なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
全員が起き出して朝の支度を整えると、一行は朝食と並行してブリーフィングを始めた。
ちなみにメニューは昨日のグレートアルセスの残りと王都から持ってきたパン、森で摘んできた野草のスープ。川辺のキャンプにしてはかなり豪勢といえる。
ブリーフィングの中心になるのは、依頼の発注元である近くの村に聞き込みに行っていたウォードだ。
「それじゃ、これから調査に向かう洞窟の情報を共有するよ。近所の村の農家と狩人の情報だから、信頼性はギルドの情報に劣る。今後、情報と相違するものを見つけたらすぐに共有してほしい」
真剣な表情で語るウォードに、まだ眠そうに欠伸しているミナ以外の全員が神妙に頷く。
ウォードはミナも含めて全員に向けて頷きを返し、ポケットから茶ばんでごわごわした紙状のものを取り出した。
「うわ、懐かしい。樹皮紙ですか」
「王都の紙は外じゃ高級品だからね。トラブル回避だよ」
ウォードがメモ帳代わりに使ったのは、樹皮紙と呼ばれる代用品だ。
その名の通り、特定の種類の木を見つけて皮を剥いだだけの、特にどこで売られるとも無い──刃物さえあれば簡単に自己調達できる、最低級の筆記具。ちなみに木炭で書き込むのだが、書き味も保存性も最低だ。
田舎ではメモ代わり、すぐに捨てるようなことを書くときに使っていたが、王都では全く見なかったものに、フィリップは「懐かしいなあ」としみじみとした笑顔になる。
「まず、洞窟の深さは不明。発見されている開口部は二つ。一つはこれから僕たちが向かう川沿いのもの、もう一つは、ここから四百メートルくらい向こうの村にある廃井戸。こちらは地下水層が崩落して洞窟と繋がったみたいだ。開口部から底部までは約十メートル。侵入も脱出も容易じゃないから、入口としては使えない。必然的に、最近見つかった川沿いの開口部を使うことになる」
立て板に水に説明してくれるウォードのおかげで、洞窟探査は初めてのフィリップにもなんとなく状況が掴めた。
しかし村はここに来る途中に遠目に見たが、そこから川上の洞窟までが地中でずっと繋がっているというのは、流石に直感的にはイメージできない。
「400メートル? 長いですね?」
「いや、そんなに長くないよ。ボクが経験した中だと、10キロとか、そんなのもあったし」
「10キロ……」
言われてみれば、フィリップがこれまでに唯一訪れたダンジョンである、あのアイホートの雛がいた迷宮型のもの。あれも深さはともかく、総面積は相当なものだった。
びっしりと張った巨大な蜘蛛の巣のせいで全容は把握できなかったが、エルフの森の地下にあった洞窟──地下湖も相当な大きさだったし、地下構造物は数百メートル規模が普通なのだろうか。
「続けるよ。国土管理局が付けた正式名称は分からないけど、村では“子喰いの洞窟”と呼ばれてる。……その名の通り、既に四人の子供が洞窟に消えた」
「探検しに行って迷った、って可能性は?」
安穏とした問いを投げたのは、過去に洞窟探検に繰り出して迷子になった経験のあるエレナだ。
小さい頃に近所の森で遊んでいたフィリップも、「洞窟があったら行くよなぁ」なんて頷いている。
そして二人の感性と、件の子供たちの感性は同じだった。
「探検しに行ったのは、その通りらしい。元々、川が氾濫した直後で危ないから行くなと言っていたそうなんだが、言いつけを破ったようだ」
「あぁ……」と二人の声が揃う。
フィリップの田舎には氾濫するほど大きな川が無かったからピンと来ないが、埋没していた洞窟が露出するレベルの大氾濫だったのだから、見に行ってみたくなるのも仕方ないかもしれない。
「川に流されただけとか、森で魔物に襲われた可能性もあるわよね?」
とリリウム。
野営時に襲われたことを考えると、確かに有り得ない可能性ではない。
しかし、ウォードは頭を振って否定する。
「いや、子供たちは洞窟を進み、廃井戸の下まで来たそうなんだ。そこから村の人に声をかけて、驚かせて遊んでいたらしい」
「クソガキね……」
呆れ顔のリリウムに、フィリップとエレナも同意する。
モニカも「怒られそう……」なんて言っているが、モニカがその村の子供だったら絶対に同じことをしているとフィリップは確信できた。フィリップもいたら、多分巻き込まれて一緒に怒られている。
