なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 魔術学院・軍学校交流戦のメインイベントその1であるペア戦は、前回同様、中庭五か所、砦外周部二十四か所の区画ごとに分かれて行われる。

 前回は外周部の正門からほぼ真逆の位置という最悪の区画に割り振られていたフィリップだが、今回は中庭の真ん中だった。有難いことに、ルキアとステラも同じ区画だ。これで順番を気にする必要は無くなった。

 

 これ幸いと、フィリップたちは一番最初にペア戦をすることにして、誰が初めにやるかでモジモジしていた集団の中で高らかに名乗りを上げた──のだが。残念ながら、フィリップはもう「魔術師なのに剣を持ってるよく分からんガキ」ではなく、「知る人ぞ知る龍殺しの英雄」だ。

 その後に模擬戦をするのは、流石にちょっとハードルが高かった。ただでさえ王女殿下御観覧で「無様なモノは見せられないぞ」とプレッシャーがかかっているのだ、これ以上は御免だった。

 

 とはいえ、誰も面と向かって「駄目だ」とは言えなかったので、結局はフィリップの要求通りになったのだが。

 

 「……そういうわけで、僕らが一番手です。気楽に行きましょう、ルメール様」

 「胸をお借りします、カーターさん」

 

 一番手の方が却って緊張しにくいらしいフィリップが準備運動しながら言うと、対戦相手のジェームズが生真面目に一礼した。学年の上では後輩だが年上で貴族という難しい関係だが、今のフィリップに上下関係──いや、人間関係に対する拘りは全くと言っていいほどに無かった。

 

 「僕もなるべく早く終わらせて、今夜の為に昼寝しておきたいので……ウォード、初めから前衛二枚で行きますよ」

 「うん。でも、それは向こうも同じみたいだね」

 

 フィリップとウォードのペアは二人ともロングソードの模擬剣を持っている。対して、ジェームズはロングソードを、彼のペアは刃の殺された模擬槍を持っていた。

 

 剣と比べてリーチに優れる槍をどう使ってくるか。

 ジェームズが後ろに下がって槍兵が前に出れば、フィリップたちを間合いで牽制しつつ、ジェームズが遊撃するオーソドックスな槍・剣の連携だ。逆にジェームズが前に出た場合、槍はやや後方からジェームズの隙を潰し、ジェームズは攻撃に専念する攻撃特化の陣形になる。

 

 間合いで劣るフィリップたちとしては、後者の方がややありがたい。どちらにせよ槍は邪魔だが、ジェームズが後ろに居ると、魔術が飛んでくる可能性を警戒しなくてはいけないからだ。

 

 果たして、杭とロープで区切られた模擬戦エリアに入った後、ジェームズは槍兵の前で剣を構えた。

 

 「フィリップ君、分かってると思うけど、手加減を忘れずにね。刃が無いとはいえ、本気で振っちゃ駄目だよ」

 「おっと、そうでしたね」

 

 フィリップは龍貶し(ドラゴルード)とは長さも握った感覚も重心も何もかもが違う模擬剣を空振りして感触を確かめながら、不満そうな顔でウォードに応じた。

 手加減するのが不満なのではなく、武器が不満なのだ。龍貶し(ドラゴルード)はフィリップのために作られた武器だし、フィリップの戦闘スタイルに合わせて設計されている。グリップもそうだし、重心の位置も、刃や中心軸の剛性に至るまで、何もかもがフィリップの戦い方に最適化されている。

 

 それが見習い鍛冶が練習に打った鉄の棒に置き換わったのだ。日頃の訓練でも触っていたから調子を崩すことは無いにしても、ミナ相手の模擬戦ではずっと使っていた愛剣と比べると、掌中のものはゴミ同然だった。

 

 フィリップとウォードは横並びから、フィリップがやや先行する陣形を取った。回避タンクのフィリップが前衛、ウォードはその補助と遊撃を担うフォーメーションだ。

 

 「両者、構えて──始め!」

 

 開始のホイッスルと共に、10分を測る大ぶりな砂時計がひっくり返される。

 今回も前回同様、有効打が入った瞬間に終了で、どれだけ泥仕合でも10分経過で強制終了のルールだ。

 

 開始直後、フィリップとジェームズは殆ど同じ姿勢で、殆ど同じタイミングで全力で距離を詰めた。

 

