班が作成する飛行情報は航空機の安全な運航に影響するため、間違いは許されない。例えば、飛行高度の数字を間違えて記入した場合、パイロットはその数字に従って飛行する可能性がある。

 そこで、情報の正確性を担保するため、校正作業ではダブルチェックが必ず実施される。まずは編集係の隊員がチェックを行い、続いて企画係の隊員が確認し、間違いのある箇所に赤字を入れる。

画像: 校正作業では図誌班特有の略字を使用する。配置の移動を表す「M」と矢印を使い、地図上に赤字を書き込む企画係の隊員

校正作業では図誌班特有の略字を使用する。配置の移動を表す「M」と矢印を使い、地図上に赤字を書き込む企画係の隊員

 その際、図誌班では同班特有の略字を使用。「削除(Delete)」を示す(D)、文字などの「配置の移動(Move)」を示す(M)、文字などの「追加(Addition)」を示す(A)、「変更(Change)」を示す(C)などの赤字が、図面上に記され、それを基に修正が行われる。

 その後、完成した原稿データを製本を担当する部隊へ送付。「航空路図誌」は空自の教材整備隊 へ、「飛行計画要覧」は第4補給処木更津支処へ、「特別な臨時訓練空域図」と「訓練・試験空域図」、「自衛隊航空図」は陸自の地理情報隊へ、「航空路要図」は防水加工が施されており、特殊な印刷が必要になるため民間の業者へ送付される。完成した出版物は補給部隊などを通じて陸・海・空の各部隊に配布される。

図誌班が作っているモノ

 飛行情報隊の図誌班が編集・校正する出版物は、用途別に作成されている。航空路図誌以外の5種類を紹介しよう。

特別な臨時訓練空域図

画像: 特別な臨時訓練空域図

 自衛隊で大規模な臨時の訓練などが行われる際に発行する空域図。空域が使用できる期間と時間が左上に図示されている。

自衛隊航空図

 年1回発行される、日本全国と各地のものを合わせて全41図ある航空図。山の標高や地形の起伏などが詳細に記載されていて、主にヘリコプター部隊などが飛行高度の把握のために使用する。

訓練・試験空域図

画像: 訓練・試験空域図

 自衛隊が航空機の訓練を行う際に使用する空域を図示したもので、年1回発行。その空域と重なる航空路などを示すことで、周辺を飛行する予定の航空機に注意喚起する。

飛行計画要覧

 飛行計画の立案の際に必要なさまざまな資料や、航空交通管制に関する知識などを網羅的に掲載した、年4回発行の冊子。航空機を運航するための基本情報が載っているため、航空学生も使用する。

航空路要図

画像: 航空路要図

 国交省発行の航空路誌を基に、自衛隊の航空部隊用に編集した、年2回発行の航空図。パイロットが携帯しやすいように折り畳める仕様になっていて、防水加工が施され、耐久性もある。

隊員に聞きました!

「誰でもミスをする」という意識を持ち入念にチェック

画像: 能登半島地震の際は、被災地で活動する管制部隊のための空域図を急きょ半日で作成したという村上2曹

能登半島地震の際は、被災地で活動する管制部隊のための空域図を急きょ半日で作成したという村上2曹

 以前は飛行隊の隊員として、航空路図誌などを使用する側だったという村上2等空曹。 

「『人間は誰しもミスをする』という意識を常に持ち、校正作業では必ず2人以上の複数の目を通し、元情報と照合しながら思い込みでミスをしないようにチェックしています」

 そうして発行された飛行情報出版物に対し、パイロットから「使いやすくなった」という声が届くことが励みになっている。

「それが、飛行情報隊の隊員になって良かったと感じる瞬間ですね。今後も、パイロットや管制官を支えられるよう業務を遂行し、空自の進化のための一助となれればと思っています」

