日本の株式市場でアベノミクス以来の“記録的な買い”が進行中です。
毎週、日本取引所グループが公表する「投資部門別株式売買状況」。株式(現物)が買われた金額、売られた金額、その差額が千円単位で載っています。
進行するアベノミクス以来の“記録的な買い”【経済コラム】
不確実、不透明を嫌う株式市場。
トランプ関税、中東情勢の緊迫、物価高。
世界経済はまさに不確実に直面しています。
ところが今の株式市場はどういうわけか崩れません。
しかも日本ではアベノミクス以来の“記録的な買い”が続いています。
視界不良でも進行する買い相場。不思議な現象を引き起こしている要因は3つです。
(経済部 斉藤光峻)
意外?な記録進行
買われた金額の方が多いことを「買い越し」、売られた金額の方が多いことを「売り越し」といい、積極的な買いが入ると当然ながら「買い越し」となります。
この「投資部門別株式売買状況」のうち、取引金額ベースでおよそ6割を占め、相場への影響が大きいとされる「海外投資家」の取引状況をみてみると、今国内の株式市場では実に15週連続で「買い越し」となっているのです(東証+名証の合計)。
アメリカのトランプ大統領が世界各国に関税をかけると発表した週(3月31日~)から一貫して“買い越し”となっています。
この15週連続という記録。2012年11月から2013年3月にかけて当時の経済政策=アベノミクスへの期待感などから18週連続で買い越しとなったとき以来の長さで、外国人投資家による空前の買いが日本で起きていることがうかがえます。
不確実性の中で買われる
ただ、実感はどうでしょう。世界経済、日本経済は今、不確実性に直面しています。
アメリカのトランプ大統領が「解放の日」と呼んだ4月2日、日本に対する24%の相互関税をはじめ世界各国に対して関税の引き上げを発表しました。
株式市場は世界経済への深刻な影響を懸念し、リスクを回避しようと一時は売り注文が膨らみ、4月7日には日経平均株価が3万1136円58銭まで下落しました。
日本だけではありません。この時期は世界同時株安の様相となり、トランプ政権はアメリカの株式、為替、債券がいずれも下落するいわゆる“トリプル安”を懸念して相互関税を一時停止、その期限をさらに延長しました。
ところが8月1日からは日本やカナダ、EU=ヨーロッパ連合、メキシコ、ブラジルなどに対して関税を引き上げると表明。トランプ関税で世界経済が減速するのではないかという警戒感は今も根強く残っています。
金融市場、とりわけ株式市場は“不確実性”“不透明感”を嫌うとされています。先行きがどうなるかがわからないといった場面では売りが先行しがちです。
しかし、今の株式市場には違った景色が広がっています。
7月18日時点の日経平均株価は3万9819円11銭で取り引きを終えました。ことし4月7日の終値と比較すると、わずか3か月余りで27%上昇したことになります。
金融機関の幹部も「関税で不確実性は消えてないのになぜか株式市場は依然堅調だ、一気に逆流して株価が下落しないか懸念している」と漏らすくらい、日経平均株価の上昇傾向は続いています。
なぜ日本株を買うのか?
