なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 翌朝。

 ウォードと同じテントで目を覚ましたフィリップは、寝ぼけ眼を擦りながらモゾモゾと外に出る。

 

 朝日を浴びて煌めく川面に目を細めると、川辺に一つ、人影があることに気が付いた。誰かが顔を洗っているようだ。

 フィリップも顔を洗おうと近づくと、すぐに人物は特定できた。……リリウムだ。

 

 「……おはようございます」

 「……おはよう」

 

 緩慢に挨拶を交わす二人。

 なんとなく気まずそうなのはリリウムだけで、フィリップは単に眠いだけだ。

 

 顔を洗い、ついでに水を飲もうとして、自分が使っているのが王都の水道水ではないことを思い出して慌てて吐き出す。川の水は透き通っているし変な味もしなかったが、良く知らない川の水を飲まないなんていうのは常識だ。

 

 明らかに寝惚けているフィリップを見て、リリウムはくすりと笑いを漏らす。

 

 空気が弛緩したその隙を逃さず──偶然だが──フィリップはリリウムの方を向いて頭を下げた。

 

 「パーカーさん。昨日はすみませんでした。知らずのこととはいえ、貴女の誇りを傷つけて」

 「……エレナさんとモニカに色々聞いたわ。貴方、魔術学院の卒業生らしいわね。……黙ってたことも、別に怒ってないわ。魔術事故を起こしたなんて、自分から言うことでもないし」

 

 二人から何を聞いたのか、或いは単に一晩寝たからか、リリウムは昨日の怒りを霧散させて落ち着いた様子で語る。

 

 「本物の魔術師に囲まれてたんなら分かるでしょ。私たちは「ただ才能がない」だけで、何もできないって決めつけられて、見下されてる。……貴方もその口かと思って、ついカッとなったわ。ごめんなさい」

 

 深々と、とは言えないが、それでもしっかり分かる程度には頭を下げるリリウムに、フィリップはふっと相好を崩した。

 こういう物分かりの良いタイプは好きだ。人間として正しく、言葉によって意思の疎通が図れている気がする。

 

 「正直、そこいらの魔術師に言われたことなら反発してた。けど……聖痕者様に言われたことなら、流石にそうもいかないでしょ」

 

 肩を竦めつつも反骨心は感じさせず、むしろ致し方ないと納得したように言うリリウム。

 流石は天下に名高き聖人様だと口元を緩めるフィリップだったが、リリウムは聖人の言葉だから納得したわけではなかった。

 

 「三年前の御前試合、見た? 凄かったのよ。人間技じゃなかった……まさしく神に見初められた聖人の御業だった」

 

 三年前──フィリップがサークリス公爵一家に連れられて観に行った年だ。

 

 「……はい。空間隔離術式、神域級魔術の改変。学院長が驚くくらいの難易度らしいですね」

 

 後から聞いた話だが、ルキアは他の魔術との並列処理どころか、長時間維持さえ難しいそれを設置型に改変することで、あれほどの魔術戦を見せたらしい。

 対して、ステラは自前の魔力と演算能力に物を言わせてゴリ押しでそれに追随したそうだ。

 

 その話を聞いたときは、大抵の魔術理論を理解できないが故に、大抵のことは「そうなんだ」と無理解に受け入れていた当時のフィリップでさえ耳を疑った。

 

 「私もその解説は現地で聞いてた。何言ってんのかは、正直、今でも全然分かってないけど。あとで教えてくれる?」

 「どのぐらい難しいかって説明しか出来ませんけど、そんなので良ければ」

 「ありがと」

 

 暫しの沈黙が二人の間に降りる。

 フィリップはもう話が終わったつもりで「結局は咄嗟にゴリ押せる魔術師が強いんだよなあ」なんて考えていたが、リリウムは再び口を開いた。

 

 「流石にあんなのは無理だって自分でも思うけど、でも、私たちみたいな“不許可組”だって無価値じゃない、出来ることがあるんだって証明したいの」

 「……例えば?」

 

 無理だよ、とは思ったものの口には出さず、代わりにそう問いかける。

 魔術学院は言うまでも無く、学校──教育機関だ。その本質は「篩い分ける」ことではなく、「育てる」ことにある。

 

 入学を許された者と許されなかった者の差は才能だけだが、独学者と卒業生とでは研鑽の質が圧倒的に異なるのだ。

 

 才能も無く努力の質も劣る一般人。優れた才能に良質な研鑽を重ねた卒業生。

 

 比較する気にもならない。

 

 フィリップは冷めた目でリリウムを見つめていたが、彼女の答えを聞くと、ほんの僅かに興味深そうに片眉が上がる。

 

 「──Aクラス」

 

 フィリップの目指すところと同じ。──正確にはフィリップにとっては経由地点だが。

 そして、そう非現実的な目標と言うわけでもない。

 