 「──っ!?」

 

 驚いたのはフィリップたち二人だけで、ジェームズは猛然と突っ込んでくる。

 まさか、フィリップと同じ──そして彼の兄であるリチャードと同じ『拍奪』使いかと思った二人だが、周りで見ている生徒たちには、それがただのブラフであることが分かっていた。

 

 ジェームズの動きは正面から見るとフィリップと全く同じだが、横から見るとフィリップの動きより明らかに荒く、確立した技術というより猿真似という印象を与える。魔力放出とその分布観測による拍奪破りが出来るのはルキアとステラくらいだが、彼女たちには最早、二人の動きは全く別なものに見えていた。

 

 暫定的に相手も拍奪使い──記憶にあるソフィーのような敵手だと定義したフィリップは、嘆息したいのをぐっと堪えた。蛇腹剣やウルミなら拍奪の歩法に対してある程度の牽制力があるのに、という嘆きは大きいが、戦闘中の一呼吸は大切だ。

 

 フィリップは感情の表明の代わりに脳の回転に酸素を使い、敵の思考を探る。

 相手は拍奪使いの剣士、つまりフィリップみたいなものだ。フィリップならソフィーが相手の場合、相対位置認識は全力で前に誤魔化していた。ソフィーの方がリーチがあるから、一発無駄に打たせないと安心して距離を詰められなかったからだ。

 

 そして、ソフィーはそれを予測して──流石の彼女も目と脳で物を見ている以上、拍奪を見切るのは不可能だった──自分は相対位置を後ろに欺瞞しながら、攻撃に遅延を入れてきた。結果としてフィリップは過剰に距離を詰め、彼女の間合いに自分から突っ込んだわけだ。

 

 ジェームズはどれほどの使い手なのか。

 まさかソフィーのレベルではないだろうが、彼は魔術学院でAクラスに籍を置く優れた魔術師だ。フィリップの知らない魔術的な方法で拍奪を看破してくる可能性もある。

 

 思考に許された時間は1秒。

 フィリップは結局、愚直に距離を詰めることを選んだ。

 

 僅かに眉根を寄せたウォードが後ろに続き、フィリップをカバーする位置に就く。相手がリーチで勝り、更にカバーに長柄武器がいるのに単身で距離を詰めるのは、ウォードからすると愚策だった。

 

 だが、フィリップは根本的に、人間の攻撃に対する脅威判定が狂っている。

 きちんと戦う相手に意識が向いていれば、訓練の成果と痛みへの忌避感で戦術的判断を下すことも出来るが、今は突然のことで判断精度が著しく落ちていた。

 

 「──、?」

 

 牽制程度の遅い一撃を繰り出したフィリップは、ジェームズがスウェイで避けたことに違和感を覚えた。

 

 拍奪使いが攻撃を避けるのは、相手の攻撃が()()当たる軌道だった時だけだ。フィリップはいまジェームズを狙って攻撃したが、狙った時点で当たるはずがないのだ。お互いに拍奪を使っているからと言って、効果が相殺されるようなことはない。その場合はどちらも攻撃を当てられない、先にスタミナが切れた方が負ける泥沼に陥る。

 短期決戦が望みなら、勿論、無理矢理に距離を詰めて鍔迫り合いの形に持ち込み、力勝負で決着するのが一番だ。尤も、フィリップはその構図を作らせないことを念頭に置いて訓練されているのだが。

 

 初撃を躱されたフィリップはバックステップを踏み、カバーに入った槍兵の刺突を躱す。後隙に差し込まれた攻撃は、こちらもバックアップであるウォードが間に入って受け流した。

 

 「……あれ、ブラフかもしれません」

 「それこそがブラフかもね。警戒して」

 「はい」

 

 フィリップとウォードは言葉少なに情報を共有すると、また同じ陣形で攻撃姿勢に入る。呼応して、ジェームズもフィリップとよく似た疾走姿勢を取った。

 

 彼我の距離は一瞬で埋まる。

 ジェームズはそんなに動きが速くないようだが、それでも15歳男子の運動神経だ。フィリップは極端な前傾姿勢での疾走に慣れているが、やはり基礎的な運動能力に差がある。結果として、二人の速度は同じくらいだった。

