俺の切り札は光らない   作:雨 唐衣

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十三話 相手も同じ手順を繰り返す

 

 

 ……やっべ。

 プレミスしてた。

 あそこは<残骸回収>からの<熟考>のほうが丸かったわ。

 

 スタックも考えれば墓守からの契約でよかったし。

 思い返すと死ぬほど恥ずいミスだった。

 勝ったからいいけど細かいプレミスで、前世の連中だったら間違いなくおちょくるか握ってた妨害で即死させられてたわ。

 

 

 ――復号失敗☆どかーん!!

 ――ゴール前で眠っちゃうとかおぃおぃうさぎちゃんですかぁ?

 ――ブラフならもっと上手くやれ。愚か者が。

 ――ん。勝ったからいいやで流すとまたやると思う。

 

 とかなんて言われたり、いや言われた憶えがあるやつが多い。

 

 ――もっと脳に歯車(ローター)を生やすのだよ!

 ――歯車を! 一心不乱にローターを!

 ――回せ、回せ、回せ、回せ! 一心不乱に! 答えが見えるまで楽しくな――

 

 

 黙れ。強圧なウルトラおじさん(幻覚)め。

 俺はあんたと違って人間電卓機じゃねえんだよ。

 

 はぁ。

 間違いなく腕が鈍ってる、エニグマデッキも一人回しじゃなくてフリプでもいいからもっと使いたい。

 前世ではあったリモート対戦とかは、なんでか技術力は発達してるのに誰も実用化してねえんだよなぁ。

 ネットカメラでテーブル対戦してくれるような変わった奴も今のところいないし。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

 

 などと思い出に浸っていたら、プロフェッサーが絶叫を上げながら膝から崩れ落ちていた。

 うるせえやつだ。

 

「マナーぐらい守ってほしいもんだが、ん?」

 

 真っ暗だった周囲の光景が変化する。

 波紋が広がるようにたわみ、じわじわと黒い光景……闇の領域というのが剥がれ落ちていくようだった。

 

 そして、ガラスの割れるような音と共に現実が戻ってくる。

 

 うっわ……ニチアサの演出みてえ。

 

「馬鹿な、馬鹿なぁ……!」

 

「うるせえぞ」

 

 騒ぐプロフェッサーに、リアルファイトの延長線か?

 と目を向けると、その膝から下が真っ黒に……いや。

 

 

 いつの間にか床に落ちていたカードに膝から先が吸い込まれていた。

 

 

「なるほど……負けた敗者はカード化するというのはこういうことか」

 

 創作物(フィクション)ならお約束だが、これはリアルだ。

 下手したらカードに負けた? そんなの知らないぜー! ひゃあ! ぶっちするぜー! とかいい出すかと思った。

 プロフェッサーとか名乗るタイプだし、寄生虫とかつけてそうなジジイだし。

 

「何故だ……何故……何故負けたのだ……」

 

「特殊勝利だが」

 

「ちがう! 何故、おまえ、おまえが勝てた!?」

 

 ハンドが強すぎてね。

 いや、そこらへんはちょっと同情する。

 

「闇の領域は、対峙するものの共鳴率を奪い、私のものに還元する!」

 

 へえ。

 

「レガシー使いや、あのグルーズ共でもなければ、私の手札は貴様を圧倒的に凌駕していた! そう、確かに揃っていた! 上回っていたのだ」

 

 そういうことがあったのか。

 

「だから、あの時お前の共鳴率は失われていた! ありえないのだ! あんな、あんなデッキで、お前が戦えることが……!」

 

 

 

 

「俺に共鳴率はねえよ」

 

 

 

「な」

 

「ちょっと理由があってな。俺が使えるデッキはたった一つで、そいつは永久に使える予定もない」

 

 手袋を嵌めた右手の中指を咥えて、その感触を確かめる。

 

「は」 

 

「レンジでチンした熱々の皿でも、キッチンミトンで掴めばわからないだろ?」

 

 ま、精霊なんて憑いてないはずのやつしか俺のデッキにはいれてないが。

 それっぽいのは定期的に店のストレージか寄贈か、最悪お祓いをしてもらってるが。

 

