なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 問われて、フィリップはほぼ全てを話した。

 森の異常気象の原因がノフ=ケーという人類が知らない生き物であること、謎のキノコを食べて凶暴化していること、それから、カルトは全滅させたこと。

 

 唯一隠したのは、カノンの正体くらいだ。カルトにボコボコにされていた魔物の変異種で、カルトを皆殺しにしたフィリップが偶々助けた形になり、妙に懐かれたということにしておいた。

 

 「へぇ。ノフ=ケーって言うんだ、あいつ」

 

 人間が知らないはずなのに、なんで名前が付いてるの? という面倒な質問は、幸いにして飛んで来なかった。

 まあ聞かれたところで、シルヴァは人語からエルフ語、邪悪言語まで、森の中で使われたあらゆる言語を解するマルチリンガルだ。例えば蛇人間のような、人類圏外の存在が名付けたことにでもすればいい。

 

 実際にそうかもしれないが、正直、フィリップにはどうでもいいことだ。

 

 「そのノフ=ケーが吹雪の中でいきなり襲ってきたんだよ。それでリリウムちゃんがパニック起こして逃げ出しちゃって、他の子を姉さまに任せてボクが後を追ったんだけど……」

 

 言って、エレナはテントの入り口をさっと開く。

 中には寝袋が一つ置かれており、もこもこのそれに包まれたリリウムが苦しげな寝息を立てていた。

 

 悪く捉えるとノフ=ケーを──初見の魔物の相手をミナに押し付けたようにも聞こえるが、一番強いミナにその場を任せた判断は正しい。

 

 「走ってる途中で、木に積もってた雪が落ちてきて下敷きになったんだ。さっきテントを立てて着替えさせはしたけど、今は様子見かな」

 

 「そうなんだ」と頷いたフィリップは、脳裏に浮かんだ「どうしてミナたちに合流しなかったのだろう」という疑問を「まあいいか」と放り捨てた。

 

 リリウムの症状は、軽微な脳震盪と冷温によるショック、そして軽微な低体温症だ。

 エレナのフィジカルも大概人間離れしているから、彼女が雪に埋もれてからエレナが掘り返すまで、吹雪の妨害の中でもそれほど時間はかからなかった。

 

 だから致命的な体温低下には至っていないが、吹雪の中を歩いたりはできないし、エレナが担いで吹雪の中で戦っていたミナたちの方に戻る、なんてのは論外。

 

 本当なら今のように寝かせているのもよろしくない。まだ嗜眠状態のようだが、眠ってしまうと代謝が低下し、体温が上がらなくなる。とはいえ相手は脳震盪患者。叩き起こすわけにもいかないし、今はとにかく体を温めながら様子を見るしかない。起きて、何か温かい飲み物でも飲んでくれたらいいのだが。

 

 「……しばらく移動できないか。なら、火でも起こす? パーカーさんもだけど、エレナも僕も体温はじわじわ下がってきてるはずだし。シルヴァ、火が付きそうなものってある? できればこの近くで」

 

 残念ながら、カルトが集めていた薪の類は、そのテントや装備品の類を燃やすときに全部使ってしまった。

 まさか魔導書をそのまま残していくわけにもいかなかったので、やったこと自体は後悔していないが……こんなことになっているのなら、あっちはクトゥグアに任せても良かったかもしれない。カノンが発狂するとは思えないし。

 

 幸いにして、シルヴァは「たいまつのきがある。じゅえきがよくもえるやつ」と言ってフィリップの手を引いてくれた。

 

 「じゃ、樹液取ってくる」

 「うん、お願い。あ、いきなりカルト狩りとか言って単独行動したことに関するお説教は後でね」

 

 僅かに怒気を滲ませて言うエレナに、フィリップはむっと眉根を寄せて立ち止まる。

 

 「は? 別にエレナに怒られるようなことはしてないでしょ」

 

 いや──思えば、エレナは前々からそうだ。フィリップがカルトを殺すことに、苛烈な悪意を向けることに否定的だった。

 ここらで一度、ビシッと言ってやるべきかもしれない。

 

 邪魔になるだけならいいが、邪魔をするなら殺すと。

 

 「ボクも別に、あなたがカルトを憎むこと、殺そうとすることに怒ってるワケじゃないよ。思うところはあるけど、あなたはもっと大きな経験をして、もっと大きな感情を持ってるんだと思うから。……でもね、フィリップ君」

