(惜別)秋山和慶さん 指揮者

 ■じっと見守り待つ、心聴くタクト

 1月26日死去(肺炎) 84歳

 世代を超える飲み会に、喜んで参加した。全員に料理が行き渡るまでは箸に手を付けない。乾杯する皆の笑顔を見届けてから、旨(うま)そうに酒に口を付ける姿を何度か見た。

 リハーサルの時も同じ。じっと見守り、時を待つ。この胆力の深さが、リーダーシップばかりを求められがちな指揮者の世界においてこの人を特別な存在にしていた。「指示を出す前に相手の心を聴くこと」と教え子の下野竜也さん(55)に奥義を語った。

 2015年に出した自伝の題は『ところで、きょう指揮したのは?』。終演後、聴衆が口々にこう話す演奏を理想とした。「いやあ、いい音楽を聴いたね。そういえば振ってたのは誰だっけ?」。どこまで自分を消し、音楽だけを残せるかを自らに問うた。

 柔和な笑顔がトレードマークだが、目の奥には野生の猛禽(もうきん)類のような鋭い光が宿っていた。広島交響楽団の音楽監督を12年務めた。この地に一流のオーケストラを育てることに、格別の使命感を抱いていた。全世界に胸を張って被爆地の思いを届ける普遍の言葉を、音で探った。原爆投下から70年、2015年の平和祈念コンサートでは、こういう時のお約束の「第九」ではなく20世紀ドイツの作曲家ヒンデミットの独創的な交響曲「世界の調和」を奏でた。

 「自分の信念は脇に置き、一緒にみこしを担ぎ、いつしか『ワッショイ』と同じ方向に歩き始める。日本人ってそういうところがあるので」

 中3の時、小澤征爾さんが振る桐朋学園のオーケストラを聴いた。「この響きの中に入りたい!」。衝動的に楽屋を訪ねた。どんな楽器でもやると言ったつもりが、小澤さんは「センセーイ、指揮やりたいそうですよ!」。その視線の先にいたのが名伯楽として名高い斎藤秀雄だった。

 斎藤に説かれた、現実の重力との折り合いをつけ、音楽に新しい浮力を与える脱力。それを完璧にわがものとしたことで、どんな楽団とも対話できる柔軟性を80歳を超えて磨き続けることができた。

 日本の楽壇の草創期を文字どおり命懸けで導き、ようやくこの人の時代が来たと誰もが思った。あまりにも突然の別れを、音楽界の多くの人々がまだ受け入れられないでいる。(編集委員・吉田純子)

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 あきやまかずよし

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