「だからこうやって共鳴しないように嵌めてるんだよ」

 

「な、あ、ん」

 

 ズルズルと足から腰近くまでカードに引きずり込まれている。

 だが、それでもプロフェッサーは信じられないような顔をして、俺を見ていた。

 

 

「共鳴率がない? ありえない……」

 

 事実だよ。

 

「ありえない!? ならどうやってプレイを……あのデッキを動かせている!? 共鳴力なしでやるなど、【死した神々の残響(フロム・ヘル)】の滓石(かすいし)共か!? それとも【方舟教会(アーク)】、いや十二聖座(ラスール)にそんな秘術があるとでも……」

 

 ――方舟教会(アーク)。この世界最大の宗教組織、精霊信仰の大本山。

 ――死した神々の残響(フロム・ヘル)。確かカードテロリスト集団の名前だったか。

 ――十二聖座(ラスール)。も……確かプロのトップランカーの名前だったけか。

 

 どれもこれもおしゃれな名前だが。

 

「全部違う」

 

 違うのだ。

 

「これは……”エニグマ”はただのそこらへんにいるカードが好きな連中が組み上げたデッキだ」

 

 アーキタイプという用語がある。

 Lifeを始めとしたTCGにおけるデッキ構築のコンセプト。

 

 アグロ。

 ミッドレンジ。

 ランプ。

 コンボ。

 コントロール。

 撹乱的アグロ。

 

 エニグマはその中に含まれていない、人工(プレイヤー提唱)アーキタイプ】だ。

 大局的(マクロ)にはコンボに分類されるが、その特徴は”多重の勝ち筋を詰め込んで両立させること”。

 始まりはどこかのデッキビルダーが創った3つの勝利コンボを無理やり詰め込んだデッキ【三重奏(トリオ)】。

 

 そのデッキ名とレシピからなぞらえて搭載されたコンボが楽譜(コード)と呼ばれ、公開されたリストを世界中のプレイヤーが弄っていった。

 詰め込まれた独自のコンボをコードと呼び、それを一つでも多く、一つでも有効なものにするために研磨し、積み上げていった。

 

「エニグマのコンセプトはたった一つ」

 

 全てのカードにシナジーをもたせ、どのコンボ(コード)からも切り替えて、最終的な解であるゲーム勝利へと導くデッキ。

 そして、そのためにカード一つ一つでは。

 

「”そのデッキが何をするものなのか、知らないものにはわからない”」

 

 どんな風にはさっぱりわからない。

 繋がりがわからない。

 法則がわからないければ、どう回すかすらも想定出来ない。

 さながら暗号のように。

 だから。

 エニグマ。

 

「だから、これを扱えるもの、これに挑み、自らも作り上げる者をドイツ軍の暗号機”エニグマ”と解読に挑んだ挑戦者たちから”ウルトラ”と言う」

 

 だから。

 ウルトラ。

 そして、今もなお改良され続けていた。

 Life初期からのカードから最新弾のカード一枚一枚からシナジーを照らし合わせて、一つのデッキに組み込んだ平均枚数50枚前後の変態デッキ。

 

 今の俺が握るのはその当時の最新Verからは一歩も二歩も、二つもコードを入れきれていない未完成の【エニグマ(四重奏(カルテット))】に過ぎないが。

 

「舐めんなよ、プロフェッサー。あんたが自称だろうが、全てのカードの効果を知っていようが」

 

 ネットを駆使した。

 ウィキを駆使した。

 大会を通じて。

 何人も、何十人も、何百人も、いや、何千、何万というLifeの、TCGのプレイヤーたちが積み上げた構築の結晶。

 

「これは――膨大な人間と積み重ねた歴史が鍛え上げた集合知(デッキ)だ」

 

 主に変態ビルダー(ウルトラ民)共だが。

 

「あんた一人程度じゃあ完成させられない」

 

 

 あいつらだけで全国と海外含めて何人いると思ってるんだ。

 俺が知っているだけで近所に数十人、全国各地で数千人はいるだろ。

 海外では専用コミュニティあるっていってたし、メジャーコードの6個以外に、マイナーコード(チェンジ)構築レシピ(リスト)だけで十数種類はあるって頭おかしいだろ。

 布教喰らった俺がいうんだ、間違いない。

 

