なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「神像……と言っても、村中の置物と同じ製法で作られた、簡易な粘土細工なのですが」
そんな前置きをしてから礼拝堂の奥の居住スペースへ案内された一行は、勝手口の土間に置かれた、抱えるほどの大きさの粘土細工に対面した。
言葉通り、倉庫から出してきたところなのだろう。傍らには空の木箱が置かれ、ブラシや布巾といった掃除道具も準備されている。
「あー……なんというか、確かに、あんまり可愛くはない、ね?」
苦笑いを浮かべて何とか言葉を探したエレナに、司祭とテレーズも似たような苦笑を浮かべる。
事実として、村のそこかしこにある置物の、可愛らしくデフォルメされたマスコット的なカエル像とは毛色が違っている。
そしてフィリップは頭の片隅が妙に騒ぎ立る、他人事のように実感のない既知感を覚えていた。
モデルはカエル──なのだろうか、本当に?
太った人間のように胸と腹の区別がつかないずんぐりとした塊、胴体であろうそこから二本の腕と脚が伸びる。不自然な角度で曲がったそれらは怠惰な姿勢を象り、先端には鋭利な鉤爪のようなものも見て取れる。
両生類の特徴とは一致しない体毛のような線が幾重にも刻まれ、その上に不可思議な文様が躍っていた。
そして顔こそヒキガエルのようにのっぺりとしているが、耳か角と思しき一対の突端が頭頂部付近に備わっている。
恐ろしい外見、とまでは言いきれない。どちらかと言えば、不細工と表現した方が的確だ。
「……うん。うん……聞きたいことが山ほどあるんですが、取り敢えず、カエルの神様、でしたっけ? 名前を聞いてもいいですか?」
フィリップは怪訝そうに尋ねる。
外神の智慧が、ひっそりと囁く名前があるからだ。
ツァトゥグア。
ヒキガエルのような顔、不摂生を極めた身体、不自然に長く歪な角度に曲がる手足、両生類にはない厚い毛皮。どれもこれも、あの旧支配者の特徴と合致する。
しかし、別に像から神威を感じるなんてことはないし、智慧の主張も警告とまではいかない。
「違っていたら大変申し訳ないんですけど、もしかして……?」くらいの心許なさだ。「邪神の像だ! やっぱりカルトの村じゃないか! 焼こう!」と、短絡的に虐殺の引き金を引けない程度には警鐘が小声だった。
「違うよ、フィリップ。カエル“の”じゃなくて、カエル“が”神様。これは神様みたいなカエルをイメージして、みんなで一緒に作ったの」
カエルの特徴を備えた神、ではなく、カエルを神聖視しているだけ。
この像は具体的な神を象ったものではなく、カエルを盛りに盛った結果。と、そういうことらしい。
「恥ずかしながら、それまで使っていた神像を私が不注意で割ってしまったんです。私がこの村の教会に赴任してきてすぐでしたから……四、五年くらい前になりますか」
「それで村長のところに謝りに行ったら、「あの神像は前の司祭様が“神さまっぽいカエル”って作ったものだから、お前さんの思う“神さまっぽいカエル”像作って、それを使っていこう」って言われたんだよね」
「へぇ、良い人だね、村長さん」と笑うエレナの横で、フィリップはしかつめらしく「ふむ」と唸る。
聞く限り、邪神信仰の気配はない。というか、カエルに対してのそれも信仰心というには低次の、それこそ「ありがたい」という感謝の念だろう。
邪神信仰が根付いていたとしたら、その神の像を毀損した者がどう扱われるかなど想像に難くないし、信仰を異にする余所者に新しい像を作らせたりもしないだろうし。
「とはいえ私も一神教の司祭ですし、想像力もこの年になると……。そこで、村の子供たちの手を借りたのです。みんなの思う“神さまっぽいカエル”を、みんなで一緒に作ろうと」
「このブレスレットとネックレス、私のアイディアなの! ……アクセサリーだけじゃ可愛くならなかったんだけど」
言われてよく見てみると、確かに、身体の模様の中に装身具のような形状のものもある。いや、不可思議な文様のように見えたものは、その実、数人の子供たちが思い思いに描き込んだ図柄だ。お花に、カブトムシ、太陽、剣、人の顔、うんち。参加者の中にクソガキがいたらしい。
だったら、まあ、他人の空似というやつだろう。
なんとも人騒がせな話──いや、むしろツァトゥグアの顔がヒキガエルに似ているのが悪い。ハスターでも呼んで、どこぞの地中に引きこもって惰眠を貪っているヤツの顔面を、顔の形が無くなるまでボコボコにさせたいところだ。
