なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「……それで?」

 

 戦闘が終わり、再び焚火を囲んで一息ついた一行に、フィリップが水を向ける。

 いつものようにフィリップを膝に乗せて愛玩していたミナは一瞬だけ自分に言われたのかと思ったようだが、すぐに違うと気付いてフィリップの首筋に顔を埋めた。

 

 フィリップの視線と意識が向いているのは背後のミナではなく、ちょうど焚火を挟んで正面に座っていたウォードだ。

 ばっちりと目が合い、問いの先であることを悟った彼は眉根を寄せて困り笑いを浮かべる。

 

 「……えっと、何が?」

 「ウォード、さっき──晩御飯の前に、「いい収穫があった」って言ってましたよね? モニカも「大変だ」って」

 

 言うと、ウォードはたった今思い出したとばかり、頻りに頷いた。

 

 「あぁ、うん。いや、その前に、先に禍根を断っておこう。……リリウム」

 

 ウォードにしては珍しい硬い声に、フィリップは興味深そうな目を向ける。

 名前を呼ばれたリリウムは一瞬びくりと肩を震わせたが、すぐに顔を背け、更にウォードに背を向けるように座り直しまでした。

 

 「……先にそっちが謝るべきでしょ。私は暴言に対して報復しただけ」

 

 苛立ちも露に言うリリウム。

 暴言を吐いた覚えのないフィリップは、指を差されて「え? 僕ですか?」と困惑顔だ。

 

 「いいや。君は投石を馬鹿にしすぎだ。確かにフィリップ君は君を傷つけたし、その件については後で話す。けれど、君の衝動的な行いが彼に甚大なダメージを与えていた可能性もある。例えば目に当たっていたら、大した威力でなくても失明するかもしれない」

 「……知らないわよ、そんなの。実際には当たってないんだからいいじゃない」

 

 ふむ、とフィリップは軽く頷く。

 顔に向かって物が飛んできた時には反射的に驚いたが、当たってはいないし、当然何の痛みも感じていないので怒ってはいない。

 

 もし当たっていたとしても、その時はフィリップ自身が心行くまで報復する。なに、エレナの人外の美貌にさえ「一発は一発」と拳を叩き込んだのだ。今更女性の顔面を殴ることに躊躇することはない。

 

 それに、頭蓋骨を貫通して一撃で脳が破壊されたならともかく、目の表面が傷ついたくらいならミナの血で治せる。まあミナに相談した時点でリリウムは殺されるだろうけれど。

 

 「……僕は──」

 「フィリップ君はちょっと黙っててくれないか。話がややこしくなる」

 

 後の先。

 フィリップの言葉を完璧に遮ったウォードに、フィリップは「はーい」としょんぼり返すしかなかった。

 

 エレナはそれを見て暫くけらけら笑っていたが、徐に立ち上がると、フィリップの前に座り直した。

 焚火と、その奥のウォードとリリウムを身体で遮るような位置だ。

 

 「はいはい、フィリップ君は私とお話ししようねー」

 

 怒られの気配を感じて思わず身を引くフィリップだったが、ミナに抱きしめられていては逃げることも叶わない。

 

 「……で、なんであんなこと言ったの?」

 「あんなことって?」

 

 尋ねるフィリップの大真面目な顔を見れば、ふざけたり茶化したりしているわけではないことが分かり、エレナは困ったように眉尻を下げる。

 

 「パーカーさんが怒ったときのこと。“石を拾って投げたら?”ってやつ」

 「あぁ……。あれ、殿下の受け売り」

 「ステラちゃんの?」

 

 もう入ることは無いだろう魔術学院の体育館を懐かしみつつ、当時のことを思い出しながらフィリップは語る。

 

 「うん。日常系魔術で無理して戦うぐらいなら魔力は温存すべき、って。いざというときに切り札が使えないんじゃ話にならないしね」

 

 勿論、流石にフィリップのようなケースは稀だろうが、それを言うなら、ルキアやステラのように上級魔術を撃った端からその分の魔力が回復する魔術師だってそうはいない。魔術師が継戦能力を気にするのは普通のことだ。

 

 だから他人にも適用できる理屈だと思って、リリウムにも忠告したのだけれど。

 

 フィリップの言に、エレナは「切り札?」と首を傾げる。

 彼女はフィリップが碌に魔術を使えないことと、例外的に二つの超攻撃的な魔術を扱えること、そしてやっぱりその二つもポンコツで、一定以上の魔力を持つ相手には弾かれることを知っている。

 

