なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 フィリップがシルヴァを洗い終えて村に戻ると、獣の襲来を受けて家に籠っていた村人たちが表に出て何事か集まっていた。

 

 中断していた祭りの準備を再開した、という感じではない。

 それよりもっと熱気と活気に満ち溢れているし、なんだか妙に香ばしい匂いもする。祭りの準備中というか、この空気は祭りそのものだ。

 

 「あ、フィリップ君! こっちこっち! 早くしないとなくなっちゃうよ!」

 

 人だかりの只中に居てもフィリップに気付いたエレナが、人波の中でぴょんぴょんと跳ねる。

 彼女を取り囲んでいた──いや、彼女の前に置かれた野外用調理器具、簡易な焚火の上で回る肉を取り囲んでいた村人たちが一斉に振り返り、「あぁ」と軽い納得を見せて、エレナまでの道を開けてくれた。

 

 「君たちが猪を獲ってくれたんだって? ありがとな!」

 「あぁ、いえ……」

 

 木串に刺した肉を頬張りながらお礼を言われて、その適当な感じに懐かしさを覚える。

 魔術学院の同級生はまずやらない態度だが、田舎にいた頃はフィリップも含めて皆がこんな感じだった。勿論、仕事中は別だが。

 

 視界の端で司祭が眦を吊り上げてお礼を言った村人を見ているのに気づき、フィリップは鷹揚に手を振って「別にいいよ」と示す。

 恭しく頭を下げる司祭と村人たちの差は、知識の差だろう。フィリップを“龍狩りの英雄”と知っているか否かの違いだ。

 

 まあ、彼らは別に“眠り病”に侵されてもいないし、きっと国が無くなったって関係なく、ここで自給自足の生活をしていけるだろう。まあ他国から侵略を受けて村が焼かれるとか、そういう危険は出てくるけれど……とにかく、フィリップは別に彼らを救ったわけではないのだし、妙に遜られるより自然に接してくれた方がいい。

 

 「なーんて、フィリップ君の分はちゃんと取り分けてあるよ! 塩コショウ少なめ、香草は多めね!」

 「うーむ、完璧な味付け……。どうして僕がやると臭みが残るのか……」

 

 エレナから串肉を受け取ってかぶりつき、味付けの巧さに唸る。

 肉質は野生の獣だけあってそれなりだが、臭みが殆ど無い。そこいらで拾ってきたちょっと煙の多い薪で、香草と一緒に焼いて塩コショウを振っただけの、調理法まで野生みたいなものなのに。

 

 「これで一匹と半分くらいだから、明日の収穫祭本番でも全員が腹いっぱいに肉を食えるし、捧げものの料理にもたんまり肉を使える。ありがとな、姉ちゃん!」

 

 フィリップやテレーズより年下の、腕白そうな少年が嬉しそうに笑って言う。

 その笑顔につられるように、エレナの笑顔も普段の三割増しで明朗だ。

 

 「気にしないで! ボクも健啖な方だって自信はあるけど、流石に五匹も食べられないから」

 

 健啖……というか、フィリップに言わせればエレナは化け物だ。

 ルキアもステラも特に食が細いわけではなく、普通に大人の女性一人分は食べる。フィリップも普通に成長期の子供一人分は食べるし、ルキアやステラよりおやつの分量も多い。

 

 で、エレナはその三人を合計したくらいはぺろりと平らげ、おやつもフィリップと同じかそれ以上に食べる。

 

 まあ、身体の強度とエネルギー出力を考えれば納得のいく量ではある。あるが、ミナはともかくルキアやステラと並んでも一番スレンダーなエレナが一番大食いというのは、傍から見ていてやや不可思議な光景ではあるけれど。

 

 昨日のシカ肉は半分ぐらいエレナが食べたし、冒険中には夜中にこっそりテントを抜け出してヤギを狩って食べていたこともある。朝起きたらキャンプの中に寝る前には無かった中型獣の骨が落ちていたときには流石に肝が冷えたし、「あ、それボクが捨て損ねたゴミ。埋めてくるね」と言われた時には耳を疑った。

 