班員が一丸となってチームプレーでデータ作成

画像: 任務を行う中で1番気を付けているのは「正確な数字を記載することと締切」と語る須田1曹

任務を行う中で1番気を付けているのは「正確な数字を記載することと締切」と語る須田1曹

「初めて配属されたときは戸惑いがありました。でもこの部隊はさまざまな部隊を経験した隊員が集まっていて、互いに助け合いながら運営されています。私も助けられることが多く、恵まれていて感謝しかありません」

 その“隊風”は業務にも生かされていると、須田1等空曹は言う。

「図誌班の業務にはチームプレーが欠かせません。1人でも違う方向を向いて作業をしていると、年間で6つの出版物をスケジュールどおりに発行するという目標が達成できないからです。班員が一丸となってデータを作成し、全ページの校正作業を終えたときは毎回とてもうれしいですね」

<文/魚本 拓 写真/星 亘(扶桑社)>

(MAMOR2024年10月号)

空の地図をつくる精鋭たち

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 本誌「MAMOR」のキャッチフレーズは「日本の防衛のこと、もっと知りたい!」です。防衛省・自衛隊の政策や活動を広く国民にお知らせすることがマモルの使命なのです。

 そこで、読者の皆さんから募った防衛に関するさまざまな疑問、質問について、われらが広報アドバイザー・志田音々さんがインタビュアーとなって、各界の識者に教えていただこうと思います。

【志田音々】
タレント、女優。1998年、埼玉県出身。2014年にデビューし、舞台『フルーツバスケット The Final』など幅広く活躍中。23年から防衛省広報アドバイザー(注)に就任

(注)防衛省・自衛隊の各種広報活動に協力することを目的として2023年に設けられた制度のこと

【木村陸将補】
自衛隊サイバー防衛隊司令として部隊を指揮。自衛隊サイバー防衛隊は、防衛省・自衛隊の通信ネットワークの管理・運用のほか、サイバー攻撃への対処を任務としている

Q:サイバー攻撃はなぜ脅威なの?

画像: 2022年の自衛隊サイバー防衛隊発足時、岸防衛大臣(当時)から部隊旗を授与される木村陸将補(右) 写真提供/防衛省

2022年の自衛隊サイバー防衛隊発足時、岸防衛大臣(当時)から部隊旗を授与される木村陸将補(右) 写真提供/防衛省

志田音々(以下「志田」):有名企業などに対してサイバー攻撃があったニュースを見ましたが、自衛隊は大丈夫なのでしょうか?

木村陸将補(以下「司令」):サイバー攻撃とは、ネットワークを通じてサーバーやパソコンなどに侵入して、データを盗んだり破壊・改ざんする行為のことで、最近、立て続けに大手企業や官公庁が狙われてニュースになりましたね。

 サイバー空間における攻撃というのは、軍事の世界では日常的に行われています。その理由は、まず軍にとって情報収集は非常に重要だということが挙げられます。部隊を動かす指揮官のもとには、各部隊から得られたさまざまな情報が集約されます。

 そのシステムがサイバー攻撃を受けると、作戦立案に支障が出るだけでなく、攻撃側に行動が読まれることも考えられます。例えば、ロシア軍はウクライナ軍に兵士を集合させる偽の指令を出し、集まったところに砲撃を浴びせた、という事例もありました。

志田:なんだか怖いですね。こうしたサイバー攻撃にはどのような特徴があるのでしょうか?

司令:1つには、攻撃側が他人のパソコンを乗っ取るなどして、複数のパソコンを介して攻撃するケースが多いので、誰が攻撃したのか、特定が非常に難しいということです。もう1つは、国境を簡単に超えるということ。

 銃やミサイルだと射程から外れたら被害を受けることはありませんが、サイバー空間には物理的な距離がないので、地球の裏側からでも攻撃できてしまいます。また最近は手段が巧妙化しているので、攻撃されたかどうか、そもそも気付かないこともあります。そうしたことからサイバー攻撃は、攻撃側が被害者より圧倒的に有利です。

志田:どこからでもアクセスできるというサイバー空間(インターネット)の利点が、悪用されているわけですね。攻撃を受けたときはどうするのですか?