 石でも投げた方がマシな「魔法の水差し」と「魔法の火種」、あとは「冬場のドアノブ以下」と評された『サンダー・スピア』。比較的簡単だとされる『ウォーター・ランス』を除けば、それぞれの属性で人類最高最強の魔術師に教わって、このザマだ。

 どれも「切り札」と呼べるものではない、というか、フィリップはそれらを端から手札としてカウントしていない。

 

 「あぁ、例の“捨て身アタック”。前から聞きたかったんだけど、やっぱり自爆系の魔術なの?」

 「そんな感じ。僕も周りも全部吹っ飛ばす、みたいな。使い勝手の悪い、小を兼ねない大ってやつだよ」

 

 そこには食いつかないで欲しかったと思いつつ、正解からそう遠くない表現をするエレナに乗っかる。

 

 「……フィリップ君には、それや剣技があるからステラちゃんの言葉を受け入れられたんだよ。魔術師が魔術を否定されるのは、あなたが召喚術や剣術を否定されるようなものだよ? 今日会ったばかりの人に、いきなり「君の剣技は弱すぎる。戦わずに逃げろ」とか言われたら、嫌じゃない?」

 

 言われて、フィリップは「ん?」と首を傾げる。

 

 「ん? うーん……。否定しにくい事実を突きつけられるのは、そりゃあ嫌だけど……それは別に、ただの事実だしね。その弱さが味方の害になるなら、尻尾巻いて逃げるよ」

 

 淡々と言うフィリップに、エレナは深々と溜息を吐き、両手で顔を覆った。

 フィリップの言葉や態度に強がりの気配は全くない。彼は心の底から素直に語っている。そう分かった時点で、エレナはアプローチを間違えたことにも気付いていた。

 

 フィリップは自分が強いとは思っていないし、事実としてそこまで強くはない。

 

 そして、それを自覚させるには十分すぎる環境が揃っている。

 剣術指南役のウォードやマリー、戦闘に関する全般を教導するステラとミナ、対魔術師戦の相手役を幾度となく務めてくれたルキアに、格闘戦指導役のエレナ自身もそうだ。最近では一度だけだが先代衛士団長にも稽古を付けて貰った。

 

 こんな化け物連中に囲まれていては、「弱い」という言葉から侮蔑的な印象が抜け落ちるのも無理はない。

 

 何より、エレナはフィリップのその自己認識が、卑屈や悲観から来るものではないことを知っていた。

 

 「……“その代わり、強みで誰かを助けられるなら自分を犠牲にしてでも助ける”って続くでしょ、それ。そうだった、こういう子だった……」

 

 顔を覆ったまま、何故か恨みの籠ったような声でボソボソと呟くエレナ。

 その隣で、フィリップは「そりゃそうでしょ」と怪訝そうな顔だ。……尤も、エレナの思う「誰か」とフィリップの思う「誰か」には、大きな差があるのだけれど。

 

 ボソボソと不明瞭に何事か呟いたかと思うと、エレナは勢いよく立ち上がった。

 

 「……ウォード君! 交代! ボクじゃフィリップ君を説得できない!」

 

 なんだこいつと言いたげな冷たい目を向けるフィリップとミナを置いて、エレナは焚火を迂回してウォードの方に向かう。

 ややあって、エレナがリリウムの前に、ウォードがフィリップの隣に座った。

 

 「……と言うわけで交代したんだけど、エレナさんに何て言われたの?」

 

 エレナとの会話を掻い摘んで話すと、ウォードは複雑そうな顔で唸る。

 魔術に関係したことならウォードよりもフィリップの方が詳しいし、それが聖痕者の受け売りだというのなら、非魔術師がどれだけ頭を回したところで覆せるものではない。

 

 それにウォードは交流戦でステラと多少は会話している。

 ステラの考え方や話し方を知っているからこそ、何の否定材料も見つけられないのだと考える前に分かってしまった。

 

 「あぁ……。そうか、第一王女殿下の……あの方の仰ることに間違いは無いだろうし、正直、僕もそう思う」

 

 神妙に言うウォードに、フィリップも当然のように頷きを返す。

 フィリップの中で最も信憑性が高いものは当然「自分の目で見たこと」だが、「ステラが言ったこと」もそれに匹敵するくらい高い。

 

 「でもね、他人の拘りやポリシーを無遠慮に踏み荒らすのは良くないよ。それが喩え合理的には間違っていても、その人にとっては譲れないことかもしれないだろう?」

 

