農民というものは、とても頑固なのだそうだ。ブルキナファソ農業省の、コンバリ農業担当副大臣が私にこぼす。
「この国でも気候変動の影響で、だんだん降雨量が少なくなっています。しかし、気象など自然条件が変わっても、彼らは頑として同じ品種を作り続ける。おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんの頃から、この種を使って作っているのだから、これでいいのだ、と。優良品種の種子に変えるだけで、明らかに収量が格段に上がるのに、それをしない。農業省として、優良品種の普及に努めていますが、まだ普及度は6%にしか過ぎません。」
ブルキナファソは、農業に力を入れている。農業従事者が人口の8割5分を占めるこの国で、農村での生産が安定し、農民が豊かになれば、貧困撲滅に直結する。農業生産の安定と向上のため、灌漑による耕地拡大と並んで重視しているのが、改良品種の普及である。モロコシ(mil)、トウジンビエ(sorgho)、トウモロコシ、ササゲ(niébé)などの主要穀物のなかで、収量が多い品種や病気に強い品種を開発し、在来種に代えて植えるように、農民を指導する。日本政府も、ブルキナファソの政策に賛同して、資金を提供した。日本の資金を得て、ブルキナファソ政府は、2003年から2005年までの3年間をかけて、「種子部門開発計画」を進めた。
この計画では、ブルキナファソ全国に、17ヶ所の種子農場を設置した。そこで種子生産技術を指導し、優良種子を生産した。一定の成果を収めたけれど、まだまだ課題も残った。まず、種子の生産体制はある程度固まったが、技術的にまだ未熟な面があった。さらに、種子生産を行うだけでなく、それをしっかり検査する必要がある。その検査体制も整備しなければならない。そして一番難関だったのは、農民が頑固なこと。せっかくの優良種子を、なかなか使おうとしてくれないのである。
そこで、ブルキナファソ政府は、次の計画を考えた。「優良種子普及計画」である。再び、日本政府に技術支援が求められた。日本としても、「種子部門開発計画」に引き続いて、その成果を更に強化するという計画であるから、しっかり協力を継続しようということになった。日本から約3億円の資金援助が提供され、昨年(2008年)春から、この計画が実施に移された。まず、全国の8つの県を対象に選び、そこで優良種子の生産・使用の現状調査を行う。そして、優良種子の生産体制と、品質管理(検査)の体制を整える。最後に、農民への普及活動を行う。農業分野のJICA専門家として、山中光二さんと八木令子さんが派遣された。二人は、ブルキナファソ農業省の一部署である全国種子課に活動拠点を設置し、計画の推進を図っている。
私は、お二人を訪ねて、全国種子課に出かけていった。ここは、種子生産の技術を指導する部署であるとともに、生産された種子がちゃんとした品質を持っているか、つまり間違いなく純潔種子であり、きちんと発芽能力を持っているかを検査し、認証する機関である。この全国種子課の種子検査室も、「種子部門開発計画」によって整備された。
お二人の案内で種子検査室の建物の中に入ると、顕微鏡や検査用の器械などが並んでいる。ここで、全国の種子の検定を行っている。検査する種子は、ここの種子検査官が現地に赴いて、種子生産者が生産する種子から試料を採取し、種子検査室に持ち帰る。年間2千件くらいもある検査を、15人の検査官が処理する。優良な種子であると認定されると、証明書を発行する。種子の質が悪いと、農民に大きな損害が生じる。だから、検査の責任は重大である。
ところが、肝心の発芽試験に、問題が生じていた。前回の計画で調達した発芽試験器が、殆ど使われないまま放置されていた。この大型冷蔵庫に似た機材は、試料の種子をシャーレに入れて収納し、一定の温度と湿度を与えて発芽させるものである。そうして発芽率や芽の様子などを観察し、種子の品質保証を認定する。そのような大事な試験器がどうして、新品のまま使われていないのか。
「停電があるからです。」と、検査室長が説明する。
「発芽試験器は、種子を入れて十数日、温度や湿度の一定条件をきちんと保たなければならない。しかし、ここワガドゥグでは、何日かに一度は停電が起きる。そうすると試験器が停止し、試験の信頼性が失われるのです。」
なるほど、前回の計画を立てたとき、停電が頻繁にあるなどということは想定外だったわけだ。この検査室の事案のように、協力案件を実施しても、現実にはいろいろな事情からうまくいかないことがある。だからこそ、数年後にこうして元の計画を見直す形で、協力を継続することに大きな意味がある。今回の「優良種子普及計画」では、発電機と無停電電源装置を購入して、停電があってもちゃんと発芽試験機が動きつづけるように改善を行うという。
優良種子が普及すれば、農民たちの生産が向上する。ただトラックをくれ、耕運機をくれ、というのではなく、戦略と具体的な方策をもって農村開発を推進しようとするブルキナファソの農業関係者に、私は大いに好感を持った。今回の「優良種子普及計画」では、前回の計画で不備だった部分を改善するだけでなく、農民に優良種子を使うように説明して、その普及に努めるというところに主眼がある。頑固な農民も、日本の農業専門家による働きかけには、やがて耳を傾けるようになるだろう。 「優良種子開発計画」の表札
種子検査室
新品のまま使われていない発芽試験器
稲の発芽試験
ササゲの発芽試験
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