なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 フィリップの髪とステラの髪は一口に言えば同じ金髪だが、やはり微妙に違いがある。

 

 フィリップの髪はスタンダードなブロンドだが、少し色素が薄くプラチナ気味だ。あの一件以来の強ストレスによる脱色と、王都の素晴らしい住環境、王都外で育ってきて碌に手入れもされなかった髪を見かねたルキアのケアが拮抗して、何とか「傷みやすい髪質」程度で済んでいる。

 

 対してステラの髪は王城(じっか)に居るときは侍女たちによって完璧にケアされ、学院にいても身嗜みを疎かにできない立場上、最低限のケアはしている。陽光を編んだ絹糸のような滑らかさと輝きを、背中まで伸びる長さで保つのは並大抵のことではない。

 

 そんな二つが擦れ合うほどの距離で互いに手を握り、腰を抱く。

 互いの体温、呼吸、或いは心臓の鼓動すら把握できるほどの至近距離で身体を寄せ合い、囁きを交わす。

 

 ぱん、ぱん、と乾いた音が、二人の動きに合わせてリズムよく連続する。

 

 「──と、そういうわけなので、殿下も注意してくださいね」

 「消音性に劣るが小型で、何よりボディチェックをすり抜ける可能性のあるクロスボウの亜種か。覚えておこう」

 

 足元で砂粒の踏まれる音を聞きながら、二人は姿勢を変え、お互いの位置を入れ替える。

 二つの青い双眸がお互いだけを映す時間は、二年と半年の学校生活の中でも稀な体験だった。

 

 「……ところでカーター、ダンスの最中にはあまり話すものではないし、話すにしても話題が無骨すぎる。もう少し雰囲気に合った話題を選ぶべきだな」

 「了解です。でもそれはそれとして、こうやって顔を近づけてても不自然じゃないですし、内緒話には最適なのでは?」

 

 フィリップとステラはいつものように放課後に体育館に集まり、戦闘訓練をしている普段とは違い、ダンスの練習をしていた。

 

 流石に音源──音楽隊を用意するレベルにはまだフィリップが至っていないので、ルキアとステラのうち相手役をしていない方が手を叩いて拍を取ってくれる。

 

 「お前な──痛っ」

 「あ、すみません! ここ右からか……」

 

 フィリップがステラの足を踏み、ステップの流れが途切れたことでルキアの手拍子も止まった。

 

 既に二時間以上経過していることもあり、フィリップは地面に座り込んで休憩の姿勢だ。

 ルキアが手を翳すと、邪魔にならない場所に置いてあった水袋がフィリップに向かって()()()きた。重力操作とは便利なものだと思いつつ、礼を言って水を流し込む。

 

 二人ともダンスもマナーも完璧である以上、これはフィリップに教えるためだけの場だ。だからフィリップも「やめよう」とは口にしないが、顔には思いっきり書いてある。

 「こんなことしたって何の役にも立たないんだから止めようよ」と。ダンスが出来なくても死にはしないし、苦しむこともないのだからと。

 

 ルキアとステラはフィリップのそんな表情を見て顔を見合わせるが、いずれ貴族になるのだから、これも身に付けておかなければならない教養だ。

 ただ、その理由だとフィリップは意固地になりそうな気もする。「貴族になんてならないから」と。

 

 「……今は私もお前もローファーだし、お前が私やルキアの足を踏む側だが、本番は私たちはヒールだぞ。そしてお前がステップをミスすれば、私たちがお前の足を踏む可能性もある。……言っている意味は分かるな?」

 「もう一回支配魔術貰っていいですか?」

 

 それはやばいとフィリップはすぐさま立ち上がる。

 ルキアやステラに踏まれるくらい可愛いものだが、ハイヒールは凶器だ。ミナとの戦闘訓練でそれは嫌というほど思い知っている。

 

 あれは面積が小さい分体重が集中して痛い、なんてものじゃない。刺さるのだ。

 

 そんな話をしていると、体育館の入り口にふらりと現れる人影が一つ。

 貸し切り時間中は誰も近づかないのが常だが、例外もいる。三人と──聖痕者二人と龍狩りの英雄を相手に平然と接する、例外も。

 

 「お、ダンスの練習? ボクも混ざっていい?」

 

 楽しそうに手を振りながらやってきたエレナは、フィリップの訓練中にもふらりと現れて参加することが多い。

 

 今日は戦闘訓練ではなくダンスの練習だが、実のところ、ダンスのことでエレナから教わることはない。

 彼女も王族ではあるものの、そもそも種族が違う。当然、音楽文化も舞踏文化も違うから、創作ダンスならまだしも、きちんとしたステップや順序の決まったダンスではフィリップ同様に知識ゼロなのだった。

