なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 ブリーフィングを終えた一行は少しだけ川を上り、件の洞窟の開口部の前で最終確認をしていた。

 ウォードが装備品、モニカとリリウムが携行品、フィリップとミナとエレナは浅い部分の先行偵察をする。

 

 洞窟の開口部付近はよくある風食洞窟のようで、川が氾濫したという前情報が疑わしくなるほど埃っぽかった。

 

 「洞窟……ではあるんだろうけど、ほら穴って感じだね」

 

 ざり、と足元で砂を踏む音がする。

 特に獣臭や血の匂いはしないので、探索開始早々に熊だの狼だのに襲われることはなさそうだ。

 

 それだけ確認して、フィリップたちは一旦洞窟の外に出た。

 

 「普通に洞窟だと思うけど……ボクたちの森にあった洞窟のイメージに固定されたのかな? あれは、えーっと……なんていうんだろう」

 

 人語に訳せない……と唸るエレナ。

 日常会話と冒険者用語、後は戦闘面に関する大陸共通語はほぼ完璧にマスターして使いこなしているが、洞窟の種別なんてニッチな単語まではカバーしていなかったらしい。

 

 「特殊な洞窟って言うと、鍾乳洞とか? こう……円錐形の石が天井や床から生えてるような」

 

 装具の点検を終えたウォードが身振りを交えながら口を挟む。

 「そう、そんなの!」とフィリップとエレナが声を揃えると、彼は「仲いいね」と笑った。

 

 「なら多分、中に入ったら「洞窟だ」って思うよ。ここも鍾乳洞らしいから」

 「あ、そうなんですか」

 

 そんな感じはしなかったけれど、とフィリップはたった今出てきた洞窟の黒々とした穴を一瞥する。

 しかしこの近くに住む村人から話を聞いてきたウォードが言うのだから、奥の方はそうなのだろう。入り口だけ洞穴の種類が違う、なんてことがあるのかは、地質学や洞窟のことに詳しくないフィリップには分からないことだ。

 

 「よし、行こう。全員、ランタンと補充用のオイルは持ったね? 火種は? 水筒は満タン?」

 

 携行品のチェックをしていたモニカとリリウムが頷きを返し、各自でも確認する。

 ランタンは安物のオイル式だが鉄柵で補強されており、多少ぶつけたくらいでは割れないようになっている。補充用オイルは金属製の小瓶入り、火種は昔ながらの火打石だ。多少濡れるどころか、水没したって問題ない。

 

 それから水筒に、携行食糧と救急セットなどを詰めたミニサイズのリュック。テントなんかは下流のベースキャンプに置いたままだ。

 

 エレナとお互いの服装や装具を確認し終えたフィリップは、いつも通りのコルセットドレスとピンヒール姿のミナに目を留めた。

 靴は、まあいい。森歩き用の頑丈なブーツを履いたフィリップ以上の運動性能を持っている相手に文句を付ける余地はない。服も、まあいい。岩肌で擦れるどころか崩落に巻き込まれて瓦礫に埋まったって、次の瞬間には無傷で立っているだろう。防御の役割を衣服に求める必要は無い。

 

 しかし、そんな彼女にも一つだけ、フィリップが渡した装備があった。

 

 「ミナ、ランタン渡したでしょ。腰に付けといてよ」

 「……?」

 「フィリップ君、姉さまの種族、まさか忘れたわけじゃないよね? 吸血鬼だよ? 夜の住人だよ? 暗闇を見通す目ぐらい持ってるに決まってるじゃん」

 

 何言ってんだこいつと言わんばかりの視線を、ミナとエレナから同時に受ける。

 だが、フィリップだってそんなことは承知だ。ミナが化け物であればこそ、ペット扱いを甘んじて受け入れているのだから。

 

 「いや、僕がミナを見つけるのに必要なんだよ。人間はヴァンパイアどころかエルフ以下の暗視力しかないんだから、迷子になってランタンも壊れたら困るでしょ」

 「……腰?」

 

 仕方ないと言いたげな溜息と共に、ミナはコルセットドレスの腰回りを見下ろす。

 しかしデザイン的に、正面と背面の飾り紐くらいしか付けられそうな場所が無かった。冒険者組はみんな、ユーティリティベルトの類を付けていたのだが。

 

 「……手で持ってて」

 「準備は良いね? ……よし。行こう」

 

 ミナが一瞥するだけで火を灯したランタンを持ったのを確認して、ウォードが号令をかけた。

 

 一行はぞろぞろと一列になって洞窟に侵入する。

 ミナほどではないが暗視能力の高いエレナを先頭に、リリウム、ウォード、モニカ、フィリップ、殿にミナという隊列だ。

 

