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コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

水には透明性を

2009-03-02 | Weblog

「そんなの、全部ビニール管にすればいいじゃないですか。」
と、これは誰もが考える、常識的な解決策だ。
用水路のコンクリートの壁が、激しい気候のせいで方々でひび割れる。そこから大切な水が、漏れていく。農場を管理する組合は、その都度、セメントで穴埋めをしている。しかし、ひび割れがあまりに多くて、あちこちで漏れ出した水が水溜りを作っている。この乾燥した大地に、貴重な水だ。用水路をビニールパイプにすれば、このような漏水は防げるはずだ。ところが、アフリカの農業を見ている専門家からすれば、それは違う、という答えになる。

私は、ワガドゥグから北東に20キロほど、ルンビラ(Loumbila)村の種子生産農場にいる。農場では、全部で150人ほどの農民たちが働く。それぞれ組合から畑の区画を割り当てられ、そこで種子を生産する。種子は、同じ量を収穫しても、普通の穀物としての生産物の3倍の値段が付く。それだけに品質の高さが求められ、丁寧な栽培が必要だ。大勢の人々が、腰をかがめて作業をしている。一つ一つの畑が、綺麗に畝付けされ、等間隔に苗が植わっている。このアフリカに来て、やっと農業らしい農業を見たような気がする。

この農場の近くには、乾燥した大地の涸川に堰止めを築き、雨期に降る水を貯めて1年中使えるようにした貯水池がある。農場は、ここから水を引いて灌漑している。池畔まで行くと、コンクリート造りの建物があり、大型ポンプが動いている。この取水所は、ずいぶん昔に韓国が経済協力で供与したものであるという。この池から、畑に水を送り込んで、そこから用水路で畑のあちこちに水が行き渡るような仕組みになっている。全部で60ヘクタールの畑地が縦横に几帳面に区画され、用水路がそれぞれの区画に、水を導いている。

「こうした貯水池が、全国に1456ヶ所あります。」
辻下健二さんが教えてくれる。辻下さんは、灌漑の専門家。JICAから、農業・農村開発アドバイザーとして、ブルキナファソの農業・水利・水産省に派遣されている。灌漑だけでなく、ブルキナファソの農業・水産分野全般についての技術指導が仕事である。辻下さんの説明で、ブルキナファソ政府がずいぶん農業開発に力を入れてきたことを知る。貯水池をこれだけ造りあげたのも、地道な農業開発の成果であろう。

乾燥した気候にあって、昔から水不足という大きな困難を克服する必要があったことは、言うまでもない。最近、それに加えて、世界的な食料高騰という新たな問題が加わった。食料が市場から消えれば、これは直ちに社会不安につながるので一大事だ。ブルキナファソ政府は、昨年、優良種子を配ったり、肥料購入や機械化に補助金を出したりして、農業生産の向上に努めた。閣僚たちが、手分して地方を巡回し、農民たちを激励した。そうした努力の結果、かなりの増産が達成でき、社会不安を防ぐことができた。

ブルキナファソは農業開発に大変力を入れていて、日本の農業専門家の技術指導に期待がかかる。専門家として、例えばどういう助言が出来るのでしょうか、と私は聞く。
「人口圧力による食料需要増に対して、これまでのブルキナの農業は、水平的な開発(面的開発)で対応してきています。しかし、農村の貧困に対応していくには、種子改良や栽培技術改善による垂直的な開発(生産性の向上)、つまり、作物収量増から広く地域資源を活用した収入増への途を探すほうが、効果が高いのです。また、最近話題になっている、米増産の場合は、量を作るための水平と垂直的な発想に、ロスを防ぐという発想を付け加えることが必要なのです。」
と、辻下さんは言う。

「例えば、この国の農民が行っている伝統的な収穫・処理方法では、刈取や乾燥や脱穀などの際に、15%から20%の籾が失われています。この損耗率を、わずか5%だけでも減らすことができれば、それは稲田2千ヘクタール分の開発面積に匹敵します。収穫した米を、どのように処理するかの技術に改善を加えるだけで、実質的に稲作面積増と同じ効果が上がるわけです。同時に米農家の収入も増えるのです。」
農業技術の指導が効果を発揮する余地は、まだまだ大きいのだ。

農場を歩くと、給水タンクのようなものが立っている。米国国際開発庁(USAID)とロゴが入っているが、使われているようには見えない。
「これは点滴灌漑という装置です。乾燥し、水が貴重な土地で、土壌からの蒸発による水の損失を最小限に抑えるため、畑に張り巡らしたパイプから水が供給される仕組みです。米国の農業専門家が、この農場への普及を目的に、試験的に設置しました。」
しかし、結局放棄された。農民たちが、使おうとしなかったからである。どのような先進的な農業技術も、農民たちにそっぽを向かれては、絵に描いた餅になる。

さて、冒頭の設問。灌漑の専門家である辻下さんによると、用水路をビニール管に置き換えてはいけない、という。
「たとえ水漏れが激しくても、用水路のかたちで、水の流れが見えていることが重要なのです。水は、農民たちにとって生命線です。その分配をめぐって、農民たちの間で激しい争いにさえなります。ビニール管にしてしまうと、水の分配に猜疑心が生じて、おそらくビニール管を破壊する農民が出てくるでしょう。そして水が見えるからこそ、みんなで使おうという意識ができるのです。」
水には、別の意味での透明性が重要だ、というわけだ。農業技術の指導を進めるにあたっては、まず農民たちの社会や文化を十分理解しなければならない。私は、辻下さんの深慮に、つくづく感心した。

 種子生産農場の入り口

 ルンビラ村の貯水池

 用水路に流れる水

 畑に水が行く

 ひび割れた用水路

 漏れだして溜まった水

 点滴灌漑は使われず放置

 働く農民

 用水路から水を流す


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2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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タイトルに正解が出ているのに (やまだ)
2009-03-02 14:36:27
 冒頭の設問、ちょっと考えましたが、正解が出せませんでした。
 今週、東京で食料シンポジウムに参加することになっていますが、現地の事情をよく理解、配慮した支援の必要性を訴える上で、現地からのこうした生の観察、材料は、とても参考になります。
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Unknown (Unknown)
2009-05-15 17:35:24
たいへんな 仕事ですね。知識だけでは だめなのですね 。 また 御活躍の 続きが 読みたいです。
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