 Aクラスに上がるには強さと人格を兼ね備えていなければならないが、“強さ”の種類は問われない。

 魔術師としてでもいいし、戦士としてでもいい。弓兵や、補助魔術師、治療術師、野伏でもいい。余人とは一線を画する卓越した技能を有し、それを以て多くの依頼を達成することが条件だ。

 

 つまり、この場合に於ける最適解は「魔術師を辞めること」。……なのだが、流石に、今そんなことを言っても聞き入れてはくれないだろう。

 

 「Aクラス冒険者になったら、魔術師として大成したって言えるでしょ。そして──、っ、いえ、なんでもないわ」

 「……まあ、何か事情があるのは分かりましたし、話したくないなら聞きませんよ。……でも──」

 

 口が滑ったと眉根を寄せるリリウムに、フィリップは軽く肩を竦める。話したがらない事情に首を突っ込むほど、フィリップはリリウムに興味がない。

 

 しかし同じく言い淀んだフィリップに、リリウムは不愉快そうに眦を吊り上げた。

 

 「……何か言いたそうな顔で黙らないで。イライラするから。この際だし、言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 

 なんだこいつ、と、普段ならフィリップも眉根を寄せるところだが、今はそれより言いたいことがあった。

 言いそうになったが、本当に言うべきかと珍しく躊躇したことが。

 

 「……学院で習った魔術理論の中に、“血統遺伝的魔力構成要素と魔力中の性質決定因子仮説”っていうものがあるんです。内容を簡単に要約すると、魔術適性は遺伝で先天的に決まってる、っていう仮説なんですけど」

 

 仮説──ではある。一応。()()()()()()()()()()()()

 フィリップはナイ神父からそれが“正解”であることを教えられている。そのせいで授業で同時に習った複数の“不正解”は殆ど頭に入って来なかったし、その不正解の方がテストで出てきた時には問題用紙を破りかけたが。

 

 ともかく、「ふーん。……けど、所詮は仮説でしょ」というリリウムの挑戦的な相槌は間違いだ。

 フィリップが何と返すべきか迷っていると、リリウムは「それに」と先を続ける。

 

 「それに、適性がないからって、勝手に()を決められちゃ堪らないわ」

 「いや、魔術適性は「初期値」じゃないんです。その人に何ができるのか、どういったことが得意で、どこまで極められるのか。その人が持つポテンシャル、「潜在値」というか……」

 

 適性の絶対性は、例の性質決定因子仮説を証明するまでも無く、ルキアやステラが身をもって実証している。

 最高の才能に最高の環境、物心ついて以来の無謬の研鑽を以てしても、ルキアは支配魔術を会得できていないし、ステラは支援系魔術を使えないままだ。

 

 フィリップの言葉に、リリウムの眉根が険しく寄る。

 流石に厳しく言い過ぎたかと自省──のようなことをしたフィリップは、少し慌てて、

 

 「……とはいえ、僕は「死ぬまでの間死ぬほど努力して上振れを引けば、もしかしたら中級魔術が使えるかもしれない」程度ですけど、パーカーさんは違うかもしれませんしね。……ルキアに頼めば調べて貰えるかもしれませんけど、帰ったら頼んでみましょうか?」

 

 と、よく分からないフォローをする。

 

 リリウムはその内容自体には触れず、興味深そうにも怪訝そうにも見える不思議な目でフィリップを見据えた。

 

 「……二人から聞いてたけど、ホントに聖痕者のサークリス聖下と友達なのね」

 「えぇ。……あっ、ミナでも出来るかも? 聞いてみましょう」

 

 ルキアもミナも、嫌なら「嫌」とはっきり言うタイプだから、頼んだところでやってくれるかどうかは微妙なところだけれど。

 しかし二年前のルキアでも、ちょっと探ったくらいでフィリップの魔術適性の無さを看破出来たのだ。魔力の質と量のどちらも持っていないフィリップだからあれだけ簡単に分かったのかもしれないけれど、ミナはそう労力の要らないことならやってくれる。

 

 そんな仮定に基づく推測をしているフィリップに、リリウムはふっと口元を緩めた。そして一言。

 

 「必要ないわ」

 

 そう、端的に断った。

 遠慮や、或いは否定されることへの恐怖もあっただろう。しかし彼女は胸を張り、フィリップを真っ直ぐに見据えて勝気な笑顔を浮かべる。

 

 「誰に何と言われようと、私は「出来る」と信じる。たとえ聖人様に「無理だ」と言われようと、それを覆してみせる。絶対に」

 

 絶望と諦観で濁った青い目と交錯するのは、同種の負の感情を希望と決意の輝きで覆い隠した、同じ色の双眸。

 分不相応な願いを抱くのは人間の常だ。それが自らの分を超えたものであるとも知らず……或いは知った上でなおか。どちらでもいい。

 

 「……いいね。そういう目が出来る人は大好きだ」

 

 身の丈より大きな虫の死骸を懸命に運ぶ蟻を見るような目で、フィリップは笑った。

 

 

 

 

 

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