そんなことをしたらいよいよフィリップが外神の尖兵扱いされて、旧神だの旧支配者だのに襲われる日々になるのでやらないが。
「……前の神像もこんな感じだったんですか?」
今代からなら、他人の空似とみていいだろう。
しかし先祖代々伝わるモノだったりすると、信仰が遺伝している可能性が出てくる。勿論、生態的な遺伝子による遺伝ではない。文化的遺伝子による継承だ。
「概ねは、恐らく。あまり覚えていませんが、この村で育った子供たちがイメージする神様カエルは神像の印象に引っ張られるでしょうし、こんな感じだったのでは?」
「私もあんまり覚えてないな。こんな風に座ってたと思うんだけど」
曖昧なことを言う二人に、フィリップは不満そうな表情を浮かべる。
その辺りをはっきりして貰わないと、何かのきっかけがあって精神汚染された無自覚カルトである線が残って、精神衛生上よろしくない。……宝石屑の混じった汚物みたいなフィリップの精神に、精神衛生なんて言葉は似つかわしくないけれど。
「……フィリップ、どうしたの?」
「いや……。収穫祭って、具体的にどんな感じ? 生贄とかある?」
真剣な顔で黙り込んでいたかと思えば、今度は素っ頓狂な質問をするフィリップに、テレーズが目を瞬かせる。
「また始まった」と言いたげに眉根を寄せるエレナは、フィリップが何を考えているのか分かったようだ。
「え? ないよ? 何言ってるの?」
「強いて言えば、今年一番の作物たちを唯一神と神像に捧げることがそうでしょうか? カルトの如何わしい儀式のような、仔羊を生きたまま捌いたりといったことはありませんよ」
一神教の神父だけあって、彼もフィリップが何を懸念しているか察したのだろう。司祭が注意深く補足する。
尤も、フィリップが「カルトだ、一神教に通報しよう」ではなく、「カルトだ! なるべく苦しめて惨殺しよう!」という過激な思想の持ち主であるとまでは分からないはずだが、それでも通報されるだけで相当に面倒なことになる。
彼はフィリップ同様、土着信仰に寛容なようだが、一神教──異端審問部隊である“使徒”はそうではない。フィリップはそれを、フレデリカと共に禁書庫の中で目の当たりにしている。視座が低いくせに──いや、視座の低さ故に狭量な臆病者たちの、迫害の歴史を。
まあ司祭が語った儀式の内容はテンプレートなカルトのイメージで、実際にそんなことをしているカルトに遭遇したことはないけれど。
「まだ収穫し切っていない残りの作物を皆で刈り入れて、今年一番の作物を祭壇に捧げて、あとは篝火の周りで踊って……それから、みんなで捧げものを使って料理するの! みんなで分け合って食べるんだよ!」
言葉の最後で、テレーズの声のトーンが一段階上がる。そんなに食い意地が張った性格ではないし、昨日の夕食や今日の朝食を見るに食は細い方だが、それでも楽しみなのだろう。
気持ちは分かる。村を中心に広がる見事な畑を見れば明らかだが、この土地はかなり肥沃だ。出来上がる作物の出来も相当だろう。その中でも選りすぐりを集めた料理ともなれば、その味の素晴らしさは想像に難くない。
しかし、今のフィリップにはそれを楽しみにするだけの余裕はない。
即座に村を焼き払うほどではないが、その判断をするだけの材料は早急に集めるべきだ。
「この祭りは……いえ、そもそもカエル信仰はいつ頃から?」
「私が来た時には習わしとしてありましたが……詳しい歴史であれば、村長の方が詳しいですよ」
なるほど、とフィリップは頷く。
確かに司祭が赴任したのが五年前であれば、テレーズの方がこの村に詳しいくらいだろう。勿論、大人と子供ではそもそもの知識量に差があるし、祭りの運営にかかわる大人でなければ知らないようなこともあるかもしれないが。
司祭──ニック・アンドリアと言ったか。仮にも一神教の司祭である彼が寛容に適応している辺り、あからさまな邪教の類ではないはずだ。彼が持ち込んだわけではないようだし、ゆるい土着の祭事の域は出ないものと考えていいだろう。
しかし、問題なしと判断するには、この不格好な神像があまりにも不穏だ。小声で控えめながら、智慧が囁く程度には邪神の姿を模しているのだから。
「村長にお会いしたいのですが」
祭りの全貌がテレーズの語ったままであるのなら、邪神信仰に繋がるものには思えない。まあ、フィリップは邪神信仰の儀式に詳しいわけではないので、なんとなくのイメージだが。
フィリップの頼みに、司祭は残念そうに眉尻を下げる。
