なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 結局、ミナの無実は証明できなかったが、ミナの有罪もまた証明されなかった。

 吸血鬼だから、人食いの化け物だからという理由で追及されたものの、フィリップとステラが断固として否定したし、最終的には「その理屈で言うなら、人間だって同族を殺す生き物でしょう?」というミナの言葉に、教師たちは誰一人として反論できなかった。

 

 フィリップたち価値観破綻者組は──誰のことかは言うまでもないだろう──ミナの痛烈な反論には一ミリたりとも心を動かされず、「ペア戦の練習、全然してませんでしたね」なんて交流戦のスケジュールについて話しながら地下牢を後にする。

 ウォードはフィリップの後について来たが、地下牢での会話に今一つ納得がいっていないのは表情から見て取れた。

 

 「……ねぇ、フィリップ君。ウィルヘルミナさんはホントに無実だと思う?」

 「勿論」

 

 ウォードが何か言いたげなことには気付いていたが、フィリップはあくまで文面通りの問いとして答えた。

 事実としてフィリップはミナの無実を信じているというのもそうだが、何より、この一週間ミナに色々と教わってきたはずのウォードが、まだミナのことを誰彼構わず血を吸って殺すような分別の無い怪物だと思っていることが、フィリップには妙に腹立たしかった。

 

 まあ、ミナは分別を持っているだけで、本質的には人並み外れた強さを持ち、人並みの価値観には絶対に共感できない化け物だ。

 フィリップの血を定期的にごく少量飲むだけで満足しているのは、既に10万以上の人間を吸い殺しているからだ。これ以上のストック増産に意味や魅力を見出していないから、ルキアとステラとヘレナを同時に相手取ることになる可能性を厭っているに過ぎない。

 

 だからウォードの懸念は、むしろ正解だった。

 

 「……でもさ、フィリップ君、君だって他人のパンを摘まみ食いしちゃったら隠すだろ? 彼女がそうじゃないって言い切れるかい?」

 「さぁ? でも、つまみ食いって怒られるから隠すだけで、トイレみたいに“隠さなきゃいけない”ものじゃないでしょう? それに、ミナのつまみ食いを咎める……咎められるのはルキアと殿下と、あとは学院長ぐらいですけど、学院長先生はここにいないし、ルキアと殿下は見知らぬ他人が喰われた程度じゃ怒らないし、隠す必要性は感じないと思いますよ」

 

 ついでに言うと、ミナは多分人間のことを「食べてはいけない他人のパン」どころか、「店先に置かれた試食自由のパン」くらいにしか認識していないと思われる。それを態々教えて、ミナに対する隔意を増幅させるメリットは何一つないので、何も言うまいが。

 

 ウォードはまだ何か言いたそうにしていたが、フィリップは気付かないふりをして、いつもの将官用談話室にそそくさと避難した。

 ミナがそのすぐ後ろに続き、ルキアとステラは何事か真剣な口調で話し合いながら少し遅れて部屋に入った。ウォードは追いかけて問い詰めるべきかと一瞬だけ逡巡して、結局、君子危うきに近寄らずと踵を返した。

 

 フィリップたちが遅めの朝食を摂っていると、いつもは酒瓶の並んだ棚を物色してからソファで寛いでいるミナが、今日は珍しく食卓でステラの隣に──フィリップの斜向かいに座った。

 ミナは何事か考え込むような物憂げな視線をフィリップに向けていたが、ややあって、深く長い溜息を吐いて問いを投げる。

 

 「ねぇ、フィル。きみはアレを──昨日、私が遭遇したモノを知っているのよね?」

 「んっ……ん? ん。んーっ!」

 

 フィリップはフォークで刺した干し肉を噛み千切ろうと奮闘しながら適当に答える。

 食事の質が王都のものから大きく落ちるのは仕方のないことだが、この干し肉は稀に見るハズレだった。ステラはくすくす笑っていたが、ルキアは「行儀が悪いわよ。ちゃんと切ってから食べなさいな」と諫める。フィリップも勿論ナイフを使ったが、繊維に引っ掛かって上手く切れなかったのだ。結局、フォークごと皿の上に投げ出した。

 

 「無理だこれ、硬すぎる。……で、えーっと、何だっけ、ティンダロスの猟犬の話だっけ?」

 「アレはそういう名前なの? 目で見えているのに、その形を頭が認識できないような、妙な魔物よ。死体安置所の臭いは知らないけれど、確かに死と腐敗に近い臭いを纏っていたし……」

 

 ミナの言葉に、フィリップはナイフも通らない干し肉と格闘しながら、こくこくと頷く。

 地下牢ではウォードとマリーもいたから詳しい話は出来なかったが、その情報だけで十分だ。ミナが遭遇したのはティンダロスの猟犬──少なくともそれに類似した何かであることは間違いない。奴らの落とし仔であるティンダロスの交雑種かもしれないし、或いは飼い主であるティンダロス領域の住人である可能性も無くはないが、この歪曲時間に侵攻してくるとしたら猟犬だろうし、フィリップは既に、この砦で猟犬と遭遇している。