司令:防衛省・自衛隊の通信ネットワークの管理・運用のほか、サイバー攻撃への対処を任務としています。われわれ自衛隊サイバー防衛隊の隊員が通信ネットワークを防護するため、24時間態勢で監視し、このようなサイバー攻撃への対処を行っています。

サイバー攻撃対策でも、重要なのはやっぱり「人」

画像: サイバー攻撃に備えて防衛省・自衛隊の通信システムの管理・運用・監視などを行う自衛隊サイバー防衛隊の隊員ら(イメージ) 写真提供/防衛省

サイバー攻撃に備えて防衛省・自衛隊の通信システムの管理・運用・監視などを行う自衛隊サイバー防衛隊の隊員ら(イメージ) 写真提供/防衛省

志田:有事以外でも、サイバー攻撃を受けることはあるのですか?

司令:例えば、防衛省では、年間100万件以上の不審なEメールや不正な通信を認知しています。その中には不正アクセスを狙った、怪しいEメールが非常に多く含まれているので、われわれ自衛隊サイバー防衛隊の隊員がチェックしています。

志田:人力ですか!? かなり大変なのではないでしょうか。

司令:サイバー攻撃への対処で重要なのは、やはり人材なんですよね。アメリカ軍は約6200人規模なのに対し、2023年度末現在、自衛隊のサイバー要員は約2230人です。今後は、27年度までに約4000人にまで増やす予定です。

 現在、サイバーの専門教育は、陸上自衛隊システム通信・サイバー学校で行っていますが、今後隊員を外部のサイバー教育に参加させるなど、幅広く育成の取り組みを行っています。ほかにも、政府の内閣サイバーセキュリティーセンター(NISC)の訓練や人事交流に協力するなど、他省庁とも連携しています。サイバー分野に長けた人材の採用制度も充実させていく予定ですが、志田さんもいかがですか?

志田:スマホの扱いにも困ることがあるくらいなので、ちょっと荷が重すぎます~(泣)。

(MAMOR2024年11月号)

<文/古里学 写真/増元幸司>

志田音々のねぇねぇ防衛のこと、もっと教えて!

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 航空自衛隊には、世界で唯一の電子戦機「EC-1」という機体がある。これは、現代の戦争においては電子戦が重要といわれているためだ。では、そもそも「電子戦」とはどんなものなのか。

 そこで、「見えない戦い」といわれている電子戦についてを軍事評論家の井上孝司氏に伺ってみた。 

見えない戦い、電子戦とはなにか?

画像: 迷彩柄の輸送機C‐1(写真手前)と電子戦の訓練を終えて入間基地に帰還するEC‐1。この日は珍しく改良元の機体と改良機が並んだ

迷彩柄の輸送機C‐1(写真手前)と電子戦の訓練を終えて入間基地に帰還するEC‐1。この日は珍しく改良元の機体と改良機が並んだ

「電子戦の発端となったのは、軍事作戦にエレクトロニクス、つまり電子機器が使用されるようになった第2次世界大戦です」と、井上氏は話す。

「現在では作戦の指令や情報のやりとりに欠かせない通信機器、そして航空機の誘導や探知に必要なレーダーという電子機器の装備品が登場し、これらを活用することで戦闘が有利に進められるようになりました。逆に言えば、敵の通信機器やレーダーを無力化すれば、自軍の戦闘が優勢になるということであり、そこから電子戦という概念が生まれたわけです」

 その代表例が、第2次世界大戦でイギリス軍とドイツ軍が相互に展開した相手の都市への夜間爆撃だという。

「視覚に頼れない夜間に爆撃を行う場合、正確な位置に爆弾を投下するには、航空機を誘導電波で誘導する必要があります。一方、爆撃される側としては、爆撃機の飛来の探知や、自軍の戦闘機で迎え撃つためにレーダーを使用します。

 また、戦闘機を管制するためには、地上のレーダー施設と無線で交信しなければなりません。そこで、イギリス軍とドイツ軍は、双方が敵のレーダーや通信を妨害するという、激しい電子戦を展開したんです」

