トーゴに出張、債務救済の交換公文の署名式典を行ってきた。債務救済とは、借金返済に苦しむ国の、元本や利子の返済を待ってやる、というものである。貧困国が人々の生活向上に取り組もうとしても、そのための予算が組めない。乏しい国庫収入を、過去何十年も前の借款の、元本や利子を返済するために、充てなければならないからだ。社会経済インフラの整備などに回す資金が無ければ、貧困からますます脱却できなくなる。いわば自転車操業の悪循環になる。だから、借金を帳消しにして、ひとまず出直す態勢をつくってやる。
一方で、貸している側としては、借金を棒引きする以上は、借りている側にそれなりの落とし前をつけて貰わなければならない。まず第一に、これからは正しく責任ある経済運営をします、という覚悟を示してもらわなければならない。国際通貨基金(IMF)や世界銀行は、経済の構造調整改革を策定して、債務国政府に対してその実施を促す。つまり、経済の自由化を基本とする、責任ある経済政策を進めていくことが求められる。多くの途上国で、かつては国家が経済運営を独占していた。これは、往々にして資金を浪費するだけ、ということに繋がっていた。そういう放漫経営を止め、経済自由化による市場経済の活力を期待する。
そして第二に、債務国は、どういう展望のもとで貧困国から脱却していくのかについての青写真を書かなければならない。「貧困削減戦略ペーパー」と呼ばれるその経済計画書は、開発資金を社会生活関連分野により重点的につぎ込み、人々の生活水準の底上げにつながるような経済政策を描き出すもので無ければならない。債務削減を認める以上、それが貧困からの脱却に助けになったという実績につなげてもらわなければならない。
これらは、トーゴという小さな国の官僚組織にとっては、結構たいへんな作業だったと思われるが、きちんとやり終えた。そこで、債権者会議、つまり債権国が集まった会議である「パリクラブ」という国際会議が開かれて、トーゴに良好な経済運営をしていく覚悟があるかについて審査した。その結果今年の6月に、トーゴは債務救済の適格性がある、という結論が出た。債権国が皆そろって、トーゴの借金を軽減することに決めたのである。日本は、スイス、フランスに次いで、この決定を実施することになった。日本の債務救済額は、総額42億円余り。それで、私が日本国を代表して、トーゴの代表を務めるエサウ外相との間で、債務救済の交換公文をつくって、正式に署名する、ということになった次第である。
交換公文というのは、国家の間で約束を交わすときの、ひとつの方式である。日本側が「これこれの債務救済を実施します」という内容の書簡をトーゴ側に渡し、トーゴ側は「日本側の文章を受け取りました」という内容の書簡を日本側に渡す。私は日本側の紙に、エサウ外相はトーゴ側の紙に、それぞれ署名をする。書簡を交換するだけであるから、郵便で文書を送りあっても出来るのだが、せっかく二国間で一つの問題を前向きに解決する話である。儀式を行って、大きく宣伝したい。そこで、署名式典を執り行う。
トーゴ外務省の記者会見室に、私とエサウ外相とが並ぶ。前に、報道関係者が、テレビカメラを構えている。机には、トーゴの旗と日の丸とが、交差して飾られている。目の前に置かれた日本側、トーゴ側それぞれの書簡に、私とエサウ外相それぞれが署名をする。後は、握手してそれらを交換する。
エサウ外相は、6月のパリクラブの決定以来、日本は極めて迅速に債務救済措置をとってくれた、ニヤシンベ大統領はじめトーゴ国民が日本に感謝している、この措置でトーゴは資金を貧困軽減にむけることができる、という内容の演説を行う。引き続いて、私は日本が行う債務救済の内容を説明し、トーゴが財政上の困難を乗り越えることを期待する、余裕の出た資金は国民の生活水準向上と経済建直しに振り向けてほしい、という趣旨の演説を行う。
信任状捧呈を行ってから2ヶ月ほどで再びトーゴを訪問し、こうした実質のある前向きな外交活動ができるとは、大使としてはたいへん嬉しいことである。たんに巡り合わせがいいだけなのであるが、記者に取り囲まれて私は胸を張って言う。前回トーゴに来たときに、大統領、首相以下の責任者の、開発への真剣な取組みに印象付けられた。だから、私はさっそく答えを持ってきたのである。日本がトーゴとの関係増進に前向きであることの証左である、と。明日の朝刊に載り、新しい日本大使は仕事をしている、という印象をトーゴの各方面に与えることを期待しながら。