 

 不愉快そうに表情を歪めるフィリップの頭を、エレナは宥めるように撫でる。

 そして手は一度離れ──鉤のように曲げられた指が、両の蟀谷を穿つように掴んだ。

 

 「“パーティー”って言葉、ご存知かな? もしくは“団体行動”。言葉合ってる? ボクってエルフ語が母語だからさ、人語はよく分からないんだけど、もしよかったら意味とか教えてくれるかな」

 

 きりきりと万力のような力で頭蓋骨を締め上げられ、フィリップは慌ててエレナの腕を何度もタップする。

 

 ぴき、と鳴ったのはエレナの指関節か、或いは。にっこり笑顔のエレナがとても怖い。

 

 「痛い痛い痛い!? そ、そうだね! うん、単独行動したことはごめんなさい! 今度はエレナにも一声かけていくから許して!」

 

 フィリップの悲鳴を聞いて、エレナは「うーん?」と暫く悩んだ後──その間も指の力は全く緩まなかった──「まあ、一先ずはそれでいいよ」と解放した。

 「痛ったぁ……」と呻きながら頭を擦るフィリップに、エレナは「あ、ご、ごめんね? ちょっとやり過ぎた?」なんて慌てているが、加減を間違える可能性があるなら二度とやらないで欲しい。

 

 ともかく燃料になる樹液を集めるべく、エレナから小瓶を手渡された時だった。

 

 ふと、耳や指先といった末端が冷えていく感覚を味わう。

 木々の間を通り過ぎていく森と雪の匂いを持った風が、不意にその温度を10度ほども下げたようだ。

 

 直後、エレナが咄嗟にテントを掴み、逆の手でフィリップの腕を捕まえた。

 

 「何──ッ!?」

 

 直後、何? なんて単純な疑問を口に出す暇もなく突風が吹き、すぐに冷たい礫のようなものが混じる。

 視界は白く染まってから、それが漸く雪だと分かるほど突発的な気象変化。明らかに普通ではない吹雪の襲来だ。

 

 人が風に煽られて飛んでいく、ということはない。そんな竜巻みたいな風速・風圧ではない。

 だが──これは、確かに腕を握って正解だ。腕を握られている感覚が薄れていくほど全身に絶え間なく雪の粒が打ち付けられ、耳元で轟々と唸る風の音が手を握る距離にいるエレナの声を掻き消している。

 

 エレナに掴まれていなければ、そして恐らくエレナもテントを掴んでいなければ、方向感覚を失い、何もかも見失ってしまうだろう。

 

 「──!!」

 

 何事か叫んだエレナがフィリップの腕を引き、テントに放り込むようにして風から守る。そのまま彼女も転がり込み、最後にカノンが続いた。

 シルヴァは前触れの突風が吹いた時点で飛んでいきそうになっていたので、フィリップが咄嗟に送還した。尤も、飛んでいったところで森は彼女の掌というか、彼女が森だ。どうってことはないのだが。

 

 「ノフ=ケーが近くを通ってるみたいです。静かに……」

 

 カノンの言葉に、フィリップとエレナは同時に頷く。

 話によれば、ノフ=ケーが展開する吹雪は自身を中心として半径100メートルにも広がる。フィリップたちを目的として接近してきたわけではなくても、近くを通るだけでこの有様だ。

 

 「……リリウムちゃんも、おはよう。目が覚めたみたいで何よりだよ。ちょっとだけ静かにしててね」

 

 暴風の音か、テントに飛び込んできた人の気配でか、飛び起きたリリウムの口を覆ったエレナが優しく諭すと、彼女はこくこくと頷いて理解を示す。

 何を言われたのか、何をすべきか、何が起こっているのかが理解できているのなら、脳震盪や低体温の影響はかなり抜けているとみていいだろう。

 

 風に叩かれてばさばさと音を立てるテントを内側から押さえながら、エレナはほっと安堵の息を吐いてリリウムの口から手を放した。

 

 「リリウムちゃん、大丈夫? 寒くない?」

 「だ、大丈夫……じゃないかも。足元が寒い……」

 

 少しだけ震えながら言うリリウム。

 もこもこの寝袋に包まれた足元は見えないが、もじもじと足先を擦り合わせて少しでも温めようとしている動きは分かった。

 

