なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「ふんふんふーふー♪ ふんふふふーふ♪」

 

 ざく、ざく、と降り積もった雪を踏みしめる。

 雪が無ければスキップでもしていそうな、歓喜に満ちた鼻歌と共に。

 

 フィリップは意気揚々と、雪景色の広葉樹林を進む。

 その周りをぽてぽてと歩き、時に雪玉を作って投げたり、雪玉を転がして大きく育てていたりするシルヴァも、フィリップと同じくらいに楽しそうだ。

 

 「シルヴァ、こっちで合ってる?」

 「ん! もうちょっとでつく!」

 「りょうかーい」

 

 期待に満ちた笑顔のフィリップが目指す先は、シルヴァがこの森にいるというカルトのところだ。

 勿論、この森を白く染め上げた異常気象の原因を突き止めるため……などではなく、襲撃し、拷問し、惨殺するために。季節外れの雪景色の原因がそいつらならそれで善し。違うのなら、それから調査開始だ。

 

 カルトが何をしているか、何を企んでいるかなんて、割とどうでもいい。

 悪いことをしているから殺す、とか、人類領域を──ルキアやステラを害する危険があるから排除する、とか、そんな真面な理由や理屈はない。

 

 カルトが大真面目に、人類を飢えや病気や災害から守るために活動していたとしても、カルトであると判断したなら惨殺する。

 悪意、害意、敵意、殺意、ありとあらゆる死に至らしめる悪感情を向け、なるべく惨たらしく殺す。

 

 嫌いだから、と、ただそれだけの理由で。

 

 フィリップはそれを悪いことだとは思わない。

 それを、善悪で判断しない。自分の行動を、人間的善悪で区分しない。

 

 そしてシルヴァもまた、それを悪いことだとは思わない。

 彼女はそもそも人間ではないし、殺人が悪であるという人間の基本的価値観──種の保存本能に基づく同族殺しへの忌避感というものを、当然持っていない。

 

 発生からたかだか700万年程度の種族に、4億年の存在歴を持つヴィカリウス・シルヴァは、森は、気を払わない。

 

 だから「シルヴァ」という個体も、フィリップがカルトを生かそうが殺そうがどうでもいい。

 ただ、その存在を教えるとフィリップが喜ぶから教えただけだ。

 

 シルヴァは賢い。

 フィリップが何を望んでいるのかを、心を読む機能無しになんとなく察している。

 

 フィリップはいま、カルトを惨殺することだけを望んでいる。

 

 ……だから、報告しない。

 

 カルトと同じ場所にいる、この星のものではない生き物のことを。

 それとはまた別の、この森に棲みついている、()()()()()()異常ではない生き物のことを。人類が知らない、人類圏外の生き物のことを。その状態も、その位置も、その存在さえも。

 

 だってフィリップは、そんなことはどうでもいいのだから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 楽しそうに、降り積もった雪が歩みを妨げることさえ気にならないかのように、満面の笑みで歩くフィリップを、シルヴァも嬉しそうに見つめる。

 

 そして数百メートルほど森の中を進んだとき、フィリップはふと足を止めた。

 ざく、ざく、と雪を踏みしめる音が鳴り止み──また別の音が耳に入る。

 

 「……ん? なんか音するね?」

 

 それは擬音にすると、どす、とか、ぼす、といったような、何か鈍く重いもの同士がぶつかるような音だった。

 森の中はただでさえ木立に音が吸われるが、地面や木々に積もった雪がそれを更に引き立てている。人の声もするような気がしなくもないが、錯覚かもしれない。

 

 罵声と怒声、そして何か柔らかいものを繰り返し殴打する音の聞こえる方へ、フィリップは気持ち静かめに向かう。

 といっても、鼻歌を止める程度だ。足元に積もった雪を消し去ることはできないし、ざく、ざく、と踏みしめる音は続いている。

 