大きく3つに分類される電子戦

 こうして幕を開けた電子戦。それは大きく3つに分類されると、井上氏は説明する。

「敵のレーダーや通信機器が発する電磁波をジャミング(妨害)してそれらを無力化するため、強力な電磁波や偽の電磁波を発射するのが『電子攻撃』。

 敵から電子攻撃を受けた場合、使用している電磁波の周波数の変更や、出力を増加することなどで相手の攻撃を低減したり無力化したりするのが『電子防護』です。

『電子戦支援』は、敵が使用するレーダーや通信機器、電子攻撃用の装備品の電磁波に関する情報の収集活動や電子戦器材の設定のことを言います」

 そのなかでも電子戦にとって重要なのは電子戦支援だと、井上氏は指摘する。

「敵が使用するレーダーや通信機器、電子戦用の兵器の発する電磁波の周波数などを把握・分析してデータを蓄積しておけば、電子攻撃を受けても対抗しやすくなります。そこで各国の軍隊では、電子戦のための仮想敵国の情報収集を積極的に行っています。日本の周辺に頻繁に現れるロシアや中国の航空機や船舶も、その多くは日本のレーダー施設などが発する電磁波に関わる情報の収集を目的としていると考えられます」

 電子戦ではまた、実戦のなかで得た電磁波などに関する情報がものをいうと、井上氏は力説する。

「自衛隊では実戦経験のある同盟国や準同盟国との良好な関係を維持し、電子戦に関わる情報の共有を図る必要があります。そのうえで期待されるのが、空自の電子戦隊の活動です。世界でもまれなEC−1での実戦に近づけた電子戦の日々の訓練とそこで得られたデータが、今後ますます重要になると思います」

電子戦訓練では空自の通信施設やレーダーにEC-1が妨害電波を発する

 電子戦機EC-1の電子戦訓練では、地対空ミサイルを誘導する空自のペトリオットレーダー部隊や、戦闘機などを管制する地上警戒管制レーダー部隊などが発する電磁波をEC-1が探知し、それぞれに妨害電波を発射し、ミサイル誘導や統制機能などを一時的に低減・無力化する、実戦に近い訓練などが行われている。

【井上孝司氏】
1966年、静岡県出身。マイクロソフト株式会社(当時)での勤務を経た後、軍事や航空、鉄道関連の執筆活動に入る。軍事評論家

<文/魚本拓 写真/荒井健>

世界に1機だけの電子戦機を独占スクープ!

(MAMOR2025年4月号)

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 航空機が安全に飛ぶために必要な空の地図、「航空図」。自衛隊にはこの航空図を作成する専門の部隊がある。それが、航空自衛隊の飛行情報隊だ。

 全ての自衛隊の航空機の運用に関わる情報の収集・提供を一手に引き受けるこの部隊は、いったいどのような部隊なのだろうか。隊員数は20人ほどの少数精鋭だというが、まずは部隊の沿革や編成、後方支援部隊としての役割などについて紹介しよう。

航空情報の提供を行う自衛隊唯一の部隊

画像: 府中基地にある飛行情報隊の隊舎。鮮やかな緑の外壁が特徴的

府中基地にある飛行情報隊の隊舎。鮮やかな緑の外壁が特徴的

 1973年に航空自衛隊に新設された保安管制群飛行情報隊を前身とする飛行情報隊。府中基地(東京都)に所在する、航空支援集団・航空保安管制群隷下の部隊だ。全ての自衛隊の航空機が安全に運航するために必要な情報の提供を行う唯一の部隊で、隊員数は約20人。

 総括班と、飛行情報に関する出版物の編集・校正業務を行う図誌班、航空機を運航する際に必要な航空情報の1つであるノータムを審査するノータム班で編成されている。

 飛行情報隊では、以上の業務のほかにも、訓練や国際緊急援助活動などで空自の航空機が国外で運航される場合には、航行に必要とされる現地の航空情報の収集を実施。飛行管理隊が運用する「飛行管理情報処理システム」やアメリカ連邦航空局のウェブサイトなどで収集した情報を関係部署に提供している。

