一つの分野なり施設に、集中して、かつ年数をかけて、いろいろな援助資源を投入してゆく。そうすれば、それら個別の支援が相互に共鳴して、よりよい結果を生む。ときには思ってもみなかった方向への発展がある。日本の経済協力が、本来そういうことを期待して組み上げられているのかどうかは分からない。でも、案件を完成させて終わりというのではない。長い目で見て、何かをそこで育てていくように進められている。そうすると本当に、何か新たな、はじめには予想しなかった成果が生まれてくる。経済協力でも、熟成ということがある。
コトヌ漁港では、長年にわたり水産行政の専門家派遣を重ねて、まず漁港改善計画をつくり、その上で無償資金協力によって漁港の埠頭や水揚場を建設した。その次に、女性仲買人たちの労働条件向上のために、「女性の家」を建設。引き続いて、海外青年協力隊の派遣によって、運営や福利厚生などのソフト面の支援を継続する。そうしているうちに、コトヌ漁港は、零細漁民の寄合い所帯から、近代ビジネスへの脱皮を遂げる。日本が漁港整備をしたときに、製氷機の氷が販売ビジネスになることを予想していたのだろうか。青年海外協力隊員は、現場を見て水産加工品の製造を提案した。その魚肉ミンチボールは、スーパーマーケットで販売されるようになっている。
同じコトヌの、ラギューン母子病院への協力でも、経済協力の熟成が進みつつあるのかもしれない。この母子病院は、ベナンで最大の小児科・産科の専門病院である。50年の歴史を誇るが、病院の建物もその当時からそのままで老朽化が激しかった。そこで、日本が無償資金協力で建て替えることになった。総工費は、12億2400万円。一昨年(2007年)5月に、日本とベナンの両国政府の間で合意が交された。私は、既に始まっている建設工事の進み具合を視察しに出掛けた。行ってみて、新病棟の建設に並行して、いろいろな形での日本の協力が他にも行われ、それらが複合的に進んできていることを知った。そして日本の協力の積み重ねが、現地の人々の創造性を引き出すきっかけになっている。
この病院への協力は、いきなり新病棟の建設計画から始まったものではない。国際協力機構(JICA)は、この病院の医師たちを研修に招聘する事業を、長く続けてきた。病院運営の責任者たちとの、長年の交流の成果として、新しい病院の絵図が描かれた。無償資金協力は、病棟を建設するだけではなく、病床や手術台、X線診察機材などの医療機器の供与を併せて行うことになっている。これらの医療機器がきちんと活用されるためには、それを使う人たちの技術力の確保が必須である。そのために研修員の受け入れや、専門家の派遣を行う。この病院には日本の協力で医療技術を研修してきた人が、すでに何名もいる(本邦研修12名、第三国研修14名)。だから、安心して機材供与が出来る。
この病院には、日本の存在感がある。それは青年海外協力隊のおかげだ。岩永陽子さん(看護師)、堀口陽子さん(保健師)、馬見塚真由美さん(助産師)、松尾典子さん(栄養士)の4人の女性が、協力隊員として勤務している。4人は、病院のスタッフと一緒になって、病院の実務を手伝っている。日本の医療従事者の立場から、ベナンの医療活動にいろいろな助言をすることは、もちろん期待されている。しかし何より重要なのは、日本人の仕事振りを見せること。日本人の4人とベナンの病院スタッフとが、一緒に働くことで、おそらく両方の文化的・社会的な差とそれによる困難を、一つ一つ乗り越えていっていることであろう。そうした経験は、協力案件の成功のために、とても大切な下地となる。
仮設の分娩病棟を見学したあと、ジムのような部屋に通される。下に体操用のマットが引いてあって、壁には大きな梯子のような掴まり棒が立てられている。天井からは、綱引きの綱のようなものが二本ぶら下がっている。「新方式の出産法」と壁に説明書きがある。夫の介添えを得て出産を行うという方式で、日本で行われはじめている考え方だという。
日本からの技術協力があったのですか、と私は聞く。院長のゴゾ医師は答える。
「いや、そうではありません。私は、日本での研修プログラムに参加したときに、たまたま日本のある病院で実践していたこの出産方式をみて、大変大きな感銘を受けました。病院の医療に頼るのではなく、あくまで自然な分娩を試みる、それも夫婦の力を合わせて出産する。人間性と調和していて、素晴らしいではないですか。それでベナンに導入しようと決意しました。」
ゴゾ院長の、彼独自の発意なのだという。ジムも自分で予算を取って設置した。日本政府が彼を日本に招待したときに、このような医療技術を伝えることなど、殆ど意図していなかっただろう。だから、ゴゾ院長の創意工夫と熱意あればこその結果である。でもひょっとすると、彼の努力で、この新機軸の出産法がベナンで広く普及することになるかもしれない。私は、単に病院建設の案件を仕上げる、といった成果とは少しばかり次元の違う、「経済協力の熟成」としか表現しようのない、新しい力の発生を、そこに感じるのである。
ラギューン母子病院、集中治療室
紫外線治療で未熟児を強くする
ラギューン母子病院。赤ちゃん
ラギューン母子病院のスタッフ、岩永さんと堀口さん
産科の診療室~~馬見塚さんと同僚
新方式の産室
新方式のお産~~壁に掲げられた説明図
安全面からいって日本では考えられないことですが、ベッド数が足りないから仕方がなくしているのか、それともあれがふつうで誰も気にしていないのか、どちらなのでしょう。
また、寝かせ方も治療中の子以外はうつぶせ寝のように見えますが、現在、欧米や日本では乳幼児突然死症候群(SIDS)との関連からうつぶせ寝をやめるようになっています。
約20年ほど前に普及していた医療の常識がまだ残っているということでしょうか。