 少し拓けた場所の雪が乱雑に掻き除けられ、焚火や幾つかのテントが置かれているのを木立の隙間から確認したフィリップは、木の陰に身を隠しながらより一層の注意を払って近づき、覗き込んだ。

 

 「……?」

 

 そこには10人ほどの人間がいて、そのうちの6人が何かを取り囲んで殴る蹴るなどの暴行を重ねていた。残りはシャベルで雪かきをしていたり、テントの前でぼーっと座っていたり、焚火で温まっていたりだ。

 皆一様に、迷彩防寒具らしきグレーのローブに身を包んでいる。何人かはフードを被っていて人相が判然としないが、大抵は王国人にありがちな金髪と青い目を持っていた。

 

 罵声は「オラ」とか「クソが」といった意味のないものが大半だったが、「よくもアイツを殺しやがったな」という理由を教えてくれるものもあった。仲間を殺した誰かがリンチされている……のだろうが、フィリップの目には、男たちに囲まれてボコボコにされているモノが人間には見えなかった。

 

 ヒトガタではある。

 二つの腕に、二つの足。肩の上に頭があり、身体を丸めて暴力から腹部を守る様も人間味がある。顔は伏せていて見えないが、鮮やかな赤毛を長く伸ばしていることと、襤褸切れのような着衣から見え隠れする身体の起伏からみて、女性なのだろう。

 

 しかし、手足の先は肘と膝の辺りまでがグローブやブーツのように赤黒い鱗で覆われており、背中には蝙蝠とも昆虫ともつかない翼膜のある翅を生やしていた。

 

 「ねぇシルヴァ。あれって何か分かる?」

 

 該当するものは、智慧にも、フィリップ自身の知識にもない。

 しかし森の中にいる以上、シルヴァの把握から逃れることはないはず。そう思って尋ねると、彼女は「なんでしらないの?」とでも言いたげな不思議そうな顔でフィリップを見上げて答えた。

 

 「ん。あれはみ=ご。べつのほしからきた……きのこ」

 「キノコ?」

 

 あの殴られてるヤツだよ? と再確認するフィリップに、シルヴァは「ん」と頷く。

 

 「せいかくには、そのへいき。……み=ごはなるらとてっぷとしゅぶにぐらすをしんこうしてる、いせいのはんせいぶつ」

 

 反生物……いや、菌糸類(キノコ)ということは、半生物、か。

 ナイアーラトテップを信仰するということは、多少の智慧はあるらしい。そして別の星から飛んで来るだけの、極低温と極高温、真空と磁場、重力と無重力の入り乱れる絶対死の宇宙空間を移動するだけの能力を持ち合わせている。

 

 と、そこまで考えて、フィリップはもう一度リンチ現場を覗き込んだ。

 

 人間数人に殴る蹴るの暴行を加えられているミ=ゴの兵器とやらは、相変わらず無抵抗で、身体を丸めて急所を守っているだけだ。

 

 「……別の星から来たってことは、少なくとも星間航行能力を持った神話生物なんでしょ? なんであんなにボコボコにされてるの?」

 「……さあ?」

 「……まあ分かんないよね、そりゃ」

 

 今のは僕の質問ミス、とフィリップは肩を竦める。

 シルヴァは森の中で起こった事象の全てを過去現在問わず観測しているが、それは「誰が何をした」という客観的事実までだ。行動の理由、個体の感情や論理までを掌握する能力は持っていない。

 

 「いいや。カルトってあいつら?」

 「ん! いたかのかると。うぇんでぃごのしもべたち」

 

 元気のよい返答に、フィリップは思わずにっこりと笑い──すぐに真顔になった。

 

 「イタクァ? ここにいるの?」

 

 それは多少不味い。

 イタクァはこの前のゾ・トゥルミ=ゴや、ちょっと名前の似た、しかしルーツを聞くに全くの別物らしいミ=ゴのような生き物とは訳が違う。正真正銘の神格、グレート・オールド・ワンだ。

 