 

「――――――――――――――――――――――――」

 

 

 

 反応がない。

 床にしがみついてカード化に抗っていたはずのプロフェッサーの手が止まる。

 

 信じられないものを、いや、違うな。

 

「なんだ、それは」

 

 俺は、その目を知っている。

 

「ありえない」

 

 俺は知っている。

 

「膨大な人間が、無数の誰かが、そのデッキを……”エニグマ”を造り上げた、だと」

 

 それは。

 

 

「誰が出来るというのだ!!? 共鳴するものが違う! 掴み取れるデッキが違う! カードに、デッキに選ばれなかったものにファイトも出来ないというのに!!」

 

 

 理解出来ないものを見る目だ。

 

「共鳴なしでもファイトすることが出来るとでも!?」

 

 聞き慣れた言葉である。

 

「出来る」

 

「出来るわけがない! そうだ、カードは、どうなる!? コストは違う! 効果は違う! いや、盤面すらも変化するファイトに、使うべきカードを手に取れないのだぞ!? 武器を拾いながら戦うようなものだ!」

 

 見慣れた言葉である。

 

「だから”コストカーブ”を考える」

 

「かー、ぶ?」

 

 言われ慣れた言葉である。

 

「コスト順に並べたカードの枚数を、数学的確率で並べたグラフで組み上げたデッキは、回る」

 

「……なんだそれは。なんだそれは! 確率だと?!」

 

 

 

 

「貴様は、Lifeを!! ファイトを、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「カードゲームは」

 

 思い出す。

 エニグマを俺に布教して、大好きだったムキムキマッチョの、その癖インテリだった数学者のおっさんのことを。

 

「数学に似ている」

 

 TCGを愛していた。

 

「カードのイラストは文字、効果は意味で、並べるだけではただの数字に過ぎない」

 

 エニグマを愛していた。

 

「だけど、構築という方程式に、プレイングという解き方を組み合わせれば、まるで数学だ」

 

 数学を愛していた。

 

「カードの種類というローターを一つ足せばまた一つ難解になり」

 

 あとかなり暑苦しかった人がいた。

 

「最初に引いた手札と今後引くカードのみはいつも変わる変数で」

 

 めちゃくちゃ俺をボコボコにしてくれやがった人が。

 

「何度やっても、何百回やっても、戦う相手が変われば、引くカードが違えば、求められる解は変わり続ける」

 

 言っていたんだ。

 

「人間が決して辿り着けない有限の果て、無限に解き続けられる数学だとある人は言っていた」

 

 

 だから。

 

 

 

 

「だからカードゲームは面白い、夢中になれるんだ」

 

 

 

 

 

 全てが決まったものじゃないからこそ。

 面白さがある。

 

「――――」

 

 理解は、出来ないだろう。

 誰にも。

 この世界の誰にもわかりやしない、だから。

 

 

「……出来るのか、そんな未知が」

 

 

 

 だから。

 

「あんたは多くのカードを知っていたかもしれないが、構築は素人なんだな」

 

 少しだけ驚いて。

 

「出来るさ。俺とデッキが証明だ」

 

 答えてみせた。

 

「はは、まったくだ。少年、そしてエニグマを創り出した誰かたちよ」

 

 首元まで呑まれた老人は言った。

 

 

「私は――敬服する。見事だ」

 

 

 そして。

 音が消えた。

 

 

 残ったのは真っ黒な縁に染められた――絵柄のあるべき場所にプロフェッサーの顔が描かれたカードが1枚。

 

 それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 温かい。

 ゆらゆらと揺れる心地よさに、目が開いた。

 

「あ、店長起きました?」

 

 え。

 

「……あ、れ?」

 

 気がつく。

 ボクは誰かにおんぶされていた。

 

「はい。気分どうです? これから警察と多分救急車が来るんで」

 

 大きな、茂札くんの背中だった。

 

「勝ったんだね、君が」

 

「……起きてたんです?」

 

「ちょっと、だけ、だよ」

 

 多分、最後のほうぐらいだけ。

 でも、なんとなく感じてた。

 

