知り合った時、寺坂の傍には既に吉田と村松が居た。似たようなバカがよくも3人集まったわねと思ったものだ。
ところが寺坂といったら、その3バカの中でもさらにバカ度は群を抜いていて最初の頃は唖然としたものだ。
徐々にそのバカにも慣れて、次第に寺坂のバカがないと物足りなくなってしまった。
なんというか、あいつらは腹が立たないバカなのよね。自分たちがバカであることをちゃんとわかっている。
まあ、だからしおらしくするかといったらしないし、バカといえばいきり立つのだけれど。
本の世界に閉じこもって、外見が暗い私のことを今まで蔑んできたバカたちとは種類が違ったのだ。
吉田や村松は、知り合った当初はまだ一線を引いた目で見てきたかな。今でも、時折私に退くこともあるか。
やはり寺坂という存在が最も大きいだろう。何もかもが真逆の私をすべて受け入れてくれたのだから。
あまりにもバカすぎて違いすぎる対極に居る私のことを欠片も理解できなかったのが逆に幸いしたのかも。
理解できない部分を面白いと解釈してくれたようで、遊びに何度も誘われて私が折れたような感じだった。
一緒に居ると実に心地が良かった。今まで、さんざん聞こえてきてしまった陰口を叩かない男だったから。
バカだから全部顔に出るし、声もでかいから陰口にならないだけかもしれない。
人には誰でも闇があり、それを他人に見せないように生きているものだ。
外見の闇はともかく、内面だけなら私だってそうだった。でも、寺坂にはそれがない。
バカなところも喜怒哀楽も、すべてがすべて愚直なほどに筒抜けな男は、きっと誰よりも光の中に居た。
だから惹かれたのだろう。気づけば、寺坂に恋をしていて、引き返せないほどに想いは募っていた。
寺坂のバカを傍で見て、ツッコんだり、時にはさらにけしかけたりして存分にそのバカを楽しんでいた。
それで失敗しそうになったりした時にはフォローしてあげたり、寺坂もそんな私に感謝してくれた。
今まで味わったことのない人生の楽しさを私は寺坂のおかげで知ったのだ。
私だって勿論失敗する。今までは独りだったから、失敗したら自分がその結果をすべてかぶるだけだった。
でも、寺坂と行動を共にするようになって、お返しというわけではないけれど寺坂がフォローしてくれる。
私が寺坂をフォローするほうが多くても、寺坂が私を助けてくれたことはひとつひとつが良い思い出だ。
そんなことを考えているうちに、寺坂と一緒に服を買いに行くことになった。
新しい服が欲しいと話したら、いつも黒ばかりの私服だから、他の色もどうだと寺坂が言ったのだ。
寺坂が言うならと見て回ったけれど、そもそも私に合うサイズの服はなかなか置いていないのだ。
サイズが合うものがあっても、デザインが気に入らなかったり、何軒も寺坂を連れ回してしまった。
ようやくサイズもぴったりで、いいなと思えるデザインのものに会えたのだけれど、色がきついピンクだった。
さすがにピンクのワンピースは躊躇してしまう。試着もしたけれど似合っているとは思えなかったし。
「新鮮でいいんじゃねーか」
そんなことを寺坂は言ってくれたのだけれど、新鮮という以外に何もないなら着たくはなかった。
「いきなり黒ばかりから、この色は辛いかな」
また寺坂を連れ回すことになるから悪いけれどと思いながら、服を戻そうとすると。
「でもよ、その色だって最初からわかってるのに試着までしたんだからデザインとかは気に入ってんだろ?」
「うん…」
女の長い買い物なんて苦手だろうに、ちゃんと私を見て気持ちを理解してくれたことが嬉しかった。
でも、ピンクしかないのならしかたがないしと諦めようとしたら寺坂が店員に向かって声を上げていた。
「すんません、これ色違いないっすか」
女性服売り場で、寺坂みたいな強面と体格の持ち主が居たせいか、元々店員は近寄ってこなかった。
けれど見回してみると、他にも女性に付き合う男性が何人か居た。でも、寺坂ほど寄り添ってる人は居ない。
欲目かもしれないけれど、本当に寺坂を好きになって良かった。手が空いた店員も来て、色違いがないか訊いた。
幸い、在庫にあるようでいくつか見せてもらった。他には透き通るような青と、爽やかな緑色だった。
「青、のほうがいいかな」
いつもと違う雰囲気なら緑でもいいかなと思ったのだけれど、寺坂の私服に青が多いことを思い出した。
「おお、いいんじゃね。俺、青好きだ」
寺坂がそんなふうに言ってくれたから、青いワンピースを買うことにした。念のため、もう一度試着する。
サイズも問題ないし、鏡に映る自分もいつもより軽やかに見える。寺坂の好きな色だから綺麗に見えるのかな。
「似合ってる。ピンクより、こっちのほうがいいと思うぜ」
私も案外単純なもので、今度寺坂と出かける時にはこのワンピースを着ていこうと思った。
元の服に着替えるためにまた試着室に入る。髪型も変えてみようかなと手でアップにしてみたり。
時間がかかって心配されたみたいで外から寺坂が声をかけてきた。慌てて着替えて、試着室を出た。
長く付き合わせてしまった買い物もようやく終わったので、カフェでひと休みすることにした。
「ごめんね、長いこと付き合わせちゃって」
「俺が別の色もなんて言い出したからだろ。気に入ったものがあって良かったよ」
「うん。今度、着てみたいから近いうちにまた遊びにいきましょう」
できれば、ふたりで。今度は私が計画を立てようかな。寺坂が喜んでくれそうな場所、どこになるだろう。
体を動かすような場所には着ていけない服だから、カラオケに付き合う覚悟もしておこうかな。
買ったワンピースが入った袋を大事そうに抱えてしまって、寺坂が微笑ましく見つめてくるのが恥ずかしかった。
カフェから出て、この後は寺坂の家で映画を観ようと話をしていた。その間も袋を大事に抱えていた。
「あれ、お前、バッグどうした?」
浮かれすぎてしまったのかもしれない。袋を大事にしすぎて、元々持ってきたバッグを忘れてしまった。
「カフェだよな。急いで戻るぞ」
出てから10分くらい経ってしまったところだったので、もしかしたら置き引きにあっているかもしれない。
街中を寺坂と走り抜ける。私の腕を掴んで、私が苦しくない速度で道を駆け抜けてくれた。
「すみません。さっき、そこに座ってたんすけど、バッグの忘れ物なかったっすか?」
カフェに戻ると、寺坂はすぐ店員さんに聞いてくれた。幸い、店員さんがすぐに気づいて保管してくれていた。
お財布や、図書館から借りた本なども入っていたから良かった。一応中身を確認して問題ないとわかった。
「寺坂、ありがとう。気づいてくれて良かった。今日は迷惑ばかりかけてるわね」
「いいよ。いつもは俺が迷惑かけてるだろ。だから、たまには俺に頼れって」
そんなふうに、フォローしてくれる頼りがいのあるところに、堪らなく好きが募っていってしまうのだけれど。
私のこんなうっかりに呆れられていなければいいのだけれど。いつも、寺坂のバカを弄っているから。
ひとりじゃ店員に声をかけることもできない私こそ、こんな時にバカと言われてもしかたないのに。
「…お前がミスると、普段と違う顔が見られるからちょっと嬉しいんだ」
なのに、寺坂が照れた顔をして私をそんなふうに甘やかしてくれるから、寺坂の前ではどんな私でも居られる。
これからもお互い、ありのままで付き合えたらいい。私以上に私のダメなところも受け入れてくれる人だから。