 まあこんなド辺境の田舎惑星一つ制圧できていない時点で、程度は知れるけれど──それは「ハスターやクトゥグアより弱い」というだけであって、智慧には確かに載っている。外神の視座から見て、「人間を殺すには十分である」という評価を下されている。シュブ=ニグラスが、見つけられている。

 

 蛇腹剣だのフリントロックだので太刀打ちできる相手ではない。

 

 カルト狩りもまだなのに、と顔を顰めたフィリップだったが、シルヴァは頭を振って否定する。

 

 「いない。もっとむこう、きょくほくちたいにふうじられてる」

 「それはよかった。……じゃ、暫く戻ってて」

 「んー」

 

 ふっとシルヴァの姿が掻き消え、シルヴァとの魔術的なつながりが別空間に続いていることを確認すると、フィリップは身を隠していた木の陰から意気揚々と踏み出した。

 

 息を荒げて「ミ=ゴの兵器」とやらを蹴っていた奴らも、姿を晒した人間に気が付かないほど集中していたわけではなく、弾かれたようにはっと目を向ける。

 

 「……なんだお前? おいガキ──ごぼっ!?」

 

 家の廊下を歩くような調子で向かってくる子供を威嚇して、追い払おうとでもしたのだろう。

 その時点で、フィリップはこの集団に一定以上の興味を向ける必要を感じなくなった。フィリップ・カーター、魔王の寵児という存在を知る、“啓蒙宣教師会”の一員ではないと判断して。

 

 仲間が海水を吐きながら倒れ伏し、集団に緊張が走る。

 流石にリンチどころではなく、全員が慌ててフィリップから距離を取ろうと後退った。

 

 「《深淵の息(ブレスオブザディープ)》……。もしかして、あんまり戦闘慣れしてない? こんな体格に劣る魔術師っぽいやつから距離を取るのは愚策だと思うんだけど……」

 

 或いは腰に佩いた龍貶し(ドラゴルード)の存在を重く見ているか、逆に、フィリップの立ち方や歩き方から特異な歩法を身に付けていることを察する程度には戦闘に慣れているのか。

 

 「ま、どうでもいいけどね。僕はお前たちと戦う気はないし」

 

 あっけらかんと言い放ったフィリップだが、その右足は地面をのたうち回るほどの溺水の苦痛に苛まれている男の頭を踏みつけている。

 敵意が、悪意が、害意が、殺意が、全身から噴き出す悪感情が目に見えそうなほどだ。

 

 「は、はぁ!? ふざけるなよお前、いきなり攻撃しておいて──あ? あぁ!? うあぁぁぁぁっ!?」

 

 食って掛かった別の男が、胸を押さえて蹲る。

 だが、声が出ている。海水で埋められた肺では、出来ないことをしている。

 

 「どうした!?」と駆け寄った仲間の前で、そいつは全身を炭に変えて絶命した。

 

 「《萎縮(シューヴリング)》……。意図が伝わらなかったかな。「抵抗は認めない。苦しんで死ね」って意味だったんだけど」

 

 困ったなあ、と腕組をするフィリップ。

 視線を思いっきり他所に向けて、「智慧がないどころか言語コミュニケーションもちょっと怪しいぞ」なんて呟いている。

 

 その隙に、カルトたちはわらわらと一か所に集まり、なんとなく二列横隊のような形になる。どうやら、男が女を庇っているらしい。

 

 「こ、こいつ、普通じゃない! お前ら、逃げ──うわぁっ!?」

 

 先頭にいたリーダーらしき男の声に、フィリップが過剰に反応する。

 『拍奪』による相対位置認識欺瞞を全開に、全速力で距離を詰めて、男の両膝から下を切り飛ばした。

 

 錬金金属製の鎧さえ紙のように切り裂く龍骸の剣は、一切の抵抗なく肉と骨を断つ。もし男が完璧な姿勢で直立していたら、きっと切断面が一ミリもずれることなく、そのまま立ち続けることだってできただろう。

 

