もうひとつスポーツの話。アフリカで、ましてやフランス語圏の西アフリカで、野球をする人々がいる。そういう人たちに、ブルキナファソに行ったときに出会って驚いた話は、すでに書いた。ところが、その驚きに輪を掛けたようなことが、わがお膝元のアビジャンで起こった。私のところに、「第1回コートジボワール全国野球選手権」開催の招待状が届いたのである。
胡散臭い話であってはいけないので、一応、青年スポーツ省にも問い合わせてみた。そうしたら、青年スポーツ大臣は他用があって出られないが、ちゃんと誰か局長を出席させる、という。それならば、青年スポーツ省も認知した、本物の全国野球大会なのだ。しかも、「第1回」というからには、コートジボワールで初めての野球大会。野球の国、日本の大使が、そのような歴史的な大会に、出席し損ねてはならない。車に日の丸を旗めかせ、私は大会会場に赴いた。
アビジャンの公共グラウンドで、ゲサン野球連盟会長が、私を待っていた。バックネットやピッチャーのマウンドがあるような、専用の野球場はこちらにはない。だから、見たところいかにも草野球である。グラウンドに張ったテントに、観客席が設えてあり、そこに座る。試合は既にはじまっていて、子供たちがグラウンドに広がり、グローブを構えている。チームごとにお揃いのシャツを着ている。
それにしても、アビジャンで、野球の試合を観戦できるとは。
「1997年に、コートジボワール野球連盟を結成しました。それから、こつこつとチームを増やし、道具を一つ一つ買い揃え、10年続けてきました。会員も増えて、5百人を数えるほどになりました。ようやく、正式な対抗試合を行えるくらいになったので、全国大会を行おうということになって、今日を迎えたというわけです。」
ゲサン会長は、嬉しそうに私に説明する。ゲサン会長は、いつもは水資源省の公務員である。でも毎週水曜日と土曜日の午後には、各地で集まって練習をしているという。今日の大会では、子供のチームの対抗試合と、大人のチームの試合がある。女性は、ソフトボールの対抗試合を行う。
全国大会と聞いていますが、どこから何チーム来ているのですか。
「アビジャン市内で3チームです。マルコリ、ヨプゴン、アボボの3地区から来ています。それから、ティアサレからも1チームが来ています。」
ティアサレとは、アビジャンから北西に100キロ離れた町である。4チームだけで、全国大会と銘打つのには、ちょっと心許ないけれど、何事であれ事始めというのはこういうものだろう。
アフリカで野球ですか、と聞くと、当然ですよという顔で会長は応える。
「ご存知ないかも知れないが、4年ごとにアフリカ諸国対抗の野球選手権があるのですよ。前回は2006年に、ナイジェリアの首都アブジャで開催されました。」
参加している国は、コートジボワールのほかに、ブルキナファソ、マリ、ナイジェリア、ガーナ、トーゴ、セネガル、南ア、ケニア、ジンバブエだという。カメルーンもまだチームはできないけれど、試合を見にやってくる。英語圏より、むしろフランス語圏の西アフリカ諸国のほうが熱心ではないか、と驚く。
「でも、やはりいつも、決勝戦はナイジェリアと南アの対決になります。英語圏ですよね、強いのは。」
昨年、キューバ政府が、アフリカ各地から8人ほど、野球選手を招待した。3ヶ月の野球研修である。コートジボワールからも、1人参加した。その人が、帰ってきて各地で野球を指導している。それで、コートジボワールの野球愛好家たちの意欲が、おおいに高まった。
「一番熱心なのが、子供たちです。野球というのは不思議なスポーツですね。一度はじめたら、皆が必ず病み付きになる。昔、一緒に野球をやった子供が、親の転勤でイタリアに渡った。何年もたって、青年になってアビジャンに帰ってきた。そうしたら、また野球をやりたいといって戻ってきました。」と、ゲサン会長。
バッテリーが見事に3球三振をとって、攻守交替である。キャッチャーは、その場でマスクやプロテクターを全部外す。1組しかないから、交代で使うのである。次のバッターは、小さな男の子が出てきた。長すぎるバットを構える。
「あの子には、ムスティーク(蚊)と仇名がついています。あの小さい身体で、いや良く打つのです。」
ムスティーク君は、結局四球で歩く。次のバッターのときに、いきなり盗塁をする。おっと、キャッチャーから二塁に悪送球でムスティーク君、そのまま三塁まで進んだ。バッターは二塁に内野ゴロを打つ。と、ムスティーク君はホームめがけて走った。二塁手はうまくホームに返球できず、1点が易々と入ってしまう。
レベルは草野球そのもの。でも、皆大喜びである。私が感心したのは、子供たちが道具を大切に扱っていること。守りから戻ると、グローブを一箇所に集めて並べておく。ヘルメットも4つ、必ず綺麗に並べる。道具を投げ散らかしたりしない。さて、子供の部が無事終わって、大人のチームが出てきた。ヨプゴン対アボボである。さすがに、皆体格も良くて球威もあり、ゲームが本格的になる。隣の青年スポーツ省の局長さんは、しきりにルールを訊ねている。打って走ってと、リズムのいい試合が続く。
夕方、日が翳るころになって、ようやく全試合が終了した。グラウンドに集合した選手たちの前で、私は祝辞を述べる。日本から来て、この西アフリカでも野球を楽しむ人々がいるのを知って、大変嬉しく思っている、記念すべき第1回の全国大会に臨席できて、とても良かった、と話す。ゲサン会長は、日本大使に来ていただいたので、皆とても勇気付けられた、という挨拶をした。
全国大会といっても、優勝旗もトロフィーもない。ふと足元を見ると、ファウルラインが黒い。石灰がないのか、炭を細かく砕いて粉にして、それで黒いラインを引いている。まったくの手作りで、全国大会を開催したのだ。みんな、夕日の中で、少し疲れながらも、全国大会の試合が出来たという、達成感いっぱいの表情だ。コートジボワール中の野球をしたい人々が、今日はじめて全員で、一つのグラウンドに集まった。それだけで皆、何より満足しているようだった。 ピッチャー投げた
ムスティーク君の打席
次の打席は打つぞ
大人チームの試合
試合終了
閉会式
野球の普及は日本人によると思っていたのですが,キューバも力を入れているようですね.