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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

大統領の涙

2009-04-04 | Weblog
公邸の庭で、ラジオに耳を当てていた警備員が、ぴょんと飛び上がった。どうした、と聞くと、試合開始後1分で、コートジボワールがいきなり1点入れた、と満面の笑みをたたえている。今日(3月29日)は、2010年ワールドカップの予選で、コートジボワール対マラウイ戦が、アビジャン市内の競技場で行われる。昼間から、コートジボワールの三色旗を振りかざした車や、応援のTシャツを着た人々が、アビジャンの街に溢れていて、大変な盛り上がりだ。

だから、試合は5対0でコートジボワールの勝利に終わった、と聞いたとき、私は、これは厄介なことになるなと思った。というのは、試合は夕方に終わり、そして私は、夜に日本からのお客人といっしょに、市内レストランに夕食に出る予定になっている。街に出ると、おそらく車と人でごったがえし、大渋滞だろう。騒ぎが街のあちこちで起こり、そこに乱暴な連中がいないとも限らない。まあ、どうにもならないようだったら、予約をキャンセルしようと、とりあえず車で出発した。

ところが、車の流れはいつもどおり。旗を振りかざして騒いでいる人々はいない。時折、バイクがクラクションを鳴らす程度だ。何か変だ。コートジボワールは圧勝のはずなのに。夕食を終えての帰り道も、渋滞も何もなく、まるで今日は負け試合であったかのような雰囲気である。公邸に帰ってから、いったい何が起こったのかを知った。試合開始の前に、競技場において人垣が崩れて、多くの人々が押しつぶされた。19人が死亡、132人が怪我をするという、大惨事が起こっていたのである。

みんな試合に熱狂していたし、数万を超える観客がいるなかで、あちこちで小競り合いや騒ぎがあるのは、想定の範囲内である。だから、試合中は何が起こったのか、誰も気にしなかった。試合が終わってから、どうも大変なことが起こったらしい、ということが明らかになってきた。夕刻のテレビニュースの頃には、コートジボワールの勝利とともに、多くの人々が命を失ったのだということが、報じられ始めた。人々は、街に繰り出すことを止めた。国中の雰囲気が、祝賀から服喪に変わった。

翌30日、ソロ首相は臨時閣議を招集し、原因究明と責任の所在を明らかにするために、事故調査委員会を立ち上げることを決定した。バグボ大統領は、3日間国家として喪に服することを宣言した。そして、急遽4月1日に、事故の起こった競技場の脇で、追悼式典が行われることになった。外交団にも案内が来た。私は出張でアビジャンを留守にしていた。しかし、このように国民みんなが弔いの気持ちを一つにしているときには、日本としても連帯を示すことが重要である。私は出張先から指示をして、大使館から私の代わりを出席させることにした。

追悼式典では、ムスリムのイマム(導師)と、カトリックの神父がお祈りをし、さらにバンツィオ青年スポーツ相が追悼の言葉を述べた。
そして、バグボ大統領がマイクの前に立った。
「国際サッカー連盟が、世界の全ての競技場で、1分間の黙祷を捧げるように指示したことに、私は感謝をいたします。私達は、しばしば不幸な出来事に見舞われてきました。でもこの度は、世界の人々がコートジボワールの人々に、連帯の気持ちを表してくれました。このようなことは、いつもあることではありません。」

列席している人々は、大統領の次の言葉を待った。10秒、20秒。大統領は言葉を発しない。会場に静寂が続く。
大統領が、ようやく押し殺した声で、もう一度演説を繰り返し始めた。
「私達は、不幸な出来事に見舞われてきました。そして、世界の人々がコートジボワールの人々に、連帯の気持ちを表してくれました。」
また、次の言葉が出ない。

大統領は泣いていた。大統領の涙は、遺族の人々や、列席の人々の涙を誘った。涙は事故の犠牲者のために流れ、そしてこの国の不幸な年月の間に命を失った多くの人々のために流れたのだ。翌日の新聞は、大統領の涙をそう表現した。

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1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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不幸な事故 (CHIBIMAE)
2009-04-05 19:15:52
アフリカの一国のサッカー場で死者が出たというニュースは,やっぱりアフリカの治安は悪いんだというイメージに繋がってしまいます.大統領が涙したほどの事態だと分かって,予期せぬ不幸な事故だったことが理解できました.
ただ,サッカー場でのこのような事故は,イングランドのヒルズボロを初め,これまで数々起こってきているので,スタジアムの改築,入場制限,チケッティングの改善等が行われてきました.その点が今後検討されることでしょうね.
亡くなられた方々にお悔やみ申し上げます.
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