 だが急接近したフィリップに慄いてのけぞっていた彼は、失敗した達磨落としが崩れるように地面に落ちた。

 

 「あ、あぁ、あし、俺の足がっ!? うっ!?」

 「多分その辺だよね、腎臓って。最近教わったんだけど、傷つくと苦しんで死ぬ臓器らしいよ」

 

 恐怖のあまり動くことさえできないカルトたちの前で、フィリップは地に落ちた胴体に剣を突き刺す。教わった通りの、肋骨ギリギリの辺りに。

 

 そして止めを刺すことなく、別の標的に視線を移した。

 

 「な、なんなんだお前!? なんでこんなことをする!?」 

 「んー?」

 

 次の獲物と見定めていた男から、大声を上げた男に視線を移す。

 会話をするときには相手の目を見る、なんて、そんな礼儀正しい振る舞いは、襲われたカルトたちにはむしろ異常に映った。それ以外の全てが異常なのに、そんな人間的な礼節が垣間見えるのが、どうしようもなく歪で恐ろしい。

 

 狙われていた男は、極限の緊張から解放され、咄嗟に踵を返して逃げ出した。

 群れを、仲間を捨てる判断は、どうやら繋がりの強いらしい彼らにとってはとても辛い決断だろう。

 

 そして──その背中を、伸長された蛇腹剣が横一文字に切り裂いた。肋骨も、脊椎も、内臓も、何の手応えも返さないほどの鋭利さで以て、一刀の下に。

 

 「切れ味が良すぎて手応えが分かんないなあ。ちゃんと肺だけ斬れた? 心臓までイっちゃったかな」

 

 肺だけ斬ったとしても、即死はしない。相手を殺したければ心臓を斬る方が確実なはず。

 戦闘行為に慣れていない、ただの宗教集団でしかない「ウェンディゴのしもべ」たちでさえ、そのくらいの知識はある。

 

 それ故に、理解してしまった。

 

 「「ウェンディゴのしもべ」だっけ? お前たちがどういう教義の、どういう集まりかは知らないけど、僕はカルトが嫌いなんだ。だから死ね。惨く死ね」

 

 こいつは本気で──「惨殺する」ことを求めている。

 

 「このっ、狂人め……!! 『いあ いたくぁ いあ──」

 

 カルトの全員が背に庇っていた、女のカルトが絶叫する。

 初めは人語で、そしてフィリップのそれと同じく歪で拙いながらも、間違いなく邪悪言語の音を発し──乾いた炸裂音を最後に、のけぞるように倒れた。

 

 「誠に遺憾で残念だけど、正常なんだ」

 

 銃口から白煙を立ち昇らせるフリントロックを差し向けていたフィリップが、本当に残念そうに呟く。

 込められた心情は「狂えなくて残念」という会話に即したものと、脳幹を狙わざるを得なかった──即死させてしまった後悔とだ。

 

 「いやあ、でも今のは危なかったな。流石にこんな玩具じゃ邪神は殺せないからね」

 

 ジャケットの内にフリントロックを仕舞いながら、フィリップは肩を竦めて笑う。

 フレデリカに作って貰った、彼女としては大真面目に命の懸かった一瞬を勝ち取るための武器として作ったものを、玩具呼ばわりすることに多少の罪悪感はあるが、事実なので仕方がない。

 

 「邪神だと!? 我らの大いなる父を、そのような──ごぼっ!?」

 

 悲鳴なのか怒声なのか判別のつかない声を上げたカルトが、肺に海水を抱いて頽れる。

 地面を引っ掻き、爪が剥がれるほど苦しみ藻掻く姿を、フィリップは満足そうに一瞥する。そしてただの一瞥だけで、もうそいつに対する興味を殆ど失っていた。

 

 「……あぁ、あと五人しか残ってない」

 

 残念そうに呟くフィリップの前で、彼らは腰を抜かしてへたり込み、或いは赦しを乞うように跪き、死神の前に首を垂れた。

 

 

 

 

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