なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 実のところ、フィリップが後方火力支援を受けながら戦うのは二度目のことだった。

 二年次の交流戦の折、ティンダロスの猟犬を相手にミナの援護を受け、ついうっかり『拍奪』を使ってフレンドリーファイアを誘引して以来だ。

 

 これまで一緒に戦闘したことがあるのはエレナとミナくらいで、二人とも近距離型だ。ルキアとステラとは模擬戦相手としては幾度となく戦ったが、肩を並べて戦ったことはない。あの二人はフィリップの支援なんかやらせずに火力要員として運用した方が1000倍有用だ。

 

 というか、二人とも戦線投入が戦闘終了を意味するレベルの極大戦力なので、フィリップが出しゃばる隙が無い。

 

 リリウムはどんなものなのだろうとワクワクしつつ、ミナが飽きないように気を配りながら、フィリップは率先して魔物へと突撃した。

 「上等」とばかり、群れの戦闘を走っていたビーストスケルトンが吠え立てながら飛び掛かる。

 

 蛇腹剣を伸長すれば一方的に斬り伏せられる甘い動きではあるが、縛りのある今は直剣の距離まで近づくしかない。となると当然、相手の跳躍や助走は威力を高めるのに十分な距離を進むことになる。

 骨だけの獣の体重なんてたかが知れているとはいえ、相手は魔物。爪も牙も殺意も、鋭さは自然のものではない。加速の乗った攻撃を受け止めるのは避けた方が賢明だろう。

 

 「なるほど……。パーカーさん!」

 

 こういう時に援護して貰えばいいのか、と遅ればせながら気付いたフィリップは、合図しながら素早くサイドステップを踏んで射線を開ける。

 

 「任せなさい! 《ファイアーボール》!」

 

 ほう、とフィリップは感心の息を漏らす。

 対アンデッドに効果的で最も簡易な火属性魔術を選択する判断力、打てば響く反応速度、どちらも素晴らしいと。

 

 しかし、その感嘆は紅蓮の火球がすぐ隣を通り過ぎたときに、リリウムの魔術適性の低さをまざまざと見せつけられて消え失せた。

 

 フィリップに当たりそうで危なかったとか、魔物に当たらない軌道だったわけではない。というか、強力なホーミング性能を持った魔術でもない限り、照準は魔術師自身の視覚や空間把握能力頼りだ。狙いが甘いのは魔術適性の不足ではない。

 

 ──熱くなかったのだ。

 

 いや、腐っても炎だ。

 触れれば火傷くらいはするのだろうが、ステラが使った初級魔術のように、掠めるだけで肌が焼けるような熱気を放っていたりはしない。火球のサイズも、フィリップの使う蝋燭大ほどではないが、拳大には僅かに足りない。

 

 初級魔術の『ファイアーボール』は、攻撃性能の全てを熱に依存している。

 もっと上位の火属性魔術になれば、単なる投射系魔術でも爆発とか延焼とか様々な付加効果を持つが、単純に魔力を熱に変換して撃ち出すような最低難易度の魔術にそんな豪勢なものはない。

 

 温度とサイズの不足は、イコール、威力の不足だ。

 

 「──フィル」

 「分かってる!」

 

 魔術攻撃を当てにして回避らしい回避を殆どしていなかったフィリップは、ミナの警告とほぼ同時に『拍奪』を使わず全力で後退する。

 ビーストスケルトン──眼球も脳もなく、魔術的な力で外界を認識しているスケルトン系アンデッドには、残念ながら相対位置認識欺瞞は効果を発揮しない。

 

 直後、炎の塊が直撃し、しかし一切怯むことなく突っ込んできた骨の獣は、フィリップの二歩ほど前の空間に爪を突き立てた。

 

 さて──。

 

 「その“当てが外れた”って顔はやめなさい。魔力の質と量を見て魔術威力が推察できなかったのは、きみの能力不足よ」

 「魔力の質と量とやらを、僕はそもそも見られないんだけど……。まあ、それならそれでやりようはあるでしょ」

 

 がっかりした顔のフィリップに、ミナが呆れたような目を向ける。

 そんな彼女の手に握られた血の直剣の先端には、三匹いたデモニックバットの頭部が三つ、団子のように串刺しにされていた。

 

 飛行型の魔物はまだ相手取るべきではないと判断したのだろうが、それにしても処理が早い。フィリップが多少の驚愕と共に瞠目した時には、その頭部も、地面に頽れていた胴体も、黒い灰のような粒子になって消滅した。

 

 「リリウムちゃん、ジャイアントスパイダーを優先して攻撃! フィリップ君、残りはどっちも『拍奪』の通じない相手だよ、気を付けて!」

 