 「……ちなみに何匹までならイケるの?」

 「いや、一匹全部も無理だよ! 八割か、そのくらい?」

 

 猪一匹がだいたい5~60キロ、可食部がなんとなく45キロくらいだとして、その8割でも36キロ。

 学院の食堂でディナーセットを注文したときのトレイの重さが、食器込みで1キロ強くらいではなかろうか。

 

 それだけ食って身体の強度とエネルギーに回せば、そりゃあ、パンチで生木を抉るくらいできるだろう。人体では有り得ない吸収変換効率は流石異種族の一言に尽きる。

 

 そんなことを考えていると、カソック姿の神父が口元をハンカチで拭いながらやってきて、フィリップに恭しく頭を下げた。

 

 「本当にありがとうございます、カーター様。それと彼らの無知と無礼をご寛恕賜ったこと、彼らに代わってお礼とお詫びを申し上げます」

 

 村人たちは「大袈裟だなあ」という呆れの混じった視線を司祭に向け、司祭は射殺すような目で睨み返す。

 

 なんで? という顔をする無知さえ許しがたいと言いたげだったが、「大丈夫ですよ」と愛想笑いを浮かべたフィリップの顔を立ててくれるつもりはあるようで、司祭はそれ以上何も言わずに肉のお代わりを取りに行った。

 

 「そうだ、フィリップ君! ちょっといい?」

 

 調理を村人に任せて近づいてきた神妙な顔のエレナと、調理器具の上で香ばしい匂いを放っている焼肉を見比べ──フィリップは取り敢えず串肉を三本ほど確保した。

 

 

 その日の夜。

 リール家で夕食を摂ったフィリップがミナに抱きしめられて微睡んでいると、じき就寝だというのに元気一杯なエレナに叩き起こされた。

 

 「フィリップ君! フィリップ君! やったよ! 二人とも良いって!」

 

 何事かと目を擦ると、エレナが満面の笑みを浮かべているのがぼやけて見えた。

 

 ひんやりして居心地のいいミナの膝上から降り、何の話だろうかと思考を回していると、まだ長時間は立っていられずベッドの上で一日を過ごしていたリール氏が慌てて立ち上がった。

 

 「い、いやいや! まだ“良い”とは言っていません! あくまで条件付きですよ!?」

 「分かってる! テレーズちゃんがハンターとして最低限、生き残る術を身に着けたら……だよね!」

 

 そうです、と頷きつつ、リール氏はまたベッドに腰掛ける。

 しきりに左足を気にしているのは、抉られた傷が痛む──いや、痛みは鎮痛剤によって抑制されているはずだから、貧血か、傷が引き攣るのだろう。

 

 そしてリール氏の反応で、フィリップも昼間にした話を思い出した。

 

 テレーズをパーティーに迎え入れたいというエレナの要望に、フィリップは消極的肯定を返したのだった。

 別に居ても居なくても何も変わらないだろうし、別にいいんじゃない? と。

 

 戦闘方面はミナが、探索方面はエレナが、それぞれほぼ完璧な能力を有している。普通に冒険するだけならフィリップが同行する意味さえない。

 

 今のパーティーは学校側の指示で組んでいるものだが、卒業後もこのパーティーで続けるとしたら──いや、フィリップは間違いなく冒険者になるし、ならないなら多分爵位の叙勲が早まるので、ならない選択肢はない。

 フィリップが冒険者になるなら、ミナも付いてくるだろう。まあ最悪「嫌よ面倒臭い。貴族になりなさい」とか言われるかもしれないけれど、そうなったらルキアとステラと学院長に泣きつくか、投石教会に立てこもって交渉だ。

 

 ともかく、フィリップとミナが冒険者をやるなら、エレナも付いてくるだろう。

 卒業後もこのパーティーが続く──いや、課題だなんだという縛りが無くなって、本格的に動き始めるのは確定だ。

 

 能力どうこうではなく、一緒に居たいから組んでいるパーティー。そのスタンスはずっと変わらない。

 

 だから今更戦闘能力に欠ける人間が一人増えたところで、誰も気に留めない。端から能力主義で集まったメンツではないのだから。

 