 「寒いって感じてるうちは大丈夫なんだっけ?」

 「寒いって感じてるうちに()()()()()、ね。それ以降だと、厚着したぐらいじゃ体温が上がらなくなる」

 

 フィリップの危うい覚え違いをエレナが鋭く訂正する。

 魔術学院の冒険者コースでやった応急処置の授業で習ったはずなのだが、フィリップにしては珍しくうろ覚えだった。授業中に「低体温症ねえ……。ホントに記憶にないんだけどなあ……」なんて考えていたのが主な原因だ。

 

 「……エレナ、ビーカー出して。飲めるやつ。お湯沸かそう」

 「テントの中で火は……とも言ってられないか」

 

 フィリップが要求したコップ代わりのビーカーをリュックから出すと、エレナは次にシャツの裾をぺらりと捲り、眩いほど白い肌を露にする。

 テントが守ってくれているとはいえ、この吹雪の荒れ狂う中で服を脱ぐつもりなのかと思ったフィリップは、目を背けることも忘れて正気を疑うような目を向けた。

 

 しかしそんなわけはなく、エレナはシャツの中に手を入れると、水の入った革袋を取り出した。

 

 「はいこれお水。……なにその顔。こうしてたら水が凍りにくいんだよ」

 

 物言いたげなフィリップとリリウムに、エレナが弁明するように講釈する。

 リリウムは「はしたないわよ」と言ってエレナのシャツを引っ張って戻し、フィリップは「なんか生温いし湿ってる……」と複雑な表情をしていた。

 

 エレナの汗なんか訓練中に散々触っているし、何ならほぼ初対面の時分に血に触れている。今更触りたくないほど気持ち悪いとは思わないが、触っていて気持ちのいいものではなかった。

 

 「ま、まあ、いいや。《ファイアーボール》……。これなら最小限のリスクで済むでしょ」

 

 蝋燭大の小さく頼りない炎だが、それでも炎だ。何かの間違いでテントに火が付く可能性はある。だが少なくとも薪だの樹液だのを燃やすのと違って、煙は出ない。

 

 問題は蝋燭レベルの炎で何分間加熱すればいい感じに温まるのか、いや、そもそも水を温めるだけの火力はあるのかという話だ。あまり長々と魔術を展開するだけの魔力はない。

 

 「ちっちゃ……。これ煮沸できなくないです? ぷすす、フィリップさん、魔力の方はお粗末なんですアッツゥイ!?」

 

 フィリップは指先に灯った小さな火を、顔の下半分が見えないのに妙に腹の立つ笑顔を浮かべたカノンの額に押し付けた。

 悲鳴を上げて跳び上がったカノンだったが、ただの反射だったようで「いやあんまり熱くない? でもちょっと熱い……」と傷一つない額を不思議そうに擦っていた。突然の暴行に「何してるの!?」と非難の声を上げたエレナとリリウムも、カノンが平然としているのを見て浮かせた腰を戻す。

 

 肉の焼ける臭いがしないどころか「ジュッ」とも言わなかったので、本当に“ちょっと熱い”程度なのだろう。

 

 「温度は十分みたいだし、これで加熱しよう。味のしないぬるいお湯にしかならないけど、こういう時は身体の内側から温めたほうがいいよ」

 

 ビーカーの底に触れるようにして中の水を温め始めたフィリップは、魔力欠乏の予兆である不意の眠気から来た欠伸を噛み殺す。

 思えば、今回のカルト狩りは少し充実し過ぎていた。戦闘魔術師や戦士、神話生物の類がおらず、招来魔術らしきものを使えたのもどうやら一人だけ──いや、神格との交信ならともかく、招来術式なんて相当気に入られていないと授けられないし、魔導書か何かで会得しても神格側が応えてくれないから、使い手がそもそも滅多にいない魔術だけれど。あれはもしかしたら本物の巫女だったのかもしれない。

 

 ともかく、フィリップが一方的に狩り殺せる弱者ばかりだったから、ちょっと遊び過ぎた。

 魔力の低下は身体機能の低下。元々の魔力総量も回復力も貧弱なのだから、こんな寒冷環境ではっちゃけるべきではなかったのに。……まあ、べき論なんかで止まるような安い憎悪は持っていないのだけれど。

 

 「フィリップ、医学の知識もあるの?」

 

 そんな益体のないことを考えて脳を回転させ、眠気を飛ばしていると、寝袋に包まったままのリリウムがぽつりと呟く。

 