 言い聞かせるような調子のウォードに、フィリップはまた軽く頷く。

 実際、フィリップはそういう人物と親しい。提示されたものが合理的最適解であると分かっていてもなお、自分の価値観に沿わないものなら突っぱねる人物と。

 

 「ですね。ルキアと殿下も偶に喧嘩して……あー……パーカーさんも戦い方に拘りが?」

 

 だとしたら、知らずのこととはいえ迂闊に逆鱗に触れたフィリップが悪い。ミスというか、運が悪かった。

 ルキアは「無様に勝つぐらいなら美しく負ける」と言うが、もしかしたらリリウムも「魔術を使わずに生き延びるくらいなら魔術で戦って死ぬ」みたいな価値観の持ち主かもしれない。

 

 「多分ね。僕も詳しいことは知らないし、フィリップ君なんて初対面だから尚更仕方ないことだとは思うけど、気付かずに蛇を踏んだ形だね」

 「落ち葉に紛れて寝てる蛇なんて、本職の狩人でも稀に見逃しますよ」

 「そうだね。だから、運が悪かったんだよ」

 

 「そうなの?」とは言わず、「そうだね」と肯定したウォードに、フィリップは自分で言っておいて不思議そうな目を向けた。

 田舎の人間なら、そりゃあ「そうだね」と言う反応だろうけれど、王都の人間にはそもそも蛇自体が見慣れない動物だろうに。

 

 「……ウォード、王都の人ですよね?」

 「そうだよ? ……あぁ。剣術の師匠に連れ出されたことが何度かあってね。山だの森だのには多少慣れてるんだ。軍学校で山地だの森林だのの行軍訓練もしたしね」

 「あぁ……。お師匠さん、厳しそうですもんね」

 

 交流戦の折、ウォードと一緒に風呂に入ったり着替えたりしていて目にした、全身に刻まれた無数の古傷を思い出して慄く。

 あれは模擬剣が摩擦で切った傷ではない。真剣で、かなり深々と切り裂かれた跡だった。それも十やそこらではない数の。

 

 魔剣と龍骸の蛇腹剣で模擬戦をしているミナとフィリップの訓練でも怪我は絶えないが、流石にそれはミナの血液、究極回復薬ありきだ。生身の人間同士であんなにも傷を負うほど苛烈な訓練を課すなんて、「厳しい」の域を遥かに逸脱している。

 

 「まあね。ははは……」

 

 思い出したのか、ウォードは暗い目で乾いた笑いを零していたが、それも一瞬だ。咳ばらいをして話を戻す。

 

 「んん。ともかく、フィリップ君はリリウムと話し合って、あの子の拘りを悪意で貶したわけじゃないことを説明するべきだね」

 

 エレナにも怒られ、ウォードにもこうして苦言を呈されて「僕は悪くない」と強硬に主張するほど物分かりの悪くないフィリップは、素直に「はい」と頷いた。

 

 「……ところでパーカーさんとウォードって、パーティーを組む前から知り合いだったんですか?」

 「家が近所でね。親同士の仲が良いから、子供の頃にはよく遊んでたんだ」

 

 そういうご近所付き合いは王都でもあるんだ、とフィリップはなんとなくほっこりした。

 王都と王都外では技術格差が激しく、文化に微妙な差異が生じ始めている。数百年もすれば言語さえ乖離するだろうと学者に言われているくらいだ。

 

 それでも田舎と似たような安穏とした暮らしがあるのだと分かると、何故だかちょっとだけ嬉しい。

 

 「へぇ。モニカとも?」

 「いや、モニカちゃんはタベールナに行ったときにちょっと話したことがあるくらいだったんだけど、ギルドでばったり会って……っと、あっちの話も終わったね」

 

 焚火の向こうでエレナが立ち上がったのを見て、ウォードも伸びをしながら立ち上がる。

 それから大きな欠伸をして、一言。

 

 「よし。じゃあ……今日の所は一旦寝て、二人の話し合いは明日の朝にしよう」

 

 げ。と、フィリップは口元を苦々しく歪める。

 そのやり口は実母アイリーンが、フィリップと兄オーガストが喧嘩した時に使っていた。“話し合い”が終わるまでずっと──最長記録ではその日の夜まで、ずっと朝食が出て来ないのだ。

 

 いわば食事を人質にした強制和解策。

 

 王都でもそんなことをするのかは知らないが、ウォードがそのやり方を知っていたことはフィリップにとって予想外だったし、望まぬことでもあった。

 

 そんなところは田舎と一緒でなくていいのだけれど。

 

 

 

 

 

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