なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 軍学校交流戦六日目、夜。

 この古びた砦で過ごす最後の夜を、フィリップは女子用宿舎の一室で迎えた。ルキアの魔術で透明化して忍び込み、ミナの部屋で他の生徒が寝静まるのを待っている。

 

 部屋の中にはルキアとステラもいるが、もう消灯時間を過ぎたというのに、誰もベッドに入っていなかった。

 

 「もう一度確認するよ、ミナ。僕がそうしろって言わない限り、魔力視を使わないこと。砦を壊す威力の魔術は使わないこと。それから──」

 「きみが合図したら目と耳を庇うこと。何度も言わなくても覚えているわ」

 

 かったるそうに応じるミナに、フィリップはあくまでも真面目な顔で「それならいいんだ」と頷く。

 

 昼間寝ていたはずのミナだが、今も眠そうに欠伸を噛み殺していた。

 実はフィリップもかなり眠気が来ているのだが、12歳の子供と吸血鬼を同列には語れないだろう。というか、吸血鬼は夜行性のはずなのだが。

 

 「で、ルキアと殿下ですけど──」

 「たとえ砦が崩れても、お前が帰ってくるまで空間隔離魔術は解かない。分かっているさ」

 「だからフィリップ、絶対に帰ってきてね。人間のままで」

 

 フィリップはしっかりと頷き、ルキアとステラと順番に抱擁を交わした。

 

 二人とも腕が僅かに強張っていたのは、次元を彷徨うものやティンダロスの猟犬に対する恐怖からではないだろう。フィリップは何か、二人を安心させるような気の利いたことを言いたかったが、何も思い浮かばなかった。

 

 「……じゃあ、行こう、ミナ」

 

 ミナは欠伸混じりに、億劫そうに立ち上がる。

 しかし流石は特級の剣士というべきか、長い黒髪に手櫛を入れたかと思えば、赤い双眸には冷たい戦意の光が宿っていた。と言っても、半分くらいは、ペットと一緒に狩りをする楽しみが混じっていたが。

 

 「……ミナ」

 「……何?」

 

 淑女然とした、というには堂々たる女帝の風格を漂わせたミナの背中に、ルキアが躊躇いながらも声を掛けた。

 

 普段からミナとは必要最低限しか言葉を交わさないルキアにしては珍しいな、と、フィリップもステラも意外そうにしている。ミナはそもそもルキアと言葉を交わさないという認識も、彼女の行動が普段とは違うという認識も無いらしく、どうでも良さそうに振り返った。

 

 「……フィリップをお願い」

 「言われるまでもないわ」

 

 ルキアが口にするのに苦渋の決断を要しただろう言葉を、ミナは端的に受け止めた。

 相手がミナでなければ、切り捨てられなかっただけマシという慰めが必要なほどの雑な対応だが、相手は最上位吸血鬼だ。きっと守り通してくれるだろうという、確かな信頼感を抱かせてくれた。

 

 フィリップは何となく気恥ずかしさを覚えながら、「行ってきます」なんて手を振ってミナの部屋を出る。そのすぐ後にミナも続いた。

 

 廊下はしんと静まり返っていたが、就寝時間のすぐ後ということもあり、壁に据えられた燭台は全て健在で、暖かく照らされていた。

 

 「あの臭いに注意してね、ミナ」

 「えぇ」

 

 迂闊に動いて巡回に見つかるリスクを増やすべきではないと考え、ミナが臭いを感じ取るまではここで待機する手筈だ。

 扉を閉じた直後、ミナが嫌そうに背後を振り返ったのは、ルキアかステラの空間隔離魔術が発動したからだろう。眩しいわ煩いわで一刻も早く離れたいと顔に書いてあった。

 

 「はぁ……ねぇ、やっぱり下に降りない? 霧化すれば誰にも見つからないわ」

 「良い案だね。生身の僕が取り残されることを除けばだけど」

 「透明化の魔術をかけて貰えばよかったじゃない?」

 

 言われて、フィリップはミナの方を怪訝そうに見遣る。

 その話はさっき、ルキアとステラと部屋の中でしたのだった。ミナが人間同士の話に耳を傾けていないのは、いつものことと言えばその通りなのだが。

 

 「それだと、ルキアにもミナにも多少の負担がかかるでしょ。それが原因で負けたりしたら、僕、泣くに泣けないよ?」

 

 ルキアは空間隔離魔術という最高難度の魔術を使って自衛する必要があるし、ミナはティンダロスの猟犬と戦うことになる。尤も、ミナは音や気配なんかで魔力視を使わず透明化した人間を見破ることはできるだろうが、その上で通常時と全く変わらないパフォーマンスとは行かないはずだ。