 医学? と首を傾げたフィリップは、リリウムがフィリップは低体温症の治療法を熟知しているのだと勘違いしていることに気付いた。

 

 「いいや? 風邪ひいたときにお母さんが言ってた。間違ってる?」

 「ふふふ……。ううん、合ってるよ」

 

 水を向けられて、エレナは存外に可愛らしい知識源にくすくすと笑う。

 

 そんなことをしているうちに、テントの外が俄かに静けさを取り戻す。

 吹雪は襲来と同じくらいの唐突さで過ぎ去ったようだ。

 

 ちょうど、ビーカーの水もやや冷めた紅茶くらいの温度にはなっている。沸騰する気配は一向に無いが、そもそも飲み水だし、煮沸する必要はない。これで十分だろう。

 

 「こんなものかな。流石に……っていうのも恥ずかしい話だけど、魔力がカツカツだ。これ以上やったら戦えなくなる。さっき言ってた樹液を探してくるよ」

 「あ、ありがとう……」

 「よろしくね、フィリップ君。くれぐれも気を付けて……って、シルヴァちゃんがいれば大丈夫か」

 

 リリウムにお湯を渡し、エレナに断りを入れてテントの入り口を潜る。

 「じゃあ私も」とついて来ようとしたカノンは「いや要らない。二人を守っ……まあ盾ぐらいにはなるでしょ」と押し戻した。

 

 「あーあ。なんでこう現代魔術ってのは魔力効率が悪いんだ? 領域外魔術を見習ってほしいよね」

 

 少し先を歩くシルヴァに向けたわけではなく、単にじわじわと全身に広がっていくような倦怠感を誤魔化すために愚痴を声に乗せる。

 

 フィリップの魔力総量を100とすると、『萎縮』や『深淵の息』は一発あたり3くらい消費する。『ハスターの招来』『クトゥグアの招来』は15くらいだ。

 蝋燭のような火を灯す『ファイアーボール』一発が食う魔力量は、約25。どう考えても威力と消費魔力のバランスが取れていない。

 

 まあその代わり、現代魔術には汎用性とか拡張性とか利便性とか、フィリップの喉から触手が出そうなくらい欲しい要素を持っているけれど。

 手持ちの領域外魔術で火を出そうと思ったら、クトゥグア一択なので最悪森一個が消し飛ぶ。利便性もクソも無い。

 

 しばらく歩くと、シルヴァが一本の木の傍らで足を止め、その幹をぺちぺちと叩いた。

 薄い鱗状の樹皮を持つ針葉樹で、実が良い感じの焚き付けになると野営訓練の時に教わった木だ。

 

 「ふぃりっぷ。このき」

 「あー、これね。オッケー。ドライアドさんすみません、けど命が懸かりそうなので……ッ!」

 

 龍貶しを一閃し、切っ先を僅かに徹す。返す刀でもう一太刀入れると、樹皮の一部がくの字型に切り取られてぽろりと落ちた。

 

 じわじわと染み出す樹液を小瓶に移しながら、フィリップはふと樹上を見上げて問いかける。

 宛先は暇を持て余して木に登って遊んでいるシルヴァだ。

 

 「そういえば実際のところ、ドライアドってどこまでやったら怒るの?」

 

 迷子防止に樹皮に傷をつけるくらいなら大丈夫とは知っていたが、樹液が出るくらい深々と傷つけても大丈夫のようだし、意外と寛容なのだろうか。

 

 シルヴァはそんなことを考えるフィリップを呆れたように見下ろしたかと思うと、木登りを再開しながら「……さあ?」と適当に答えた。

 

 実際、知るわけがない。

 フィリップが森に入った瞬間に崩壊が始まり、例外なくぐちゃぐちゃのどろどろになる劣等存在が、どうやって「怒る」なんて余裕を持つのか、シルヴァには知りようがない。

 

 だが、まあ、フィリップ相手に「怒る」ことができたなら、その時はきちんと、フィリップに“異常”として報告しよう。

 

 そんなことを考え、シルヴァは一人くすりと笑った。

 

 「森」にとって、ドライアドは人間よりずっと付き合いが長いし深いし、ドライアドはいるが人間がいない森なんてのは、この地上に、それこそ森の木々の如く沢山あるけれど──いつの間にか、ヴィカリウス・シルヴァの中ではドライアドがいることの方が「異常」になっていた。

 

 

 

 

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