「茂札くん、ありがとう」

 

「なにがです?」

 

「怖かったよね、闇のファイト……怪我とかしたでしょ」

 

 闇のカード遣い。

 一般人が関わっていいファイトじゃ、世界じゃない存在。

 

 人をあっさり壊して、閉じ込めて、消してしまう邪悪な存在。

 

 かつての私たちが戦っていた敵の一つ。

 

「はぁ、まあちょっと暴れましたけど」

 

「なんか色々壊れてたの、茂札くんがやったの?」

 

 ボロボロの、多分もう使われてない工場の廊下を見る。

 小さな電灯に、それよりも頼りになるのは月明かり。

 

 ああ、いつの間にか大きな月が見えている。

 

「まあこれでも多少は鍛えてますから」

 

「どっかの道場通ってるから、用心棒やれますだっけ? バイトのアピール」

 

「店長が攫われた時いなくてすいません」

 

「いーよ、いーよ、助けてくれたんだから」

 

 本当にこんな風に助けてくれるなんて思ってなかったんだけどな。

 本当に、変な子だ。

 

「ああ、そうだ」

 

 ?

 

「店長、ありがとうございます。貰った<残らずの契約>のおかげで勝てました」

 

 カード名を言われて、思い出すのに少しだけ時間がかかって。

 

「……? ああ、あれ」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「懐かしいね。茂札くん、あれ売ってくださいっていきなり土下座してきたんだもん」

 

 しかもそれが初対面だったし。

 

 ボクのMeeKingはマイナーなカードを入荷しているショップだ。

 茂札くんや、通ってくれている常連のみんなはコアな品揃えって褒めてくれるけど、ボクからすれば本当に趣味。

 皆があまり使わない、手に取ろうとしない……忘れ去られてしまいそうなカードたちだ。

 

 自分の境遇に重ねて同情しているだけの、自分勝手なお店。

 引退した後に持て余した貯蓄を使って、恩師から譲ってもらった建物。

 私のためのお城(Mee King)

 

 もう朽ちるだけのボクのお店に、バイトがくるなんて夢にも思ってなかった。

 

「しかもお金が足りないけど、働くからキープしておいてくださいってさ」

 

「いや、その、それだけの価値があるカードだったんで」

 

「どうせなら上げるよっていったら、それは駄目だっていうし」

 

「自分の金で買うから使い倒せるんで」

 

「そういうもんかなぁ」

 

 楽しくて、笑ってしまう。

 変わった子だった。

 優しい子だった。

 ただの短期間のバイトとして雇ったつもりだったのにびっくりするぐらいカードに詳しくて、仕事も出来て、真面目で、スゴイイケメンってわけじゃないけど悪くないぐらいの顔で。

 

 彼には、精霊の加護がないことは一目見てわかっていた。

 

 驚くほどに気配がない。

 使っていたデッキはなんの気配もなく、どんなにカードをドローしても、きらめきがない。

 びっくりするほど才能がない。

 本来ありえないはずの状態になってる【理由は少しだけ聞いているけれど】

 本当ならファイターなんて出来るわけがない。

 だけど。

 だからこそ、この子は、ボクの知らないデッキを、目を持っていた。

 ありえない考えで、何度も驚いた。

 

 ……昔のボクや、あの11人が見たら信じられないようなことをしてる。

 【方舟教会】がみたらきっと赦さないと断じるだろう。

 きっと闇のカード遣いを倒せたのもそのため。

 

 だから。

 

「ありがとうね、茂札くん」

 

 ボクは、君に救われているよ。

 

「? さっきも言われましたけど」

 

「何度言ってもいいーんだよ、ふふ」

 

 

 グッと抱きしめて、意地悪するみたいに。

 

 

 

「男の子には、おねーさんのお礼の言葉ってご褒美なんでしょ?」

 

 

 

 

 

 そういったらなんか慌て始めたのが面白かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの前面装甲(スリーブ)がフルオープンのままだったことに気づいたのはこの五分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 知らない未来を知るのは快感だ
 何度も何度も繰り返し幸せは積み重なっていく

 その最後に見る自分の顔が絶望でなかったのならば


                    ――未来審盤
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