「強い犯罪者」の襲撃、防ぐには リスク管理やAI活用がカギ

2023年06月29日

 テロ、通り魔殺人、他人を道連れにする「拡大自殺」―。世間を震撼させる事件がこのところ毎年のように発生しています。逮捕や自らの死を恐れない者が企てるため、甚大な犠牲が出て、社会不安をかきたてる傾向にあります。こうした犯行はなぜ起き、どうして防ぐのが難しいのでしょうか。あるべき長期的・短期的な対策も交え、元警察庁長官で、公益財団法人「公共政策調査会」理事長を務める米田壯さんに解説してもらいました。

 【目次】
 ◇
「強い犯罪者」とは
 ◇
未然防止は極めて困難
 ◇
侮れない破壊力
 ◇
ゼロではなく管理
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「もしも」のときも議論を
 ◇
AI使い兆候を把握
 
◇ 「本質」論も避けずに

「強い犯罪者」とは

 我が国では近年、東京秋葉原の歩行者天国(2008年)をはじめ、障害者施設(16年)、東海道新幹線車内(18年)、アニメ制作会社(19年)、クリニック(21年)、選挙の街頭演説会場(22年、23年)などにおいて、単独犯による計画的とみられる襲撃事件がしばしば起きています。

 これらは「通り魔」、「無差別殺傷」、「テロ」などと呼ばれていますが、どう対処するかの観点からは、呼び方の違いにほとんど意味はありません。本稿では、「強い犯罪者」による襲撃事件という、実例から抽象した類型を使って、その脅威の深刻さと対策について解説します。

 「強い犯罪者」は、捕まって刑罰(死刑を含む)を科されることを恐れません。ここで「強い」という言葉を使っているのは、そういう意味です。

未然防止は極めて困難

 「強い犯罪者」による襲撃事件は、治安上非常に深刻な脅威です。深刻である理由の第一は、未然に防ぐことが極めて難しいことです。

 他人を殺傷したり物を盗んだりする人は、現代の日本では圧倒的に少数派です。これは、国民の遵法意識が高いことに加え、犯罪を行えば相応する刑罰を科されることが心理的な抑止力になっているからでもあります。しかし、「強い犯罪者」には、心理的な抑止力が効きません。つまり、警察官の制圧行為や障害物の設置で物理的に阻止する以外に犯行を止める術がないのです。しかも、犯人は襲撃する対象、場所、時間を自由に選ぶことができます

 これに対して、警察官を大量に動員して襲撃される可能性のある場所や人を守ろうとしても、そのすべてを常時十分な態勢で警戒するに足るマンパワーは、どの国の警察も持っていません。特に日本は、人口当たりの警察官数が先進各国の中でも少ないため、なおさらそうです。

 また、組織的なテロと比べて単独犯の行動は察知されにくいことも、未然防止を難しくしています。たった一人で、犯行を決意し、計画を練り、準備を整え、現場に行き、襲撃を実行する。そのどこかの段階で犯行の予兆をつかむことは、外部との接点が生まれる一部の場面(例えば武器の原材料の入手)を除き、極めて困難です。

侮れない破壊力

 深刻である理由の第二は、死傷者が多数に上る可能性が高いことです。

 「強い犯罪者」は捕まることを恐れないため、犯行を隠すことや逃走することを度外視して大胆、執拗な襲撃を行います。このため、刃物、自動車、ガソリンといった、本来は武器ではない「身の回りのもの」を使うだけでも、往々にして多くの人が亡くなる凄惨な事件となります。

 加えて、20世紀末頃から、単独犯による襲撃の破壊力や実行力が急速に高まっています。かつては、武器の製造・調達には人材と資金を有する組織が必要でした。ところが今では、組織の力に頼らなくてもインターネットを使って、必要な知識と材料を入手し、独力で高性能の爆発物や銃を作ることができます。

 また、「Google earth」など衛星画像や街の映像を閲覧できるアプリを使えば、現場へ下見に行く必要もありません。さらには、ドローン(小型無人機)の登場によって、襲撃犯には空からの攻撃という選択肢も生まれました。