「一応、子供たちの名前と当時の服装も聞いては来たけど、生存は望み薄だね。なんせ二週間も前のことだ」
「食べ物のない洞窟に二週間、それも魔物がいる可能性もある、か……。そうだね。ボクでも死ぬかも」
今一つ洞窟で遭難するイメージが掴めずにいたフィリップも、エレナの言葉を聞いて生存難度の高さを察する。
ぱっと一瞬で思いつく限りでも、「光源不足」「足場の不整」「間合いの狭窄」とデメリットは多い。特に走り回って相手を攪乱し、蛇腹剣で中距離から一方的に首を刈り取るのが理想的戦形のフィリップは、かなり苦しい状況になるだろう。
しかしそうなると、そんな空間を子供だけで400メートルも進めたことの方が驚きだ。家からランタンか何かを持ち出したのだとしても、クリアできるのは光源問題だけ。むしろ魔物を誘引してしまいそうなものだが。
「子供だけで400メートル以上も進めたなら、ダンジョンじゃないんじゃないの?」
フィリップが考えていた疑問をそのまま、モニカが口に出す。
しかし、ウォードはまた頭を振って否定する。
「そうとも言い切れない。400メートル直通のトンネル状洞窟と、洞窟型ダンジョンが脇道か何かで繋がった可能性もある。或いは何かギミックのある……例えば大声を上げるまで魔物が出現しない、トラップ系ダンジョンかもしれない」
確かに、と、ダンジョン攻略経験のあるエレナと、学院で習ったフィリップが同時に頷く。
ダンジョンは基本的になんでもありだ。術者不在の魔術式トラップだとか、どこからともなく矢が補充される機械式バリスタだとか、倒しても倒してもギミックを解くまで無限に復活する魔物とか。
「出てくる魔物の種類は?」
とエレナ。
ウォードはまたメモに目を落として答える。
「村人たちが確認しているのはケイブバットとスカウトスパイダー。昨日戦ったデモニックバットとジャイアントスパイダーとサイズ感がよく似ているから、見間違えた可能性もあるけれど」
かなり詳しいところまで──いや、必要になる情報を的確に集めてきたウォードに、フィリップとエレナが感心の目を向ける。
「前二つは、どっちもダンジョン以外では滅多にお目にかからない種だね。見間違いじゃなければ、ほぼ確定だ」
エレナの言葉に「そんな判別方法が」と感心したのはフィリップとリリウム。ウォードは「そうですね」と軽く同意しているので、頭にあったのだろう。モニカは基本的に前提知識がないので、あるがままを受け入れる姿勢だ。
そんな方法があるなら、もしかしたら今日中には王都に帰れるかもしれない……なんて、フィリップが甘い希望を持った直後、神妙な顔のウォードが先を続け、希望を打ち砕いた。
「それから、恐らく魔物ではない通常の生物……或いは、相当に上位の魔物が棲みついている可能性が高い」
「ふぅん?」と興味深そうに──今初めて興味を持ったミナが意識を向ける。
そんな彼女を挟んで、フィリップとエレナは苦々しい表情の張り付いた顔を見合わせた。
言葉も無く同じ存在を思い出して危機感を共有している二人に気付かず、リリウムが「何故?」と問いかける。
「井戸の下にきた子供たちがそいつに襲われて上げた悲鳴が、井戸を伝って村にまで届いたそうだ。子供たちは頻りに「やめて」「助けて」と繰り返していたという」
ウォードが語る悲惨な状況を想像して顔を顰めたのはモニカだけだ。
ただ他の四人も無反応と言うわけではなく、疑問や焦燥など、それぞれの内心を映した表情を浮かべている。
「普通に、魔物に怯えただけじゃないの?」
「違うね。悲鳴は数十秒も続き、徐々に小さくなって消えたそうだ。遠ざかったように──まるで洞窟の底に引きずり込まれたように。戦闘本能──殺戮本能で戦う魔物が、丸腰の、十歳にも満たない子供四人を殺すのに何秒かかると思う?」
リリウムの問いは、ウォードがすぐに否定する。
実際、ケイブバットだろうとデモニックバットだろうと、スカウトスパイダーだろうとジャイアントスパイダーだろうと、非武装非戦闘員の子供を殺すのに何十秒もかけることはない。
飛び掛かり、首筋に爪や牙を突き立てて、それで終わりだ。
「時間はともかく、魔物は普通の生き物と違って獲物を巣穴に持ち帰ったりしない。その場で殺す。知恵を備えた魔物、“殺すために殺す”行動原則を逸脱した変異種か、そもそも魔物ではないのか……」