一方で、貸している側としては、借金を棒引きする以上は、借りている側にそれなりの落とし前をつけて貰わなければならない。まず第一に、これからは正しく責任ある経済運営をします、という覚悟を示してもらわなければならない。国際通貨基金(IMF)や世界銀行は、経済の構造調整改革を策定して、債務国政府に対してその実施を促す。つまり、経済の自由化を基本とする、責任ある経済政策を進めていくことが求められる。多くの途上国で、かつては国家が経済運営を独占していた。これは、往々にして資金を浪費するだけ、ということに繋がっていた。そういう放漫経営を止め、経済自由化による市場経済の活力を期待する。
そして第二に、債務国は、どういう展望のもとで貧困国から脱却していくのかについての青写真を書かなければならない。「貧困削減戦略ペーパー」と呼ばれるその経済計画書は、開発資金を社会生活関連分野により重点的につぎ込み、人々の生活水準の底上げにつながるような経済政策を描き出すもので無ければならない。債務削減を認める以上、それが貧困からの脱却に助けになったという実績につなげてもらわなければならない。
これらは、トーゴという小さな国の官僚組織にとっては、結構たいへんな作業だったと思われるが、きちんとやり終えた。そこで、債権者会議、つまり債権国が集まった会議である「パリクラブ」という国際会議が開かれて、トーゴに良好な経済運営をしていく覚悟があるかについて審査した。その結果今年の6月に、トーゴは債務救済の適格性がある、という結論が出た。債権国が皆そろって、トーゴの借金を軽減することに決めたのである。日本は、スイス、フランスに次いで、この決定を実施することになった。日本の債務救済額は、総額42億円余り。それで、私が日本国を代表して、トーゴの代表を務めるエサウ外相との間で、債務救済の交換公文をつくって、正式に署名する、ということになった次第である。
交換公文というのは、国家の間で約束を交わすときの、ひとつの方式である。日本側が「これこれの債務救済を実施します」という内容の書簡をトーゴ側に渡し、トーゴ側は「日本側の文章を受け取りました」という内容の書簡を日本側に渡す。私は日本側の紙に、エサウ外相はトーゴ側の紙に、それぞれ署名をする。書簡を交換するだけであるから、郵便で文書を送りあっても出来るのだが、せっかく二国間で一つの問題を前向きに解決する話である。儀式を行って、大きく宣伝したい。そこで、署名式典を執り行う。
トーゴ外務省の記者会見室に、私とエサウ外相とが並ぶ。前に、報道関係者が、テレビカメラを構えている。机には、トーゴの旗と日の丸とが、交差して飾られている。目の前に置かれた日本側、トーゴ側それぞれの書簡に、私とエサウ外相それぞれが署名をする。後は、握手してそれらを交換する。
エサウ外相は、6月のパリクラブの決定以来、日本は極めて迅速に債務救済措置をとってくれた、ニヤシンベ大統領はじめトーゴ国民が日本に感謝している、この措置でトーゴは資金を貧困軽減にむけることができる、という内容の演説を行う。引き続いて、私は日本が行う債務救済の内容を説明し、トーゴが財政上の困難を乗り越えることを期待する、余裕の出た資金は国民の生活水準向上と経済建直しに振り向けてほしい、という趣旨の演説を行う。
信任状捧呈を行ってから2ヶ月ほどで再びトーゴを訪問し、こうした実質のある前向きな外交活動ができるとは、大使としてはたいへん嬉しいことである。たんに巡り合わせがいいだけなのであるが、記者に取り囲まれて私は胸を張って言う。前回トーゴに来たときに、大統領、首相以下の責任者の、開発への真剣な取組みに印象付けられた。だから、私はさっそく答えを持ってきたのである。日本がトーゴとの関係増進に前向きであることの証左である、と。明日の朝刊に載り、新しい日本大使は仕事をしている、という印象をトーゴの各方面に与えることを期待しながら。
大学院でアフリカ研究をしておりますので、大変興味深く、またユーモアのある文章に引き込まれました。
コートジボアールを急に身近に感じるようになりましたし、外交官の職務も垣間見られて参考になりました。
これからも、楽しみに読ませて頂きます。
ためになるブログをありがとうございます。