 これらの業務を行うため、防衛省・自衛隊だけでなく、航空関連事業を管轄する国土交通省やそのほかの関係機関など、さまざまな機関と情報交換を頻繁に行っていることもこの部隊の特徴だ。

航空機の安全な運航のため正確な情報を提供

画像: 「今後は航空情報のデジタル化が進んでいくと思いますが、全体の概要をひと目で把握しやすいアナログ=印刷物の重要性はしばらく変わらないでしょう」と語る田中3佐

「今後は航空情報のデジタル化が進んでいくと思いますが、全体の概要をひと目で把握しやすいアナログ=印刷物の重要性はしばらく変わらないでしょう」と語る田中3佐

「飛行情報隊では平時、有事を問わず、全ての自衛隊の航空情報に関する処理を一元的に担っています」と話すのは隊長の田中3等空佐だ。飛行情報隊が収集・提供する航空情報は、自衛隊の全てのパイロットにとって必須となるため、その情報を扱う部隊の長としての責任を感じているという。

「飛行場から離陸し、フライトする航空機を操縦するパイロットは立ち止まってものを考えることができません。ですから、航空機を運航する前に、いかに多くの情報を集めてフライトに臨むかが重要です。

 その情報に間違いがあると命に関わるので、情報を提供する側としては、ダブルチェック、トリプルチェックを行う必要があります。そうして正確な情報を提供することで、パイロットの縁の下の力持ちになれれば、と思っています」

 そのため、業務は、いわば「パイロット・ファースト」で実施されている。

「例えば、2021年に、航空路図誌(※)の構成を大幅に見直し、改訂。ユーザーであるパイロットを中心に聞き取りを行い、試行錯誤して『使いやすさ』に徹底的にこだわった誌面にしました。これからも関係者のさまざまな意見を反映して、ユーザー満足度ナンバーワンの情報提供を目指していきます」

 隊長としては、円滑な部隊運営にも気を配る必要がある。田中3佐は、「指導方針として掲げているのは、『明るく、楽しく』です。各隊員がやりがいを感じ、仕事に満足して業務を遂行できるよう、活気のある部隊にしたいと思っています」

※航空路図誌:年に6回発行される自衛隊の空の情報誌

<文/魚本拓 写真/星亘(扶桑社)>

(MAMOR2024年10月号)

空の地図をつくる精鋭たち

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

 ゲリラやテロリストとの闘いから一変、国同士の正面衝突というひと昔前の戦争と同じ様相を呈しているロシアによるウクライナ侵略。

 ドローンや各種ハイテク兵器など新しい装備品も登場し、転換期を迎えている世界の防衛産業。その実態を軍事技術に詳しい井上孝司氏に聞いた。

欧米企業が上位を占め、中国の防衛産業が急上昇

2022年の軍事費の割合(アメリカドルで換算した主要国のシェア率)。アメリカが約40パーセントを占め、圧倒的な世界シェアとなっている SIPRI調査を元に編集部で作成

 東西冷戦の終結で軍縮や予算削減が続いてきた世界の防衛産業が、2022年に勃発したウクライナ戦争や23年のイスラエル・パレスチナの紛争などで注目され始めた。

 軍事関連の調査研究を専門に行うストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のリポートでは、22年度に世界で最も軍事費が多いのはアメリカの約118兆円で世界全体の39パーセントを占め、次いで中国が約39兆円で13パーセント、ロシアが約12兆円で3.9パーセントとなっている。日本の防衛関係費は約6兆円で世界第10位だ。

2022年3月、防衛省はウクライナへの支援として非武器である防弾チョッキを提供。ウクライナはロシアの侵略以降、大量の装備品支援を受け世界4位の装備品輸入国となった

