なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「中々厄介だな。動きを妨害する……というか、動作そのものを妨害するバリアみたいなのがある」
「ですね。近付き過ぎると、手足が痺れて攻撃を強制的に中断させられる。飛び道具か、リーチの長い武器でもあればいいんですけど」
フィリップとウォードは対戦相手から距離を取り、ひそひそと状況を確認し合う。
周囲のギャラリーはこの膠着をあまり楽しく思っていなかった──早く、先程のような超絶技巧を見せて欲しいと思っていたが、でもそれはそれとして、『実力の拮抗する強者同士の戦い』っぽくてカッコイイな、とも思っていた。なんだかんだ、いい見世物である。
フィリップもウォードも、行動阻害のバリアはジェームズをすっぽりと覆う透明な繭をイメージしているが、実際は衛星みたいなもので、ウォードの周りを周回軌道で守る5つの盾だ。そのどれかに触れると、筋肉を収縮させる電流を喰らってスッ転ぶ羽目になる。
「ルキアと殿下が言ってたんですけど、無敵って言うのは魔術的に有り得ないらしいです。例えば魔力障壁でも、強度と範囲と持続時間がそれぞれトレードオフですよね? つまり──」
「どんな防御魔術でも、硬いけど長持ちしないか、その逆か、ってことか」
フィリップは頷くが、この「硬い・脆い」「長い・短い」というのは、全て個人の中での相対評価だ。
ルキアにとっては脆い障壁も、一般の魔術師からすれば全力の防御を優に上回る硬さだし、ステラにとっては短くても、他からすると無限に等しかったりするのだが。
「魔術学院生としての見解は?」
「魔術師に聞いてください」
「オーケー、じゃ、やれるだけやってみよう。左右から同時攻撃だ」
「了解──!!」
作戦会議を終えると、フィリップが先んじて走り出す。
ジェームズの右側に展開したフィリップを陽動代わりに、ウォードは左側に展開する。
ジェームズはまた拍奪の歩法によく似た疾走態勢を取ったが、彼が駆け出す前に急加速して距離を詰めたウォードが鋭い突きを繰り出し、避けるために慌ててバックステップを踏んだ。
ステップ直後の隙を突いて、反対側にいたフィリップが大きく振りかぶった模擬剣による一閃を加える。
しかし、フィリップはまたしても筋肉が不随意に収縮して、今度は顔から地面にダイブする羽目になった。不幸中の幸いか、スピードが乗っていたから、フィリップは地面より先にジェームズにぶつかって、転倒の勢いはかなり弱まった。
「なんで僕だけ!?」
追撃を避けるために、今度は転がるのではなく模擬剣を振って足払いを掛けながら叫ぶフィリップ。
ジェームズは跳んで回避しようとしたが、蛇のような動きで伸び上がった剣に足首の辺りを打たれ、姿勢を崩して呻いた。着地でよろめいた隙を突いて跳ね起きたフィリップは、すぐさま全力で距離を取り、カバーしてくれていたウォードの後ろまで下がった。
「今の……もしかして、僕よりウォードの方が魔術耐性が高かったりします?」
「さぁ、どうだろう。そんなことは無いと思うけど……。あ、さっきのは良い動きだったよ、流石の柔軟性だね」
「えへへ、鞭使いですからね」
フィリップは照れ笑いなど溢しながら、ウォードとフィストバンプを交わす。
上に伸び上がる足払いは、フィリップがウルミを使って鍛えてきた柔軟性と、散々地面を転がされてきた経験から繰り出されたものだ。ちなみに、フィリップを地面に転がした主たる二人、ウォードとマリー相手には通じなかった。
ウォードは油断なく剣を構え、牽制に繰り出された槍の連撃を危なげなく弾いた。
「……多分、妨害するのは身体なんだ。身体に干渉して、動きを阻害してるんだと思う」
「というのは?」
「さっき、僕は刺突で牽制し、フィリップ君は斬り込んだ。君の方が彼に近かったから、君だけが妨害されたんだ。鍵になるのは距離じゃないかな」
フィリップは誰の真似か、ぱちりと指を弾いた。
「流石、龍狩りの英雄の師匠。天才ですね」
どう考えても過分な評価なのに、何処にも否定する部分がない称号で呼ばれて、ウォードは照れ混じりに苦笑する。
フィリップもニヤッと笑い返して、三度、地面を滑る蛇のようにも、低空を舞う鳥のようにも見える極端な低姿勢で突撃を敢行する。
ウルミには刺突攻撃なんてないが、この一週間はロングソードの扱いを主に学んできたフィリップだ。当然、刺突のやり方や身体操作も教わった。
ただ、残念ながら──。
「──へうっ!?」
フィリップは三度、地面を転がった。
ウォードはジェームズに対して攻撃してカバーするのではなく、倒れたフィリップを引き摺って下がることで隙を埋めた。途中、右腕が強烈に引き攣ったが、移動に支障はなかった。
「間合いが変わった……?」
「かもね。……もどかしいな。多分、速さでも技量でも、君は彼よりずっと上にいる」
フィリップを立たせたウォードは、フィリップと並んで剣を構える。苛立ち混じりの苦笑を横目に、フィリップも同質の苦笑を浮かべた。