 危なげなく魔物を処理していくウォードに援護は不要と判断してか、エレナからフィリップたちに指示が飛ぶ。

 ちょうど目の前のビーストスケルトンを斬り伏せたところだったフィリップは片手で「了解」と応じ、リリウムは声に出しつつ素直に照準先をフィリップに一番近いジャイアントスパイダーへ切り替えた。

 

 「判断速度は悪くない。司令塔に従うだけの素直さもあるし、指示に従うだけじゃなくどれを狙うべきか自分で考えられてる。ちゃんと正解だしね。……魔術の威力が上がれば、結構いい感じなんじゃない?」

 「はい。僕もそう思って、彼女と組むことに決めたんです」

 

 少し離れたところで安穏と言葉を交わすエレナとウォードに、フィリップは物言いたげな目を向ける。

 

 魔術の威力は大抵の場合、魔術の等級と種類によって決まる。

 初級魔術なら人間一人を殺すのに数発必要だが、中級魔術なら或いは一撃でも殺し切れる。上級魔術にもなれば数人、数十人を纏めて吹き飛ばすこともできるし、神域級魔術ともなれば都市全域を一撃で壊滅することも可能だ。

 

 しかし、別の魔術師が同一の魔術を使った場合、威力に差が出ることは殆どない。当然だ。「拳大の火球を撃ち出す魔術式」なのだから、魔術式にどれだけの魔力を代入しようと、出てくるのは「拳大の火球」と「余った魔力」。余剰魔力は熱や現象に変換されず、ただ散っていくだけだ。

 

 生じる結果を変えたければ魔術式そのものを変えるしかない。それが現代魔術における通説であり、ルキアとステラが出した結論でもある。

 ルキアが以前、本来は目視可能速度を超えるはずがない初級魔術で雷速を出したのも、魔術式を部分的に改変した結果だ。

 

 魔力の質も量も圧倒的に他と違う場合に於いては、ある程度有意な差異が認められるのだが──ルキアやステラで漸く「ある程度有意な差異」レベルなので、誤差と言っていい。

 

 ──つまり、魔術の威力を上げるには、ルキアやステラくらいに魔力を高める他には、使う魔術を変えるしかないのだ。

 魔術式の部分改変なんて魔術学院でも習わないような超高難易度の、魔術研究者レベルの技術があるなら別だが、それも「別の魔術を使う」と言っていいだろう。

 

 そんなことを考えて、

 

 「パーカーさん、中級魔術は使えますか!」

 

 なんて叫ぶフィリップだったが、不正解だ。

 

 リリウムの初級魔術はフィリップの見た通り、カタログスペック通りの威力を発揮していない。

 魔術が発動するのに必要な魔力量や質、演算能力は持っているようだが、初級魔術の威力上限に届くほどではないのだ。発動最低限にギリギリ届く程度のフィリップよりマシだが、やはり、正規の魔術師には程遠い。

 

 しかし、それはある意味では僥倖だ。

 魔力の質はともかく、量は後天的な訓練である程度成長する。

 

 フィリップがルキアの教えを受けながら「死ぬまでの間、死ぬほど努力すれば、もしかしたら使えるようになるかもしれない」中級魔術をリリウムが覚えるより、初級魔術をスペック限界で使えるようになる可能性の方が、まだ高い。

 

 ちなみにリリウムの答えは、

 

 「市販の魔術指南書に中級魔術なんか載ってるワケないでしょ!」

 

 という怒気交じりのものだった。

 

 本職の魔術師が対魔術師戦で手札に数えるものを、魔術を技術と文明の湧出元として集積している王国が、王都外では高価な書籍媒体とはいえ広く流出させるはずがない。

 

 そりゃあそうだと納得したフィリップは軽く肩を竦め、手近にあった石をリリウムの方に蹴った。

 

 「……は? 何なの?」

 

 足元にころころと転がってきた小石を見て、リリウムは眉根を寄せて思いっきり怪訝そうな顔をフィリップに向ける。

 

 「──フィル、前」

 

 退屈そうに欠伸していたミナの警告を受けて視線を引き戻すと、大型犬大の蜘蛛、ジャイアントスパイダーがフィリップに糸を浴びせかける寸前だった。

 慌てて距離を詰めて真っ二つに叩き切り、今にも飛び掛かろうとしていた別のジャイアントスパイダーに死骸を蹴りつけて妨害する。

 

 「魔物相手だと耐性に押し負けて碌な威力が出てないから、石を拾って投げた方がいいですよ」

 

