【モデルボクサー 高野人母美 9頭身ファイターの告白(4)】高校を卒業してからモデル活動をやっていた中、ミスコンに出たこともあります。最初に出たのは2009年に中国で行われた「第4回アジアスーパーモデルコンテスト」でした。日本代表の一人として参加。地元・中国のほか、韓国、モンゴル、ベトナム、インドなどアジア各国のモデルが出場していました。
何も知らないで行ったのですが、スケジュールは結構タイトでした。朝6~7時くらいに朝食を食べて、それからずっとウオーキングやダンスなどのレッスンが夕食前まで続く感じです。今までちゃんとそういうことを習ったことがなかったので大変でしたよ。それは他の国から来た子も合同でやるので、いろいろな言葉が飛び交っていたのは覚えています。
現地では、日本語を話せる中国人の方が、一緒に参加した日本人の子と共通の通訳をやってくれて、その日の朝に1日の予定が伝えられます。でも、その日になるまで何をするのかわかりませんでした。レッスンをやりながら、滞在期間中はミスコンとは別に、用意されたいろいろな衣装を着てファッションショーもやってました。その時にも、誰が一番良かったよとか順位がつけられていました。
常に「競争」という感じでしたし、ホテルは2人1部屋でした。しかもダブルベッド。息つくヒマもなく毎日を過ごしてきた中、本番では6位という結果でした。日本人は私を含めてトップ10に2人。その子は春輝という名前のモデルだったのですけど、彼女は私よりも上の順位だったと思います。1位にはなれませんでしたが、今まで我流でやってきたウオーキングとかを、ちゃんと学べたのは素直に「良かったかな」と思います。
その後、11年に「ミス・ワールド」「ミス・ユニバース」「ミス・インターナショナル」とともに、世界4大ミスコンとして知られる「ミス・アース」の日本代表ファイナリスト23人に選ばれました。本戦には出られませんでしたが、ファイナリストのトップ10に入って6位か7位。仲良くなった主催者の方に聞いたら、私を代表に推したかったみたいですが、素行が足を引っ張ったそうです。すでにアマチュアとしてボクシングを始めていた時期ですが、向き合う姿勢に甘さが出ていたころでした。
というわけで、次回はボクシングとの出合いもお話ししなきゃですね。ちなみにプロボクサーデビュー後では、13年5月に「ミスツーリズム・インターナショナル」に日本代表として参加し「ミスチャーム」を受賞しました。まさかの出来事だったので、こういう場では英語でスピーチなんですが、日本語でやっちゃいました。それ以外も、いくつかのミスコンに出させてもらいました。