 開口部から十分に光が差し込む入り口付近を過ぎると、埃っぽい感じが無くなり、徐々に空気が湿気を帯びてきた。

 探索用の長袖がちょうど良く感じるくらいに気温が下がったのに、その長袖が鬱陶しいほど纏わりついてくるようだ。

 

 フィリップたち人間組がランタンの明かりが届く範囲しか見えなくなり、足場がごつごつした岩肌に変わった時のことだった。

 

 「……ひっ!?」

 「うわっ!? 何!?」

 

 衛士団仕込みの護身術とやらも案外馬鹿にできないと思わせる速度で、前を歩いていたモニカが悲鳴と共に飛びついてくる。

 16歳の少女に負けず劣らず大きな声を上げたフィリップはモニカを抱きしめたまま、大きくバックステップを踏んでミナの腕の中に収まった。

 

 前ではウォードたちも何事かと振り返り、ウォードは剣の柄に手を添え、エレナはファイティングポーズを取っていた。

 

 モニカが注視する先に、フィリップはそっとランタンを掲げ──見慣れた姿が照らし出された。

 明かりに驚いたようにぴょんと跳ねる、茶色と黒の斑模様が特徴的な大きめのバッタ。田舎では偶にトイレの隅っこで見かけた、通称便所コオロギ。

 

 「……カマドウマ?」

 「……ただの虫じゃん。驚かせないでよ……」

 

 ウォードが脱力したように呟き、フィリップが飛び跳ねた虫をブーツの爪先で弾き飛ばした。

 

 「びっ……くりした……! フィリップ君の声で一番びっくりしたよ……」

 「意外と怖がりね、フィリップ」

 

 エレナは恨めしそうに、リリウムは揶揄い交じりに可笑しそうにしながらも、「何事も無くてよかった」と安堵の息を吐いて進行方向に向き直る。

 

 「前を歩いてる人が急に飛び上がってこっちに飛びついてきたら、誰だってびっくりするでしょ」

 「ご、ごめん……」

 

 フィリップはモニカの頬をつねりながらその後に続き、「今度は前の人に飛びついて」とモニカをウォードの方に押しやった。

 別にモニカのことが嫌いだからというわけではない。本当に不味い状況だった場合──例えば魔物が不意討ちをしてきたりしたら、他人を守りながら戦えるのはフィリップではなくウォードだからだ。

 

 少し歩くと、空気が覚えのある匂いと冷気を帯び始めた。

 

 「……なんか、じめじめする」

 「そうだね。覚えのある感じになってきた」

 

 ランタンの火が揺らめきと共に照らし出す壁や天井は、相変わらずのっぺりとした土と岩の質感だ。エルフの森にあった洞窟のものではなく、フィリップが「ただのほら穴」と評した様相が続いている。

 

 「そういえば、鍾乳洞と洞窟って何が違うんですか?」

 「鍾乳洞は洞窟の種類の一つだよ。かなり特徴的な……って、フィリップ君は見た目は知ってるのか」

 「はい。トゲトゲした岩が天井からぶら下がってたり、逆に地面から生えてたり」

 

 鍾乳石と石筍。

 どちらも鍾乳洞を形成する石灰岩層以外では形成されない洞窟生成物だ。石灰岩に含まれる炭酸カルシウムが酸性雨などに溶出し、空気に触れて再析出したことで生じる。

 

 「……おっ。それってこんな感じでしょ?」

 

 先頭を進んでいたエレナが声を上げる。

 フィリップは二つ前を進むウォードの陰から顔を出し、エレナのランタンが照らす先を見た。

 

 予想に違わず、これまでとは洞窟の様子が大きく異なっていた。

 棚田のような階段状に水盆が幾つも連なったような畦石池に、地面からにょきにょきと生えた細長い棒状の岩。その上の天井には、水の滴るストローのような形の細い岩、或いは結晶質の氷柱のようなものがある。

 

 フィリップにも覚えのある「洞窟」──鍾乳洞の様相だ。

 

 「おぉ……。あ、ここが境界ですか? こんなにはっきり切り替わるものなんだ?」

 

 ウォードとエレナと同時に会話しているせいで、言葉に敬語が現れたり消えたりする。

 そんなフィリップがランタンで照らした先の壁には、色味の違う二つの岩が明確な境界線を作り出していた。

 

 「鍾乳洞は石灰岩層が雨水によって溶食されてできる洞窟。ボクたちがここまで進んできたのは、水か風の流れで岩石層が浸食された洞窟。地面を構成する土の質が違うんだよ」

 