ゼロではなく管理

 このような「強い犯罪者」による襲撃に対処するにはどうすればよいのでしょうか。第一は、適切なリスク管理です。

 コンサートやスポーツ大会、政治家の街頭演説など大勢の人が集まるイベントの開催は、残念ながら「強い犯罪者」による襲撃のリスクを伴います。開催しなければ襲撃される危険はなくなりますが、それでは市民生活も民主主義も成り立ちません。そこで、なるべく開催を止めないで、運営方法を工夫してリスクを許容できるレベルにまで下げる、つまり、リスクを「ゼロ」にするのではなく「管理」するのが現実的な対処だということになります。

 イベントのリスク管理には、主催者、警察、聴衆や観客を含めた多くの関係者が連携して関与・協力することが重要です。「強い犯罪者」による襲撃事件の脅威の深刻さは、関係者それぞれが独力で対処できるレベルを超えているからです。この場合、関係者それぞれのリスクに対する感覚や姿勢が常に一致するとは限りません。したがってリスク管理がうまくいくかどうかは、関係者の間で、脅威の深刻さに関する認識を共有することができるか、その上でリスク低減の具体的方向性についてコンセンサスを得ることができるかどうかに懸かっていると言えます。

「もしも」のときも議論を

 リスク管理に当たっては、阻止できずにリスクが発現してしまったときのことも考えておく必要があります。特に、爆発物やドローンを使った襲撃への対処については遠くない将来、防護や救出の優先順位をどうするべきかというシビアな問題が顕在化する懸念があります。

 自然な感情としては誰しも考えたくないことかもしれませんが、リスク発現時の問題もタブー視されずに議論されることが、結果として、我が国の治安の強靱さや安全安心の向上につながると考えます。

AI使い襲撃を予測

 第二は、科学技術の積極的な活用です。さきほど、単独犯であるがゆえに予兆をつかむのが困難であることに触れました。しかし、最新の情報通信技術を使えば、この難問が解決に向かう可能性があります。

 一つは、SNSの書き込みなどネット空間を流れる情報の分析によって襲撃につながる兆候を把握することです。かつては、ネット上の膨大な情報を分析することは、人員や時間の制約から実務的には困難でした。しかし、最近では、AI(人工知能)をはじめとする技術の進歩によって、実用性は次第に高くなっています。

 もう一つは、防犯カメラによる不審な挙動の発見です。「強い犯罪者」の大半は、襲撃を敢行するまで警察の関心を引くような行動に出ることはなく、顔を知られることもありません。このため、顔画像の照合によって襲撃者を識別するよりも、防犯カメラの映像から普通の聴衆や観客とは異なる動き(不審な挙動)を発見することが、襲撃を未然に防ぐ上で重要になります。これも、AIをはじめとする技術進歩が実用性を高めていくと思います。

 これらの施策の展開には、国民の理解と納得を得ることが不可欠です。そのためには、「強い犯罪者」による襲撃事件がいかに深刻な脅威であるかを国民に理解してもらう努力を重ねつつ、施策の目的、収集や分析の手順、情報の取扱いを可能な限り透明化する工夫を怠らないことが重要です。

「本質」論も避けずに

 最後に、「強い犯罪者」の背景にある社会的・経済的な問題の解決に向けた議論について付言します。現代社会に関しては、地域社会をはじめとする「中間集団」の衰退、格差の拡大など、「強い犯罪者」の問題にも通底する様々な問題点が指摘されています。

 しかし、私の理解する限りでは、それらの問題点の根本的な解決は容易ではなく、少なくとも時間がかかります。本質的な議論を疎かにしてはならないことは言うまでもありませんが、「強い犯罪者」による襲撃事件の惨事を防ぎ、国民の安全安心を守るには、それと並行して、当面は本稿で述べた実務的な対処に注力することが大切であると考えます。

米田 壯(よねだ・つよし) 1976年東大法卒、警察庁入り。和歌山県警や京都府警の本部長、警視庁刑事部長、警察庁刑事局長などを経て13年1月~15年1月に警察庁長官。退官後に日本取引所グループ取締役、東京海上日動火災保険顧問、丸紅監査役、公益財団法人公共政策調査会理事長などを歴任。

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