起床と就寝の繰り返し

起きている間にやったことの記録

語尾が「なり」

特に理由もなく毎日ブログを投稿している(数日おきにまとめて書いて予約投稿している)。でも良いか悪いかで言うと良いんだろう。毎日何かをやるのは良い。そういうムードがある。

継続は力なり。

この有名な格言を聞くとコロ助が思い浮かぶ。というか「継続…」としゃべり始めた時点でコロ助の声で再生される。目玉をクリクリさせてキテレツに話しかけている。語尾が「なり」のイメージがあまりにも強い。

語尾が「なり」部門、長らく一強なのだ。盛者必衰と言うが僕が幼少の頃から衰えを知らない。僕はもう一生「継続は力なり」をプレーンなイメージで受け取れないのかもしれない。

 

ハンバーグ

子どもが色んなものを食べるようになり、料理をするようになった。

それまで料理というものは、曖昧なところが多くて苦手だった。中火がどれくらいか分からないし、「フライパンが温まったら」というのもどの程度か分からなかった。レシピに「じゃがいも(中)」とあるだけで投げ出したくなっていた。どの程度か分からないがいちいち調べて測る根性もない。

でもやるうちに、ちゃんとする部分とだいたいで大丈夫な部分が分かるようになり、上で書いたようなことでは悩まなくなった。

今悩んでいるのはハンバーグである。ハンバーグの焼き加減を調べる時、串を刺して肉汁の色を見るが、あれ、すごくもったいなくないですか。肉汁に赤みがあったら生焼けで透明だったら火が通っている、ということらしいが、肉汁って閉じ込めたいものらしいじゃないですか。テレビで有名なお店が紹介される時そんなことを言っている。(シェフが特別な何かをして)「こうやって肉汁を閉じ込めるんですよ」そして提供されたハンバーグを切り分けて「(ジュワー)うわー!」という感じのシーンを見たことがある。

そんなシーンを思い返しながら、自分のハンバーグを見る。串で刺してできた小さい穴からチョロチョロ肉汁が漏れている。致命的に間違ったことをしている気分になる。しかも生焼けっぽかったらしばらく待ってもう一回穴を開けるのだ。深夜にカップラーメン食べる感情に「罪悪感」などと名付けている場合ではない。

解決する方法はきっとあるんだろう。でも調べていない。こうやってぐちぐち言うのが楽しいから。

突然の日記

今日は記事のために外をプラプラした。3ヶ所行って1勝2敗。1個でも勝ちがあるのでだいぶ気が楽。明日なんとかしよう。

周りの人の話がやけに入ってくる日だった。電車で近くの二人組が「時代とともに芸術肌の人間が減っている」という話をしていたし、定食屋では隣の二人組が「営業車の割り当てがおかしい。必要なさそうな人に割り当てられて、本当に必要な人が電車移動している」という話をしていた。

そう言えば家を出る前、リュックに水を用意したのに一口も飲まなかった。いつもやらないから忘れていた。ただ水を運ぶ人をやってしまった。

帰りにスーパーに寄ろうと思ったが、暑くて献立のことなんか考えられないので、家にあるもので強引に夜ご飯を作ることにした。

家ではネコが絨毯をくちゃくちゃにしながらじゃれ合っていた。

このブログ

このブログはデイリーポータルZというサイトに投稿したくて2014年に作り、役目を終えた後は日記っぽいものを書いてみたりやめてみたりしている。

昔書いたものは忘れているので、久しぶりに見るとおもしろい。

2018年に下書きに保存したらしいものを下に貼ります。

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タイトル:ヤバいTシャツ屋さん

小汚い風鈴屋さん 薄ら怖い箔押し印刷屋さん 軽い葬儀屋さん 幼いサプリメント屋さん 丸いコオロギ屋さん 賢いドジョウ屋さん しつこいケバブ屋さん

 

レジ

今の家に引っ越して間もない頃、近くのスーパーのレジに並んでいたら前のおばあさんがキッと僕を見ていた。列から少し横に外れてキッと見ていたので、慌てて「どうぞ、列に入ってください」という意味で手をバサバサ動かした。すると、

「あんたが先に行った方がいい」

と言われた。「いや、僕は後から来たので」と言ったがおばあさんは譲らなかった。

「私は家に帰っても暇なんだ。あんたが早く帰れた方がいい」

と言う。僕も別に急いでないのだ。と言うか暇かどうかに関わらず、先に並んだ人が先に会計をするのはこの世の真理である。「いやいや、どうぞどうぞ」としどろもどろで伝えるがおばあさんは動く気配がなかった。

「じゃあ、あの、すみません。お言葉に甘えて…」となるべく背中を丸めて先に会計をさせてもらった。おばあさんは戦況が思い通りに運んだ軍師みたいな目で僕を見ていた。

いい街だなと思った。

曖昧な怪談

子どもと公園に行くと同年代ぐらいの子が話しかけてくる。子ども同士仲良くなることもあるが、僕に話しかけてくれることもある。何を話すのかというと、だいたい怪談である。なんでか分からないけど。

「あのねー、うちの学校ヤバいんだよ。うちの学校のトイレのねー、何番目か忘れたけどどこかのトイレをねー、何回かノックするとねー」こういう感じだ。

そういう話あるよね、と思うが細部がすごく曖昧なのだ。僕は別にいいんだけど君は条件をちゃんと知っておかないと危ないんじゃないの、とか言いたくなる。でも頑張っておどろおどろしく話してくれるので黙って聞く。

最後はだいたい「引きずり込まれてねー、二度と帰ってこれないんだよ」で終わる。キリッとした得意げな表情。「すごいね」というと満足して黙ってすべり台の方に走っていく。

この間聞いた話は「橋の上から身を乗り出して川面に映る自分を見ているとそれは自分じゃなくて、引きずり込まれて二度と帰ってこられない」というやつだった。元ネタが分かりそうで分からなくてモヤモヤしている。

「洗って」

遠くの初めて降りる駅で聞こえてきた会話。

 

A:(相手の服を指して)なんか普段と違うね!

B:おかしい?

A:おかしくない、全然! これ普段も履いて欲しい! 洗って。

 

「これ普段も履いて欲しい、ってなんて素敵な褒め言葉だろう」と思うと同時に「洗って、って何?」と思った。

Bさんは普段と違う思い切ったファッションをしたのだろう。Aさんはそれを肯定しつつ「洗って」と言っている。それを言わないとBさんが洗わずに履き続けると思ったのだろうか。それともその日、すごく汗をかいたり服が汚れるような催しがあったのだろうか。どっちも無理があるな。

少し考えて、Aさんのしゃべりのクセなのかもしれないな、と思った。最後に言わなくてもいい当たり前のことを付け加えちゃうのだ。

「チーズバーガーセットください。私に。」

「このシャツのLサイズありますか? この店に。」

「テレビのリモコン取って。テレビ見たいから。 」

こんな感じだ。用心深い人だ。きっとBさんと別れる時も、

「じゃあねー。 次会う時まで。対面では。メールとかはするけど。」

とか言っていたのだ。

きっとそうだ。ここまで想像できたら満足した。それをブログに書いた。僕が。読んで欲しいから。