 などと言いつつ、エレナも壁に手を這わせて「でもここまで明確なのは稀だね」と驚いていた。

 実際、フィリップが見つけた部分以外はそれほど顕著ではないし、鍾乳洞も100パーセントが石灰岩でできているわけではなく、当然ながら岩石層も混じっているので、岩の部分や土っぽい泥の部分なんかは探せばいくらでもある。

 

 暗く、ランタンの限られた光量では判別しづらいが、壁も床も天井も、数種類の岩石が混ざり合って形成されている。

 

 ……まあ、だから何、と言う話ではあるのだけれど。

 そんな情報を手に入れたところで、この洞窟がダンジョンかどうかは分からない。

 

 ダンジョンはほぼ自然生成物と同一の環境を持っていることもあれば、明らかに人工物である場合もある。森が丸々一つダンジョンに認定されている場所もあるのだ。自然洞窟と同じ外見であることが、ダンジョンでないことの証明にはならない。

 

 「……エルフは薬学専門なのかと思ってた」

 「ボクは臨床より冒険の経験の方が豊富だからね! 伊達に放蕩してないってこと!」

 

 ふふん、と無い胸を張るエレナ。

 「自慢げに言うようなこと……?」とリリウムが呆れたように笑った、そんな時だった。

 

 エレナがぴたりと足を止め、後ろを歩いていたリリウムがつんのめり、それでも間に合わずに「きゃ」と軽く悲鳴を上げてぶつかる。

 

 「全隊停止! じゃなくて、皆、止まって」

 

 ウォードがモニカにハンドサインを送りながら、鋭く警告を発する。

 咄嗟に軍学校式の命令が出る辺り、よく教育されていると感心するところだが、フィリップの関心はすぐにエレナの見つめる先に移った。

 

 「あそこ、陥没してますね。穴の周囲の地盤も弱いかもしれない」

 

 ウォードとエレナが掲げたランタンの光が少し遠くまでを照らす。

 言葉の通り、二十メートルほど先の地面が不自然に黒く染まっていた。フィリップには言われなければ穴があるとまでは分からなかったが、言われてよく見てみると、その周囲の地面だけ妙にごつごつしている。

 

 周囲の壁は一見してヌメヌメしていそうな、流れ落ちる水に削られ、析出した石灰で覆われて滑らかなのに、黒く染まった部分の周りは荒く削り取ったような様相だ。

 

 「……いや、陥没じゃなくて崩落だね。見た限り、落ちる部分は落ち切ってるよ」

 

 警戒心を露に呟いたウォードだが、エレナは頭を振って否定する。何が違うんだろうと思ったのはフィリップだけではなかったが、二人の真剣な表情に気圧されてか、誰も何も言わなかった。

 

 しかしエレナとて洞窟の専門家ではないし、第一、地面のどこが脆くてどこが安全かなんて、ランタンの淡い光を頼りに一瞥しただけで判別するのは不可能だ。

 エレナも経験則的に、崩落の規模と瓦礫の落ち方からそうだと思っただけで、何か確固たる証拠があるわけではない。このまま進むのは危険だと、そう判断するだけの経験はある。

 

 だから。

 

 「ホントは命綱とか付けて、ちゃんと確認しながら進むべきなんだけど……ふっ!」

 

 震脚。

 鋭い呼気と共に繰り出されたのは、それだ。

 

 足を通じて尻の奥にまで衝撃が伝わってくるような踏み込み。それ自体は攻撃ではなく予備動作だとエレナは言うが、リリウムとモニカがバランスを崩して尻もちを搗くほどの振動が撒き散らされる。ウォードは驚愕に目を瞠り、フィリップは後ろから伸びてきたミナの腕に包まれながらも同じような顔だ。

 

 衝撃は地面を走り、壁を走り、天井にまで伝わる。二十メートル先の穴にまで伝わったかは不明だが、穴に至るまでの地面が頑丈であることは確からしい。

 

 びりびりと地面が、足が震え──やがて収まると、フィリップは信じられないほどの馬鹿を見る目をエレナに向けた。

 

 「もしかして発狂してる? 僕たちの立ってるここまで崩れたらどうするのさ?」

 「大丈夫だよ! 足場も天井も確認してからやったに決まってるじゃん!」

 

 未だかつてなく冷たい目をしたフィリップに、エレナは慌てて弁解する。

 或いは咄嗟にフィリップを抱き寄せて、いつでも飛べるように身構えていたミナの、同じく冷たい目に怯んだのかもしれない。

 

 石橋を叩いて渡るとは言うし、崩落の危険がある場所に敢えて刺激を与えて安全を確認するのも分かる。エレナなりに安全という確証があってのことなのだろうが、薄暗い中でいきなり震脚を喰らった形のフィリップはしばらく物言いたげな顔をしていた。

 

 

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