真剣な表情で考え込んだエレナに、フィリップも多少危機感を煽られる。
“殺すためだけに殺す”大原則を外れた魔物の代表例は、今まさにフィリップの隣で「手応えのある相手だといいわね」なんて笑っている。
いや、まあ、吸血鬼が出てきてもミナを見た瞬間に逃げていくだろうけれど。なんせ元吸血鬼陣営の統括者様で、吸血鬼にとっては神にも等しい始祖の系譜。人間にとっての天使みたいなものだろう。
「……思ってたより危なそうだね。ミナの魔力視で確認してみる?」
水を向けると、ミナはふっと口元を緩める。
「……何か勘違いしているようだけれど、魔力視は視界のチャンネルを魔力の次元に合わせるもので、透視能力ではないわよ」
「え? そうなの? 殿下は扉越しに敵の位置が分かったし、ルキアも森の中で僕の位置を割り出してたよ?」
魔術学院Aクラス卒業生にあるまじき知識不足──ではない。
そもそも魔力視自体が非常に優れた能力を持つ魔術師にしかできないことだ。授業でも習っていないし、ルキアやステラもフィリップが100年かかっても習得できないことを教えるほど暇でも馬鹿でもない。
「魔力視界に魔力を持たないものは映らないのよ。だから魔力視は物理的な遮蔽ならどんな厚みがあっても、何枚でも見通せるけれど、それは逆に、魔力を持たないものはどれだけ巨大でも、たとえ目の前にあったとしても見落としてしまうということ。壁を見透かせるんじゃなくて、魔力情報だけが見えるようになった結果、壁を認識できなくなる、と言えばいいかしら」
魔力視のできないフィリップに魔力視とは何かを教えるのは、盲者に色を教えるようなものだ。
ちょっとやそっとの説明では立ち行かない。フィリップもなんとなくのイメージはつくが、正解かどうかは分からない。
だが、今重要なのは実態ではない。何が出来て何が出来ないのか、それだけ分かっていればいい。
「……つまりダンジョンや洞窟じゃ、「どこに魔物がいるか」は分かっても、「どうやってそこまで行くか」は分からないってこと?」
「そうね。ついでに言うと、魔物の種類を判別するには、その魔物の魔力パターンを知っていないといけないわ。そして──」
この先は言うまでもないだろうと肩を竦めたミナの言葉を、フィリップは笑って引き取る。
「僕でも殺せるような劣等種を、ミナが覚えてるワケないか……」
「正解」とミナが浮かべた優し気な笑顔に、リリウムとモニカが見惚れて釘付けになる。
ウォードは暫く「会話の内容さえ……」と言いたげに複雑そうな顔をしていたが、ややあって、咳払いを一つ。
「……というか、今の話を聞いて、ダンジョンかどうかだけ確かめて帰ろうなんて言わないでしょ?」
勿論そうだと断定したような、半ば確信さえ感じさせる調子で尋ねるウォードを、フィリップはぽかんと口を開けて見つめ返す。
依頼内容は「ダンジョンであるかどうかの確認」だ。
攻略しなくてもよい旨は依頼票にしっかり明記されていたし、何なら報告を優先されたしとまで書かれていた。
正体不明の何かが棲みついているらしい洞窟を、長々と歩き回る必要は無い。
だというのに、エレナが勢いよく立ち上がって拳を握る。
「勿論! 村の人たちに危害が出ないよう、その謎の魔物をボクたちで駆除しよう!」
「そうよね! そんな話を聞いて逃げ帰ってちゃ、冒険者の名が廃るわ!」
何に感化されたのか、モニカがエレナに続いて鼻息も荒く立ち上がる。
青い瞳は悪戯っぽく輝き、フィリップは「ナイ神父のところに行きましょ!」と、仕事中にも関わらず、有無を言わさず引っ張って行かれた時のことを思い出した。
だが、棲みついているのは、何も上位の魔物と決まったわけではない。
もっと別のモノ──別の星から来たモノなどの、人類領域外の存在である可能性もある。
「……モニカはともかく、エレナはなんでそんなにやる気なのさ? エルフの森にいた奴のこと、忘れたわけじゃないよね?」
「当たり前じゃん! むしろ、覚えてるからこそ、万が一にも村の人に被害を出さないように確かめるんでしょ!」
即答され、フィリップも言葉に詰まる。
底抜けの善人なのか、間抜けな善人なのか。どちらでもいいが、確かに、言っていることには賛同できる。
「確かに……。顔も見たことない人たちだけど、叶うなら、何も知らず幸せに死ぬべきか」