 淡々としたフィリップの言葉に、リリウムは眦を吊り上げる。

 振り返らず、魔物の群れ全体を見るように視野を向けていたフィリップは彼女の表情を見ていないが、勝気そうな顔には自分の力を侮られたことに対するものにしても明らかに過剰な、烈火の如き怒りと、殺意にも近しいほどの憎悪が宿っていた。

 

 「はぁ!? なんですって!?」

 

 激高したリリウムに、ウォードとモニカがぎょっとした顔をする。

 以前にウォードが魔術の威力不足を指摘したことはあったが、その時は「そうね」と納得して受け止めていたのに、と。

 

 「魔力のない獣相手なら有効だろうけど、魔物相手じゃ──っと、危ない」

 

 別種の魔物同士でそんな知能はあるまいが、人間への害意と戦闘本能がそうさせるのか、まるで連携するように同時に襲い掛かってきたジャイアントスパイダーとビーストスケルトンを一刀の下に斬り伏せる。フィリップの腕力は大したことないが、得物が得物だけに、魔物の外皮であろうと殆ど抵抗なく切り裂けた。

 

 もう一度視野を広く取ると、魔物の群れはウォードとミナによって殆どが駆逐されていた。残りはウォードからフィリップに狙いを変えて突っ込んでくる──恐らく逃げようとしているジャイアントスパイダーが一匹だけ。

 

 一対一ならウルミを使っていた時分のフィリップでも勝てるような魔物が群れたところで、このパーティーの敵ではなかった。

 

 最後の一匹を処理すべく剣を構えるフィリップの背後で、リリウムは勢いよく屈んで足元に転がった石を拾い上げる。

 

 「私は魔術師よ! そんな原始的な戦い方はしないわ!」

 「え? なんで怒って──うわ!? ちょっと!?」

 

 怒声に反応して振り向いたフィリップは、夜闇の中を顔面目掛けて飛んで来る「何か」を慌てて避ける。

 暗くてよく見えなかったが、拳大より二回りは小さい何か──フィリップが蹴飛ばした石くらいの大きさだった。

 

 手を振り抜いた姿勢でこちらを睨みつけるリリウムと合わせて考えると、その直感は正しいと分かる。リリウムが石を拾って投げたのだ。

 

 ただし、狙いは魔物ではなくフィリップの頭部に合わせられていたが。

 

 「リリウム! ──っ、フィリップ君、前!」

 

 どういうつもりなのかと問い詰めようとしたフィリップより先に、ウォードがリリウムに負けず劣らずの怒気を迸らせる。

 投石は場合によっては鎧を着た相手にも有意なダメージを与えられる、極めて危険な攻撃だ。生身で頭に当たれば、或いは命の危険さえある。怒りに任せてやっていいことではない。

 

 しかしその一呼吸のせいで、フィリップの真後ろにジャイアントスパイダーが迫っていると警告するのが遅れた。

 

 まあ、魔物のことをすっかり忘れてリリウムに「なんだこいつ」と言いたげな目を向け、剣までだらりと下げているフィリップが、そもそも論外なのだが。

 

 「はぁ……」

 

 敵に背を向けて武器を下げた馬鹿に向けるに相応しい嘆息と共に、地中から生え出でた血の槍、ミナの魔術がジャイアントスパイダーを磔にした。

 

 その凄惨な音と光景に怯んだリリウムだったが、真っ先に出てきた言葉は「魔術……!」というものだった。

 

 ミナはリリウムの震えた声や慄いた眼差しに一片の興味も示さず、いつものように気怠そうにフィリップの方へ歩み寄り、くるりと反転させて背中側から抱きしめる。振り返る形になったことでフィリップはまたリリウムと向かい合うが、彼女はもう怒ってはいなかった。

 

 放心したように無表情のリリウムは、ただ茫然とミナのことを見つめている。

 言葉は無く、ただ、目の奥には憧れと、何かネガティブなものが宿っていた。

 

 そんな彼女の様子に興味はなく──もはや一瞥も呉れず、ミナはフィリップの首筋に顔を埋めながら囁く。

 

 「投擲は確かに簡易……原始的で有用な攻撃方法だけれど、何の訓練も無く使いこなせるほど底の浅い技術でもないわよ。むしろ、その鈍臭そうなのがいきなり実戦域にあると、どうして思ったの?」

 

 リリウムが投げ損じたと思っているミナの言葉に、フィリップは「そんなに難しいの?」と眉尻を下げながらミナに体重を預ける。

 

 フィリップ以外で唯一言葉の内容が聞こえていたエレナは、リリウムの方をちらりと見て再び激昂しないことに安堵の息を漏らしつつ、「やっぱりコミュニケーションに難ありだなあ」なんて、口角を引き攣らせていた。

 

 

 

 

 

 

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