ジェームズは魔術師だ。
多少は動けるようだが、それでも剣の技量に於いては、ウォードどころかフィリップにも及ばない。ウルミでも蛇腹剣でもない、出来損ないの模擬剣を持ったフィリップ以下だ。
あの行動阻害の魔術も、例えば衛士たちが身に付けていたような魔術耐性を強化する鎧でも纏えば、簡単に突破できるだろう。
絶対的な強さで言えば、それほど上位には入らない。
だが──フィリップとウォードのような魔術耐性に劣る相手には、一方的なほど強い。
「魔術師の弱点を補う魔術か。便利なものだね」
「……ですね」
ルキアやステラなら半永続的な魔力障壁の向こうから無限に魔術が飛んでくるか、即死級の攻撃魔術が目視不可能な速度で飛んできて終わりだ。そう考えるとジェームズはまだマシな方なのだが、それでも「白兵戦に弱い」という一般的な魔術師の弱点を克服していることには変わりなかった。
ウォードはちらりと、ロープの仕切りの外にある砂時計を見遣る。砂は半分ほどが下に落ちていた。
「……今度はこちらから攻めても?」
「その最強ガードが無くなるなら、どうぞ? そのまま突っ込んでくるなら、僕らは全力で逃げますけど」
「あははは! 流石に、本職の方と龍殺しの英雄を相手にできる技量はありませんから!」
ジェームズはハイになっているのか、心底楽しそうに笑いながら、また極端な前傾姿勢になった。
フィリップとウォードは顔を見合わせて、その場で迎え撃つ構えを取った。
行動阻害の魔術は拍奪の歩法より厄介だが、それだけだ。ジェームズがフィリップとウォードに対して優越し、二人が脅威と見做すのは、その一つだけだ。
その一つが、あまりにも強い。近付くだけで行動の自由を奪われるのだから。
だから──ジェームズが突っ込んできたとき、フィリップとウォードは何の合図も無く、全く同時に足元の地面を蹴った。
踏み込んだのではない。石ころを蹴飛ばすように、地面を薄く覆う乾いた砂を蹴立てたのだ。
「っ!?」
ジェームズは極端なほどの前傾姿勢で、両腕はフィリップを真似て後ろに流している。
そして今や移動式設置型魔術という、並大抵の才能では演算すら出来ない高等技術を行使している。それに要する集中力は絶大だ。それこそ、砂粒を防ぐ魔力障壁すら展開できないほどに。
「うわっ!?」
ジェームズが悲鳴を上げて立ち止まり、剣まで手放して両目を覆った。
フィリップとウォードは図らずも全く同じ戦法を選んだことに驚き、一瞬だけ顔を見合わせ、ニヤリと笑い合った。
ギャラリーからは多少非難の声が上がったが、マリーは満面の笑みでサムズアップしているし、ステラは「良い手だ」と腕を組んで頷いていた。ルキアは顎に手を遣って、自分ならどう対処するかを検討している。
「カバーする、下がれ!」
「わ、分かった!」
ジェームズは目を開けることも出来ないまま、よろよろと下がる。
その大きすぎる隙を補うように、槍兵が前に出た。
だが──ただリーチで勝るというだけでは、フィリップとウォードは止められない。
「良い武器ですね。ちょっとお借りします」
「えっ? あっ!」
フィリップが拍奪で攪乱した隙を突いて、ウォードが槍の柄を掴んで回し、足払いと組み合わせて槍を奪い取った。
盛大に転んだ槍兵の手から武器が失われ、審判役の生徒がキル判定を下す。彼は「すまん、ルメール君!」と悔しそうに叫び、ロープの外に退避した。ウォードが見事な体術を披露しなければ、フィリップの模擬剣にボコボコにされてキル判定が出ていたので、まだマシな死に様だろう。
ウォードは自分の模擬剣を持て余し気味に地面に置き、槍を構えた。腰に鞘でも佩いていれば納剣すればいいのだが、模擬剣風情にそんな大層なものは無かった。
構えはとても様になっていて、取ったから使うのではなく、使えるから奪ったのだと一目見て分かる。
「フィリップ君、僕の後ろに!」
「了解!」
リチャードはまだ目を覆って呻いていたが、フィリップもウォードも彼が無防備であるとは思っていなかった。
魔術師は集中力を欠くと魔術行使に影響が出るが、目に砂が入った程度で魔術能力の全てを失いはしない。魔力障壁でも先程の行動阻害でも、防御の一つや二つはあるはずだ。
その上で、それらをぶち抜けるかどうかが勝負だ。
ルキアやステラのような馬鹿げた魔力量でもない限り、魔力障壁は剣や槍で突破できる硬さと持続時間しかない。そしてあの行動阻害が高等なものであれば、今は使えないはず。
フィリップはそう考え、確かな勝算を持っていた。
ウォードは足を狙って槍を突き──ジェームズが攻撃を避けた時よりも遠い位置のはずなのに、大きく体勢を崩して攻撃を外した。
「分かった! 電気だ! フィリップ君、僕の模擬剣を使って突くんだ!」
「電──、っ!」
納得も疑問も一旦全部捨て置いて、地面に置き去りにされていた模擬剣と自分の模擬剣を交換する。
フィリップが今まで使っていたものは柄の部分が鉄剥き出しだったが、ウォードが使っていたものには、みすぼらしい革が巻かれていた。薄くて汚いが、最低限の絶縁性はあるのだろう。これのお陰で、ウォードは感電バリアに阻まれなかったのだ。
