衝撃の告白だ。ボクシング女子の元東洋太平洋スーパーバンタム級王者でモデルボクサーとしても知られる高野人母美(37)がキャリアを振り返る連載の第3回。実家を離れて東京・六本木で暮らし始めるなど、普通の高校生とはちょっと変わったイケイケな生活を過ごす中、これまで語ることのなかった驚きの過去を明かした。なんと“現役JK”だった17歳で妊娠、出産を経験。長男は現在20歳になっているという。

【モデルボクサー 高野人母美 9頭身ファイターの告白(3)】両親の強い意向もあって滑り込みで、高校に進学したのはいいのですが、あまり勉強には関心がいきませんでした。自分の中では、とにかく早くこの3年を終わらせたいという思いが強くて「どうやってお金を稼いでいこうか」とかばかり考えていました。

 背伸びをしたい高校生が、いろいろな街に遊びに行ったりしている中で六本木がすごく輝いて見えたんですね。「直感」でそこに住もうと決めました。今ではできないんでしょうけど、年齢をごまかしてバイトもしていましたし、ある程度、貯金もあったのでなんとかなりました。17歳くらいだったと思います。最初はよくわからず30万円の家賃の部屋になんとかやりくりして住んでいました。

 とにかくバイトというか仕事は頑張りました。朝から晩まで働いて高校のテストは友人の“アシスト”もあって乗り切ってました。バイトは歯医者さんの受付とか。あとは、その当時に知り合った投資会社の社長さんの秘書みたいなこともやっていましたね。でも六本木に住んでいるときも、金曜に実家へ戻り、週末はジムに行って週明けに六本木に帰る生活を続けていました。

 そんな高校生活をしている間、今までお話ししてこなかった大きな出来事がありました。実は出産を経験したのです。高校に行っていた15~17歳ぐらいのときにガーって遊んでいまして。そのとき年上のいろいろな人を見てきて「自分はどんな大人になっていくんだろう」と思っていました。そのとき早い段階で子供をつくっておけば20代、30代でも遊べるんじゃないかと考えたんですね。

 妊娠中は身長が高かったせいか、周りには意外とバレませんでした。高校は制服だったんですけど「ちょっと太っちゃったな」みたいな感じで言ってました。冬は結構着込んでましたしね。無事に息子を産むことができ、当時付き合っていた彼氏と同棲しながら育てていましたが、結局別れてしまいました。子育ては忙しかったです。

2015年6月に東洋太平洋王者となり息子とツーショット(本人提供)
2015年6月に東洋太平洋王者となり息子とツーショット(本人提供)

 スタイルは、長男を産んでからすぐに体重を戻し、何事もなかったように体形もキープできました。当時、自分が海外に行っていた時期もありましたが、やっぱりサポートしてくれたのが両親でした。両親に預けることもあった中、息子は元気に成長してくれて20歳になりました。今も仲良しですよ。自分のやりたいことを理解してくれた両親には、今でもすごく感謝しています。

 こうして高校時代を駆け抜けていきますが、妊娠中も体を動かす程度とはいえ、ジム通いは続いていました。自分でもよくわからないんですけど、土日だけは必ず行ってました。このときは、まだボクシングを始めていませんが、いずれそのときがやって来る運命だったのかもしれません。