 が、それはそれとして、ハンターの技能をフィリップが卒業するまでに身に着けて合流するのは、流石に厳しいのではなかろうか。

 

 「……難しそうじゃない?」

 「ハンターって言っても、森の中で何か月も暮らす……野伏(レンジャー)みたいな技能は要らないからね。所謂アーチャー……特にボクたちみたいなパーティーだと、最後方か遊撃位置で弓を使って援護する立ち回りになるかな」

 

 なるほど、とフィリップは頷く。

 それなら弓の腕と、位置取りや優先排除目標を見極める戦術眼さえ鍛えれば、一定の強さにはなる。

 

 逆にミナは「弓?」と呆れ顔だ。

 

 「弓ねぇ……付与魔術も無しにどこまで役に立つか分からないけれど……」

 「た、確かに……誰も付与魔術使えないしね……あ、いや、エレナは使えるけど」 

 

 付与魔術には大別して二種類ある。自分にかける自己強化系と、他人や物品にかける他者強化系だ。

 エレナが使うのは拳の硬化や打撃力強化、筋力や敏捷補助など、自己強化系ばかり。他者強化は使えないらしい。

 

 となるとテレーズは魔術補助なしで弓矢を使うことになるが、ミナにとって()の弓矢は何の脅威にもなり得ないものだった。たとえ鏃が銀で出来ていても、だ。

 ちなみにフィリップにも点攻撃は通じないので、ミナとはある程度脅威判定を共有できる。

 

 「というか、女の子が引ける弓なんて、大した威力出ないんじゃない?」

 

 ミナのような例外はともかく、獣相手にさえ自衛できないようでは困る。

 死体になればともかく、怪我人を抱えて長距離を移動する大変さは想像に難くない。

 

 そう考えたフィリップだったが、エレナに言わせればそれは侮りだ。

 

 「おーっと、それは違うよフィリップ君。弓は腕力じゃなくて、背筋を使って引くんだ。肩や肩甲骨周りの柔軟な女の子の方が、むしろいい使い手になることが多いんだよ」

 「そうなの?」

 

 ホントに? とミナを振り返る。

 教えてくれたのがステラだったら「そうなんですね」と簡単に納得していただろうが、戦闘面では二人とも人外だ。信憑性は二人で一人分くらいだった。

 

 残念ながらミナは「さあ?」と首を傾げたけれど。

 

 「うん。あー……まあ、姉さまぐらい胸が大きいと、スタンダードなスタンスでは引けないんだけど」

 「確かに、引っかかりそうだね。まぁでも──ミナは前衛だし、関係ないよね」

 

 テレーズは大丈夫でしょ、と言いかけたフィリップだったが、脳の片隅で「デリカシーは大前提よ?」なんて囁くダンディな吸血鬼を振り払って、言葉の続きを変えた。

 

 「まあ、そうね。私はもうフィルを後ろから援護したくないし、後衛を用意するなら増員するしかないのだけれど……」

 

 ミナが下がってエレナかフィリップが前衛を張るのは、戦力的に不可能ではない。

 ただ、フィリップの『拍奪』は敵味方関係なく作用する。たとえミナであっても照準を両目で行っている限り、相対位置認識が狂い、誤射の可能性が生じる。

 

 既に一回やらかしているミナとしては、なるべくやりたくない陣形だ。

 だが、それは後衛要員を補充したとて変わらない。どちらにしてもフィリップがフレンドリー・ファイアを喰らう可能性が出る。

 

 が、まあ怪我をしたら血で治せばいいだけのことだと、吸血鬼(バケモノ)は楽観的だった。

 弓矢なら即死位置──医療行為が間に合わなかったり治療不可能であるという意味ではなく、文字通りの即死位置、脳幹部にさえ当たらなければどうとでもなる。ミナの破城槍ではそうはいかない。

 

 「痛いだけでも十分嫌なんだけど……あー……テレーズの腕を見てから決めても遅くないんじゃない?」

 

 このまま行くと大怪我しそうだと、珍しく危機感を持ったフィリップの言葉だったが、エレナには「大丈夫! 下手なら練習すればいいだけだよ!」と軽く受け止められた。

 

 

 

 

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