「勿論ご案内いたします、と言いたいところですが、像の掃除以外にも色々と祭りの準備がありまして。リールさん、カーター様をご案内してくれますか」
「はい! 行こ、フィリップ! あ、じゃなくて、えっと……フィリップ、凄い人なんだっけ」
礼拝堂での龍狩りの英雄云々という話を思い出したのだろう。テレーズはフィリップに差し出していた手を遠慮したように引っ込める。
フィリップは僅かに苦笑して、自分からテレーズに手を差し伸べた。
「いいよ、今まで通りで」
テレーズは花が咲くような笑顔を浮かべたが、フィリップの手を取る動きはどこか躊躇いがちだ。
異性と手を繋ぐことに恥じらいを覚える多感な年頃なのだから、無理もない。先に手を伸ばしたのだって、普段年下の子供たちの面倒を見ているから、つい身体が動いただけだった。
フィリップはエレナとテレーズに両手を取られても平然としている。エレナが「じゃあボクも」と言って手を握ったときには多少驚いていたが、「珍しいな」と思っただけだ。
エレナはただテレーズの──或いは普段のルキアやステラやミナの真似をしただけではなく、意図があってのことだった。
手を繋いだ状態で更に体を寄せ、耳元でひそひそと囁く。そこに甘やかな空気はなく、むしろ罪を咎めるような刺々しさがあった。
「フィリップ君、まだ疑ってるの? ここの人たちがカルトじゃないかって」
険の籠った声に怯むことなく、フィリップは「そうだけど」と淡々と答える。
怒られの気配には敏感だし、エレナが多少の怒気を孕んでいることは分かっているが、調査を止める気はない。ことカルト絡みでフィリップを止めたければ、物理的か心理的かはともかく枷を嵌めるしかない。
エレナもそれは分かっている。しかし、彼女が分かっているのはそこまでだ。
彼女はフィリップが過去にカルト絡みで嫌な思いをして、その結果、カルトが嫌いになったのだろうと予想している。
間違いではない。フィリップのカルト嫌いは、あの原体験が理由の全てだ。
ただ、この村に根付いた信仰がカルティズムに類するものかどうかを確かめようとしている理由は、もはや憎悪ばかりではない。
ツァトゥグアの力を利用して、例えば国家転覆や人類の進化のような大それたことを企てているのなら阻止しなくてはならない。まあ、行動理由の80、いや90パーセントが憎悪であることは認めるが。
しかし、それをエレナに明かすことはできない。
彼女は地球圏外の存在、アトラク=ナクアの娘のような常識外の生命体を知ってはいるが、その先は知らないのだから。戯れに文明を滅ぼし、星を砕き、生命を弄ぶ邪神たちのことを知らない。
それを教えるという選択肢は──無い。
エレナはフィリップの中でルキアやステラほど重要性が高くないが、それでも、無知なまま死ねる幸福を自分の手で壊すほど低くもない。
どうしたものかと悩んでいると、フィリップとエレナをじろじろと見ていた村人の一人が、陰になって隠れていたテレーズに気が付いた。
恰幅の良い、そして人当たりの良さそうなおばさんだ。
「あらテレーズちゃん! お父さん、良くなったって?」
「はい! こちらの、冒険者の方たちが治療してくださったんです!」
「そうなの! 良かったわね! またお見舞いに行くわね! お姉さんたちも、ありがとうね!」
手を振って去っていくおばさんは耳が遠いのか、普通よりやや声が大きい。応じるテレーズもだ。
しかしそのお陰で、フィリップたちに向けられていた「誰?」という怪訝そうな視線の数々は無くなった。
「リールさん、良くなったのか! いやあ、良かった! 姉ちゃんたち、ありがとな!」
「テレーズお姉ちゃんのパパ、お怪我治ったの?」
近所同士が王都より親密らしく、大人も子供もわらわらと寄ってきてはテレーズにお祝いの言葉を贈っていく。中には「そうなんだ」と言ってリール家に向かう人もいるくらいだ。
フィリップの田舎でも、ここまで近所同士の距離感は近くない。村人の数が少ないからこそだろうか。
「みんないい人たちじゃん」
次々に贈られる謝辞に手を振って応じながら、やんわりと釘を刺すエレナ。だが、的外れだ。
フィリップはカルトが悪人だから殺すわけではない。嫌いだから殺すのだ。正義を気取るつもりもないし、悪に酔っているわけでもない。
悪意には、酔っているかもしれないけれど。
善人だろうと悪人だろうとカルトなら惨殺するよ、なんて、村人に囲まれた状況では囁くのも憚られたので、フィリップは「そうだね」とだけ返した。