 

 冗談めかしたフィリップの言葉に、ミナは淑女然とした静かな笑みを溢した。

 しかし、彼女の人外の美貌から、微笑はすぐに抜け落ちた。いつもの退屈そうな顔で階段の方を見遣り、面倒臭そうに嘆息する。

 

 「誰か来るわ。二人組、どちらも人間ね」

 「見回りだ。一旦中に──ここじゃなくて、ルキアの部屋に入ろう」

 「……そうね」

 

 思わず先程までいたミナの部屋のドアノブを握ったフィリップだが、素早く動いたミナの手が上から押さえる。

 魔力感知能力のないフィリップには分らないが、部屋の中は燃焼の概念で満ちた絶対生存不可能圏だ。それを思い出したフィリップは、一つ隣の部屋に滑り込んだ。

 

 ミナもそのすぐ後に続き、二人分の足音が廊下の隅まで進んで、ちょっと窓の外を眺めるように立ち止まり、来た道を戻っていくのを聞いていた。

 

 「……ここに居たまま臭いを探れる?」

 「この階まで上がって来れば、ね。風がないところで臭いを探すのって、すごく難しいのよ?」

 

 フィリップが「目を閉じたまま物を見られる?」とでも聞いたような胡乱な顔をして、ミナは小さく肩を竦めた。

 ミナは別に、嗅覚に外界探知を依存しているわけではない。人間よりも五感が鋭いというだけだ。狼のように、同じ森の中にいるフィリップからでも逃げ出すほどの感知能力は無い。

 

 「同じ階に居るなら扉を隔てていても分かる」というのは、同じ条件でも気付かないフィリップより多少マシくらいのものだ。

  

 「僕よりは有能だけど、それじゃ困るよ。戦闘のドサクサでもなんでも、ルキア達にアレを見せる訳にはいかない」

 

 眉根を寄せて頭を振ったフィリップを、ミナは揶揄うような笑みを浮かべて背中から柔らかく抱き締めた。

 

 「あら、私はいいの?」

 「ミナにだってホントは見せたくなかったけど、もう見ちゃったんでしょ? それに──」

 

 フィリップはそれ以上は語らず、これだけで十分だと言うように、自分を抱き締める腕に触れた。

 

 「──えぇ、そうよ。きみを守ることはあっても、守られるなんて御免だわ」

 

 ミナは怒ったような台詞を、愛おしそうに言った。

 

 ペットがどれほど強く有用でも、その後ろに隠れることは絶対にしない。 

 フィリップにとってシルヴァがそうであるように、ミナにとってのフィリップもまたそうだ。フィリップは一度シルヴァに庇われたが、二度と同じことをさせまいと自分自身に強く誓った。

 

 「……そろそろ行ったはずだ。出よう」

 「もう少しだけ。駄目?」

 「駄目。実はもう既に眠気がヤバいんだ」

 

 フィリップは身を捩って抱擁を逃れ、率先して部屋を出た。

 

 どうにも、抱き締められると条件反射的に眠たくなってしまう。

 ルキアとステラは温かくて柔らかいから仕方がない。ミナは体温が病的に低いが、マザーを彷彿させる匂いと柔らかさで、やはり眠気を誘発する。シルヴァも同じく体温が殆ど無いが、恒温のミナと違って、シルヴァは徐々にフィリップの体温に馴染んでいくので、抱き枕のように微睡を誘う。

 

 「女の人って、常に睡眠魔術でも纏ってるの? ミナもだけど、抱き合うだけで眠たくなるよ」

 「もしそうなら、馬鹿げた魔力の無駄遣いね」

 

 確かに、とフィリップは口元を緩めた。そんな無駄をステラが許すわけがないし、最大威力を誇るのはマザーだ。彼女がフィリップ相手に魔術を使うはずがない。

 

 それからしばらく、フィリップとミナは雑談に興じたり、夜の静けさを共有したりした。

 最近はルキアだけでなくミナも、フィリップの勧めで冒険譚や英雄譚の類を読むようになったから、性別や年齢どころか種族さえ違うというのに共通の話題が沢山あった。

 

 穏やかな時間が過ぎ、日付も変わろうかという頃。薄い月が天頂に至り、ミナが不愉快そうに表情を歪めた。

 

 「……フィル」

 「……来たの?」

 

 強張った声で問うと、ミナは不愉快そうに頷いた。

 

 「二つ下の階ね。それじゃあ──」

 「──行こう。化け物狩りだ」

 

 フィリップが口角を歪めて龍貶し(ドラゴルード)を抜き放つと、ミナも同質の笑みを浮かべて対の魔剣を手中に現した。

 

 「──えぇ、行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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