 

 今度はジェームズが先んじて剣を振り──フィリップの身体を透けたように空を切る。

 

 当たらない。拍奪使いを相手に、狙った攻撃は絶対に当たらない。だから避ける必要がない。

 

 フィリップはジェームズの青い瞳が、一瞬だけ驚愕に揺れたのを見逃さなかった。

 なるほど、と心の中で呟いて、攻撃の後隙を埋めるように突き出された槍が見当違いの場所を穿つのを横目に見ながら、ジェームズの首を切り落とす。

 

 頸椎を折る前に手加減のことを思い出したフィリップは、そういえばそうだったと安穏と、勝ちを確信しながらブレーキをかけて──不意に右半身の制御を失い、次に踏み出すはずだった右足がストライキして、思いっきり転倒した。右手には剣を持っていたが、上腕部と手首が収縮した上に強張って、手を突くどころではなかった。

 

 こけた後、ごろごろと地面を転がったのはわざとで、ジェームズの追撃から逃れるためだ。彼は追撃のそぶりを見せなかったので、そこまで慌てる必要は無かったかもしれないが。

 

 ギャラリーからは心配そうな声に混じって、歓声と、驚愕の声も上がっていた。

 心配は勿論、大転倒したフィリップに対して。そして歓声と驚愕は、フィリップが極めて高難度で有名な拍奪を使ったことと、それを破ったジェームズに対してだ。

 

 フィリップの転倒は偶然ではなく、ジェームズが防御した結果だった。

 

 「フィリップ君、立って!」

 

 ウォードが庇う位置に移動しながら鋭く言う。

 言われるまでも無いと跳ね起きたフィリップだが、右半身、特に右腕と右足がびりびりと痺れていた。

 

 「大丈夫?」

 「えぇ。今のは……魔術?」

 

 疑問符が多分に含まれた声を上げているのはフィリップだけではない。ギャラリーの半分はそうだった。

 残る半分は、全員が魔術学院生だ。彼らはジェームズが自分の周囲に設置型魔術を伏せていることに気が付いていたが、魔力感知能力に優れた彼ら以外には、フィリップがただただ転んだように見えただろう。

 

 ルキアとステラはフィリップが擦り傷以上の怪我をしていないことを確認して、ジェームズの周りに浮かぶ微小な魔力反応に目を向けた。

 

 「……上手いじゃないか」

 「そうね、効くかどうかは相手次第だけれど……フィリップには見えないでしょうし」

 

 珍しく、ルキアとステラが感心したように呟いた。

 二人の目には、他の魔術学院生以上に詳しい情報が映っている。一目見ただけで、どんな魔術で、何処に配置されているのかが分かるほどだ。

 

 ジェームズが使ったのは、シンプルな反応起動型設置魔術。『ヴォルカニックマイン』などと同じ、設置場所に相手が近付くと起動するタイプだ。効果も同じくらい単純で、ルキアに言わせれば、弱い。だがステラの言った通り、上手い使い方だ。

 

 魔術の効果は『放電』。電流量も電圧も大したことは無い、地味な魔術だ。

 だが──人間の動きとは即ち、筋肉の動き。筋肉の動きを司るのは脳と脊髄だが、そこからの命令は電気信号によって伝えられる。数十ミリボルト程度の、微弱な電気信号だ。……では、それを上回る電気を流せばどうなるか。

 

 言うまでも無く、筋肉は不随意に収縮し、痙攣し、誤作動を起こす。

 焼け死ぬような電流は必要ない。爆発的な電圧は必要ない。それでは魔力消費も大きいし、看破される可能性も高くなる。

 

 ほんの少し──手足が痺れて、きゅっと縮まってしまうくらいでいい。それも一瞬で十分だ。

 白兵戦に於ける一瞬は、自分の体勢を立て直すにも、相手の隙を突くにも、十分すぎるほどのアドバンテージなのだから。

 

 「フィリップ──」

 「──おい待て、外野からの助言はルール違反だし、あいつの為にもならない」

 

 声を上げようとしたルキアを、ステラが脇から小突いて止める。

 ルキアは肘の食い込んだ脇腹を押さえて顔を顰め、「……頑張って、と言おうとしただけなのだけれど」とぼやいた。

 

 

 

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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