フィリップが剣を拾って突撃したとき、ジェームズは漸く水属性魔術を使って目の砂を洗い流したところだった。
ジェームズはフィリップとの距離が瞬く間に埋まるのを怖がったように、慌てて右手を突き出す。
あからさまな魔術照準を、フィリップは不敵な笑みで迎えた。避ける素振りも、怯えた様子も無い。
だって──
それでは駄目だ。
お上品に単体攻撃用魔術を使った時点で、フィリップには、拍奪使いには絶対に当たらない。
それを知らないということは、やはり、先の拍奪モドキはブラフか。
ジェームズは「しまった!」とでも言うように瞠目して、そして──フィリップの真横に、何かが爆音と閃光を伴って降ってきた。
フィリップは咄嗟に反対方向へ飛び退きながら目を庇った。聴覚に関しては、害となるレベルの音は勝手に遮断されるので端から気にしていない。だが瞼を閉じても視界が赤く染まるほどの光量だ。ごっ、と鈍い音と手応えが模擬剣を通じて右手に伝わったことなど、気にしている余裕は無かった。
視界のホワイトアウトが解けると、少し離れた所でウォードが昏倒しているのが見えた。フィリップとウォードのちょうど真ん中あたりの地面に、大きな焼け焦げた跡があった。
「ウォード!」
「フィリップ!」
「ルメール君!」
フィリップと、ルキアと、ジェームズのペアの軍学校生が同時に叫ぶ。
ルキアを始めとしたギャラリーが次々にロープを超えて模擬戦エリアに入り、負傷者やフィリップの方へ駆け寄った。
「ふ、負傷者発生! 誰か、校医先生呼んできて!」
フィリップは視界の真ん中にぼんやりと残像が残っているのを感じながら、心配そうに駆け寄ってきたルキアとステラに笑いかけた。
「大丈夫、大丈夫です! ……今のは、雷でも落ちたんですか?」
「そうだ。上級攻撃魔術『ライトニング・フォール』。……当たれば即死、掠めても即死、ちょっと離れたくらいでは側撃雷に打たれて即死。まぁまぁ強い魔術だよ。……明らかに過剰攻撃、ルール違反だ」
ステラの説明になるほど、と頷くフィリップの目は、微妙に焦点が合っていなかった。視界の真ん中にしつこく残る残像のせいで、遠近感が曖昧になっている。
ルキアはフィリップの身体を頭頂部から爪先まで注意深く観察し、怪我が無いか確かめていた。ステラは中央塔の方を何度も振り返り、ステファンが来るのをじれったそうに待っている。
「……フィリップ、大丈夫? 絶対に当たってはいないと思うのだけれど」
そりゃあ当たっていたら黒焦げになっているのだが、ルキアの言い方はなんだか妙だった。
曖昧に笑って首を傾げたフィリップに、ステラが補足をくれる。
「命中寸前で、ルキアが魔術の制御を奪って外させたんだ。側撃雷を発生させないように制御しつつ、誰もいない場所に落としたわけなんだが……魔力障壁で良かったんじゃないか? まぁ、どちらにしても光と音は防げなかっただろうが……っと、ボード先生が来たな。一応診てもらえ」
ステラに言われるがまま、フィリップは少しふらつきながらステファンのところへ向かった。
魔術学院の学校医であるステファンだが、まずフィリップの模擬剣がクリーンヒットしてぶっ倒れているジェームズを診たあと、優先的に落雷の大音響と閃光で気絶したウォードを診た。
未だに視界のど真ん中に居座っている残像以外には目立った影響もないフィリップは、二人の処置が終わるのをのんびりと待っている。
ステラはフィリップの魔力情報から大まかに健康状態を読み取って、安堵の息を吐いた。そして質問を投げていたルキアの方に振り返ると、彼女もちょうど、フィリップの魔力を見終えたところだった。
視線に気付いたルキアは、何でもないことのように肩を竦めて答えた。
「相手にそのまま当てようと思ったのだけれど、フィリップが近かったから止めたのよ。感電死した死体って、見るに堪えないでしょう?」
ステラは何も言わなかったが、それは彼女がフィリップを守る魔力障壁の展開と同時並行で、ジェームズを吹き飛ばす威力の魔術を準備していたことと無関係ではなかった。
クトゥルフ神話要素の強さ塩梅
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多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
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多いけどまあこのぐらいで
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ちょうどいい
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少ないけどまあこのぐらいで
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少なすぎる。もっとクトゥルフしていい