 また防衛関連企業の売上高に目を向けると上位は欧米企業が占めている。SIPRIの調査では1位はロッキード・マーティン社の約633億ドル、2位はRTX社(注)で約396億ドル、3位がノースロップ・グラマン社の約324億ドルとアメリカ企業が続くが、「4位の中国航空工業集団、8位の中国兵器工業集団、10位の中国南方工業集団と10位内に中国企業が3社入っている。中国は国ぐるみで軍事企業を拡大させています」と井上氏。

世界の主な防衛産業企業

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の調査を元に編集部で作成

世界の主な防衛産業の企業と本社所在地。円の大きさは売上(2022年)の大きさを示す。アメリカ、中国、ヨーロッパの企業が上位を占める。

世界の軍事支出の推移

『令和6年版 防衛白書』を元に編集部で作成

1998年から2024年までの主要国の軍事費推移(倍率は1998年と2024年の比較)。各国とも支出は増えているが中国の拡大が著しい。

合併と吸収を繰り返し専業化と巨大化が進む

アメリカのメリーランド州に本社を置くロッキード・マーティン社。合併や吸収を繰り返し、世界有数の航空宇宙・防衛企業に成長した

 現在の防衛産業のトレンドは大きく2つあると井上氏は語る。

「1つは大手企業の専門専業化で、1990年代からM&Aで選択と集中が進みました。もう1つは航空機や艦船など装備品そのものよりも、搭載する機器類が注目されています」

 21世紀に入り装備品のハイテク化、複雑化と開発・製造コストの上昇が続き、大手防衛企業は、専門性の高い企業との合併などで巨大化。得意分野を鮮明に打ち出し、それまでの百貨店的な業態から巨大専門店へと変貌を遂げている。

「例えばロッキード・マーティン社は、戦闘機や航空機用の各種ミサイルは手掛けていますが、陸上装備品はあまり製造しておらず航空機に強い。

 そして情報通信、宇宙、サイバー、無人機などの分野へは、グーグル、アマゾンなどの大手IT企業からスタートアップ企業まで、従来の防衛産業とは異なる業種からも参入し、有望な新進企業を大手が吸収する構図になっています」と井上氏は続ける。

深化する国境を越えた企業間のネットワーク作り

画像: 2023年12月、木原稔防衛大臣(当時、写真中央)はグラント・シャップス イギリス国防相(右)、グイード・クロセットイタリア国防相との間で、次期戦闘機の共同開発に関する政府間機関の設立に関する条約を締結し、協力関係を深めた

2023年12月、木原稔防衛大臣(当時、写真中央)はグラント・シャップス イギリス国防相(右)、グイード・クロセットイタリア国防相との間で、次期戦闘機の共同開発に関する政府間機関の設立に関する条約を締結し、協力関係を深めた

「防衛産業でM&Aが行われる背景には企業の生き残り戦略もありますが、航空機や戦車といった装備品より、そこに搭載する電子機器やセンサーなどが価格的に高くなっている現状も影響しています」と井上氏。

「1社で全てを完結して生産するより、ある企業が生産した機器をさまざまな航空機メーカーの機体に搭載したほうがコストや納期などの点で効率が良い。日・英・伊で共同開発される次期戦闘機のように、国境を越えた国際分業もやりやすい」と新たな潮流を説明する。

「製造コストが上昇したため複数の企業でリスクと経費を分担し、みんなで作ってみんなで買う構図です」

 現在、防衛産業は世界的に成長期にあるという。ウクライナ戦争以降、各国とも平時から備えが必要だという認識が出てきたためだ。「装備品の生産を通じた国際ネットワークは、盛んになると思われます」と井上氏は予想している。

(注)旧社名はレイセオン・テクノロジーズ。アメリカのバージニア州に本社を置く航空宇宙・防衛企業

井上孝司氏

【井上孝司氏】
軍事研究家、テクニカルライター。主な著書に『現代ミリタリー・ロジスティクス入門』(潮書房光人新社)などがある

(MAMOR2025年3月号)

※記事内容は上記掲載号の発売時点のものです

<文/古里学>

どうなるどうする日本の防衛産業

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