 

 「えー……」

 「えーって、酷くない!? ボク、結構上手い方だよね!?」

 

 上手いか下手かで言うと、エレナは上手い部類だ。

 そりゃあ運動神経は抜群にいいし、リズム感も悪くない。ただ──。

 

 「上手いけど……エレナ、乗ってきたら急にリードに回るんだもん」

 「直感と音感だけで踊るからだ。ダンスにはルールに基づいた秩序がある。……何度言っても聞きやしない」

 

 ただ、天才肌というか、自由人というか、「音楽に乗って体を動かす」ことには優れたセンスを示しているものの、「振付に沿って動く」のが苦手なのだった。振付以上に自分のリズム感を優先してしまう。

 

 「だって、決められた通りに動くだけなんてつまんないじゃん! ボクと踊るときは自由に踊ろうね、フィリップくん!」

 

 さも当然のように言うエレナ──いや、ルキアとステラもか。

 特に誰も「当日一緒に踊ろうね」と約束は交わしていないものの、完全に共通認識になっている。

 

 本来は事前にパートナーを決めておくべきらしいのだが、ナイ教授に「ルキアか殿下のどっちかとしか踊れないとかイヤなんで、そこのところよろしく」と言ったところ、「そう()()()()、今年度は何曲か用意して複数人と踊れるようにしてありますよぉ」と返された。

 仰ると思って、ではないところが流石だった。

 

 だからエレナとも踊れないことはないのだけれど──ちょっと怖い。

 

 「エレナがヒールを履かないならね」

 「えー……姉さまとお揃いにしようと思ってたのに……」

 「エレナにあんなので踏まれたら足に穴が開くよ」

 

 謁見用に誂えた正装用の革靴はあるが、防御力重視なら森歩き用の厚いブーツの方がいいかもしれない。

 上下ともに謁見用のタキシードで靴だけブーツは、何かの冗談みたいな装いだけれど。

 

 「む。そんなに重くないもん!」

 「脚力の話だよ」

 

 流石に女性相手に面と向かって「お前重いよ」と言うほどデリカシーに欠けてはいない。

 いや、パンチで生木が抉れる辺り、エレナの体重は相当なものになるはずなのだが、どういうわけかエレナの体重は見た目通りだ。身体能力と身体操作精度が桁外れ過ぎる。

 

 そんな話をしていると、ルキアがフィリップを手招きして呼び寄せた。

 単にダンスの指導をするためばかりではなく、エレナがちらりとステラの方を見たからだ。フィリップではなくステラに用事があることを、彼女は僅かな一挙動だけで理解していた。

 

 「フィリップ、いらっしゃい。……さっきのステップだけど、もっと──」

 

 今度はルキアと練習し始めたフィリップを横目に、ステラはエレナの方に向き直った。

 二人とも仲は悪くないが、良くも無い。フィリップという共通の友人もいるし、フィリップの訓練という共通目的のために一緒になって頭を捻ったことも数多いが、ステラの側に仲良くなろうという意識がないのだった。

 

 「……で、何しに来たんだ?」

 「おっと、そうだった! 私の保護者枠で父様と母様を呼びたいんだけど、学院長に言っても対応できないって言われちゃって。ステラちゃんならできるよね?」

 

 そりゃあ出来る出来ないで言えば、出来る。

 ステラは卒業式という一個行事の中ではいち卒業生でしかない──成績首位はルキアが持って行ったので、首席でさえない。公務で度々欠席していたから、平常点の差で負けたそうだ──が、それ以前に次期女王だ。

 

 彼女が「やれ」と言えば、国の機関が「はい」と声を揃える。国王が「やめろ」と言わない限りは。

 

 しかし、「やれ」と言うかどうかはまた別の話であり、「はい」と言うしかない国の機関が「できる」かどうかもまた別の話。

 

 「いや、私でも即決はできないぞ? そちら側の警備要員とこちらの警備担当者、儀典官にも話をつけて……まあ、エトセトラだ」

 

 エレナの両親──つまり、エルフの王と女王だ。

 エルフは国家という形態を持たず、一個種族の巨大な集合の中に、各地に点在する集落が小規模共同体としてある。

 

 つまり“国王”ではなく“種族王”。扱いには他国の王と同等かそれ以上の配慮を要する。

 軽々に「やれ」と言える案件ではなかった。

 

 「あー……そっか。何かあったらエルフと人間の種族間問題になるもんね」

 「そういうことだ。というか保護者枠じゃなく来賓枠になりそうだが……まあ、希望は分かった。伝えるだけ伝えておくが、期待はするな」

 

 

 

 

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