こんな不確実性に包まれた株式市場で、なぜ海外の投資家は買い進めるのか。取材を進めてみると、いくつかの要因が絡み合っていました。
その1つが「市場の楽観論」、そして2つ目が「マネー潮流の変調」です。
《市場の楽観論》
まずは1つ目。市場の楽観論ですが、キーワードは「TACO」です。「Trump Always Chickens Out」を略した「TACO」です。
トランプ大統領はいつも途中で尻込みするとか、おじけづくという意味で、高い関税で脅しても最後は結局取り下げることから、皮肉としてこのような言われ方をしていました。株式市場は、ディールを好むトランプ大統領が、最後は柔軟な姿勢を示すと見込み、積極的な買いを続けているという見方です。
また、アメリカで大手半導体メーカーの株価の上昇が続き、日本の株式市場でも同じように半導体メーカーの株価が買われているという指摘もありました。というのもトランプ大統領は、まだ品目別の関税に半導体を挙げていないからです。
半導体銘柄は日経平均株価の中でも寄与度が高く、株価をけん引しています。
モルガン・スタンレーMUFG証券 中澤翔 ストラテジスト
「FRBの金融緩和への期待感もありアメリカの半導体関連銘柄が上昇していて、日本でも半導体関連の銘柄の上昇が株価全体の上昇をけん引していることから日本市場に入る資金はどちらかというと短期投資家ではないか」
《マネーの変調》
そして2つ目のマネーの潮流ですが、トランプ政権の関税措置を懸念して投資家がアメリカに集中している投資資金を世界各国に分散させているのではないかという見方です。
下の図は海外の調査会社が調べた、ことし4月以降の機関投資家のマネーの流れを表していますが、アメリカでは売りのウエイトが、対照的に日本やヨーロッパでは買いのウエイトが大きくなっていることがうかがえます。
新型コロナからの急回復、続くAIブーム、半導体ブームでマグニフィセント・セブン(アップル、グーグル、エヌビディアなどアメリカのハイテク大手7社)は世界中からマネーを集め、去年からことしにかけてアメリカの株式市場は熱狂に包まれました。
今もアメリカの株式市場は好調で、S&P500は7月に入っても最高値を更新しています。しかし、熱狂の反動、そしてトランプ関税による先行きの不透明さからマネーの一部には逆流の兆しが出ている、そんな指摘もあるのです。
先の図はそのことを示唆する調査ですが、UBS証券の守屋のぞみストラテジストは次のように指摘しています。
UBS証券 守屋のぞみ ストラテジスト
「ヨーロッパや中国、そして新興国の優先順位が高いと捉えられるが、投資家によってはヨーロッパや中国の成長期待には温度差が見られるため、グローバル比較で割安感のある日本株にも関心が広がっている可能性がある。こうした視点での日本株買いは中長期的に持続する公算がある」
《進む企業改革も後押し》
もう1つ、「日本企業の改革」が後押ししているという見方もありました。
2023年3月に、東京証券取引所が上場企業に対し、資本コストや株価を意識した経営を求めたことをきっかけに企業改革が一段と進み、海外投資家の日本株式の買い方が変わっているという指摘です。
海外投資家は、これまで複数銘柄の株式を一括で売買するバスケット取引や特定の株価指数と連動する形でリターンを求めようとするパッシブ運用を好んでいたようですが、ことしに入ってからは、個別の銘柄の選別が盛んになってアクティブ運用が増えてきているのではないかということです。
JPモルガン証券 小川眞治 株式営業部長
「東証の要請を受けて日本企業は自社株買いを盛んに行っている。ここ1年くらいで日本市場でもTOB=株式公開買い付けやM&Aなどが活発になってきて、投資家から見ると株主への還元以外の資本効率向上への期待が拡大しているため、買いが入っている」
記録超えには2つの山
海外投資家による買い越しは“アベノミクス超え”となるのか。専門家が口をそろえるポイントは2つです。
まずは7月20日に投開票が行われる参議院選挙の結果です。専門家の中には「海外からは参議院選挙や日本市場のリスク要因についての問い合わせが多いような気がする」としています。
2つ目はなんと言っても日米の関税交渉の行方、そしてトランプ関税の影響です。7月下旬から8月にかけて3月期決算企業の第1四半期決算発表を迎えます。
関税措置の影響を織り込んでも堅調な設備投資計画を維持できるのか、はたまた関税影響で通期の業績予想を下方修正しなければならない事態になっているのかが焦点です。今週も買い越しなら16週連続となります。
いまだ視界不良の日本経済。かすむ空もようでも光が差し込むのか。来週からが最大の山場となります。