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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

宗教戦争(4)

2009-05-14 | Weblog
アントワネットの仕返しが、どういう形でくるか、しばらく息を潜めてみていたところ、変な噂が流れ始めた。その噂は、アンジェルがシルエ夫人から聞いたもので、シルエ夫人はウライ夫人から聞いたと言っていた。教祖がアモン夫人と出来ている、というのだ。数日後、二人がアボボの安宿に一緒に入っていったのを見た、という噂が流れた。誰がいつそれを見たのかは全く不明ながら、噂は確実に広がっていく。

そんな噂を流すのは、アントワネット以外にいない。だいたい彼女は、いつも噂話の発信源であった。それに、アモン夫人に嫉妬する理由がある。アモンの家で祈祷が行われるようになって以来、アントワネットの祈祷会での地位、教祖への特別な関係が脅かされている。なにより、アモン夫人は彼女とは比較にならないくらい美人だ。

アモン夫人は噂を聞いて怒る。アンジェルのところにやってきて、いったい全体、この馬鹿げた噂を流す意地悪な人は誰だ、と怒りをぶちまける。アンジェルは、そんな噂は聞いていないけれど、もし聞いたらちゃんと打ち消しておくわ、と答える。アモン夫人は、友達の家を片端から訪ねて、噂の否定に躍起になった。唯一訪ねない家があった。アントワネットの家である。

アントワネットは、自分が噂の主であると、アモン夫人が非難して回っているということを聞いた。ある日、着物をきちんと着込んで、アモン家に乗り込んでいった。アモンが外出しているのを見計らってである。
「なんであんたは、あんたが教祖と浮気をしているという噂を、この私が流しているなどと吹聴して回っているの。」
アモン家の家政婦は、二人のご婦人の間で、その後叫びあい、怒鳴りあい、ついに手が出た、と情報を伝えた。噂はその日のうちに、町じゅうにひろがった。

そこまできてようやく、噂はアモンの耳に入った。アモン夫人は、アモンにアントワネットのところに出かけて、断固として抗議してほしい、と頼んだ。私の名誉がかかっているのよ。ところがアモンの見方は、ちょっと違っていた。火のないところに煙は立たない。部族によっては、寝取られ男は直ちに首を吊らなければならないくらい、妻に浮気をされることは恥である。つまり、彼の名誉がかかっているのだ。

アモンは言う。「なんでアントワネットは、そんな噂を流したか、だ。」
「知るもんですか。あなただってアントワネットがどんな女か、知っているでしょう。」
「彼女だって、何か根拠があるから、お前が教祖と寝たと言うのだろう。」
「何ですって。あなたは、私の名誉を汚したアントワネットに断固抗議するどころか、彼女の肩を持つというの。」
「教祖とお前の間に、何があったのかを知りたいだけだ。」

家政婦の語ったところでは、アモン夫人は夫の支援を得ようと思っていたのに、反対に夫に疑われたこともあり、大声で叫び始めた。アモンもいきり立った。
「お前は俺に向かって、そんな声を張り上げるのか。」
ぱしん、と平手が飛んだ。驚愕したアモン夫人は、寝室に閉じ篭ってしまった。ちょうどそのとき、まさにその教祖がやってきたのだ。戸口で、アモンは教祖と鉢合わせる。
「愛人に会いに来たのか。貴様の彼女は、もう寝室で服を脱いで待っているよ。俺は出て行く。」
教祖は訳がわからず、そのまま来た道を折り返した。

家を飛び出したアモンは、いつもの飲み屋に行って、ビールを注文する。アリスティドもカラモコもベルナールも、いつものとおり飲んでいる。
「あの詐欺師は、俺の妻を寝取りやがった。もう、あいつとは離縁だ。」
3人は目を見合わせる。カラモコが言う。
「まあ、冷静になりな。今のところ、これは噂でしかないんだから。」
「噂が流れているのを知りながら、俺には何も知らせてくれなかったというわけだ。」
「おいちょっと、冗談だろ。俺が悪魔の呪文を唱えていると、方々で噂を流していたのは誰だったのか。」
アモンは黙る。いずれにしても、皆がずいぶん馬鹿げたことに翻弄されてきたものだ。

アモンは夫人を離縁しなかった。彼女の収入で生活しているのだから、どのみち離縁できないのだ。教祖はそれ以来、町内に足を踏み入れることはなかった。アントワネットは皆から疎遠になり、そのうち引っ越していった。アモンは、携帯電話の会社に新しい就職先を見つけた。

ずいぶん日にちが経って、町内がこの一件をほぼ忘れ去った頃、カラモコはアリスティドに言った。
「俺は、妻が台所で家政婦と一緒にいるときに、こう言ったんだ。おい、信じられるか、アモン夫人が教祖と寝ているという話だぜ。本当に人間というのは、どんなことでもやる。あのアモンに対して、この仕打ちだ。」
それから、家政婦に対して、このことは絶対口外しないように、と口止めしたというのだ。君は孫子の兵法を説いてくれたが、これは俺たちジュラ人(北部部族)の兵法だ、とカラモコは言う。
「敵がこちらの家に火をつけようとするなら、先に敵の家に火をつけろ。敵は火消しに躍起になって、こちらのことを忘れる。」

町内には平和が戻った。そして今日も、アリスティド、カラモコ、ベルナールそしてアモンが、仕事の後、飲み屋にいってビールを飲みながら、あれこれ管を巻いているのである。

(終わり)

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