 

 「ミナが仕留め損なった時点で分かってるだろうけど、奴らは強いよ。ミナも──ん? 待って? そういえば、なんでミナは夜中に出歩いてたの? トイレ……じゃないか、排泄機能は無いもんね」

 「あぁ、それ。この愚か者たちが夜中に特大の魔力反応を撒き散らしたから、きみの部屋に避難しようとしていたのよ」

 

 不愉快そうに言うミナだが、ルキアとステラは気にしていないようだった。むしろ、フィリップが一番申し訳なさそうにしている。

 

 「あー……ごめん、それは僕がお願いしたんだ。奴らから身を守れると思って。……一応聞いておきたいんだけど、ミナはどう思う? 空間隔離魔術で、猟犬から身を守れると思う?」

 「可能でしょうね。あの概念の炎、月が無かったとはいえ私の手が焼ける強度だったもの」

 

 フィリップとステラはミナの手に目を遣るが、左右どちらも傷一つない真っ白な肌だ。

 相手がミナでなければ比喩的な表現か、大袈裟に言っているのかと思うところだが、彼女は不死身の化け物だ。一瞬で再生したのだろうと察しが付いた。

 

 フィリップはむしろ、自分が突破できなかったから猟犬も無理、というロジックが気になった。少なくとも、目の前の干し肉が切れないのはナイフの切れ味の問題ではないかという疑問よりは。

 

 「……つまり、ミナの方が猟犬より強いってことだよね?」

 「強い? さぁ、どうかしら。魔術だけじゃなく刃まで通じないのなら、私だってお手上げよ。殺されはしないにしても、殺すことも出来ないわ」

 

 フィリップはしっかりと頷いた。

 古龍もそうだったが、強力な防御を持った手合いは厄介だ。逃げ切れても、殺されなくても、こちらの攻撃が届かない以上、“戦い”が出来ない。必然的に、一方的な蹂躙になってしまう。

 

 「防御性能……空間歪曲。あれが問題だよね、やっぱり」

 「空間が正常だろうと曲がっていようと、とにかく“燃やす”ような馬鹿げた魔術でも使えなければ、あれを殺すのは難しいでしょうね」

 

 肩を竦めて言うミナに、ステラは我が意を得たりとばかり獰猛に笑った。

 

 「つまり──私の出番か」

 「ですね。殿下は引き続き、ルキアと一緒に自己防衛に徹してください。今夜がこの砦で過ごす最後の夜です。幸い、今日はペア戦だけなので体力は残ると思いますし……ミナ、目を瞑ったまま戦えるよね?」

 

 フィリップはステラからナイフを借りながら、さも当然のように言った。そしてミナも、当然のように肩を竦めて応じる。

 

 ステラは「私も戦うと言ったつもりなんだが?」と両掌を天に向けたが、フィリップは「冗談でしょう?」とでも言いそうな笑顔を浮かべて黙殺した。ミナが大丈夫だったから自分も大丈夫だとでも思ったのだろうが、発狂のリスクは消えていないし、そもそもティンダロスの猟犬の奇襲性能は尋常ではない。

 空間隔離魔術の中に隠れていれば安全だろうが、自分から打って出るのはやはり危険だ。

 

 「よし、じゃあ、今夜は僕と一緒に狩りだ」

 「……フィル、きみ、自殺願望でもあるの?」

 「まさか。ただ、ルキアと殿下の寝ている傍を奴らが這いまわるのは怖いし──」

 

 怖いなんて言っておきながら、フィリップの口元には傲慢な笑みが浮かんでいた。意識してのことではないが、それ故に、ルキアとステラに危惧を抱かせる凄味のある笑みだった。

 

 「僕の近くをウロチョロされるのも不愉快だ。目的が分からないのなら殺しておいて損はない。それだけだよ」

 

 明確な敵でないなら無視すればいいのに、と思ったミナだが、口許には僅かながら笑みが浮かんでいる。

 手応えのある敵と戦う喜びに目覚めた──というわけではなく、単にペットと一緒に遊ぶのが好きなだけだ。剣術指南や戦闘術指導も楽しくはあるが、たまには二人で同じ獲物を狙うというのもいいだろう、なんて考えていた。

 

 「そう。……まぁいいわ、付き合ってあげる。なら昼間は寝ていていいかしら? 地下牢は寝心地が悪くて……ふぁ……寝不足なのよ」

 

 よく全員殺して脱出しなかったな、と思ったフィリップだが、もしもミナの眠気がもう少し弱く、微睡を殺意が上回っていたら、地下牢でミナを見張っていた教師たちは二秒以内に全員殺されていた。

 

 そんなことは知らないし、たとえ知っていてもどうでもいいフィリップの関心は、ミナの寝不足より今日のメインイベントであるペア戦にあった。

 

 「え? でも、ミナは一応、ルキアとペアなんでしょ? いいんですか?」

 「構わないわよ。どうせ、相手はステラとマリーだもの。マリーが私とステラの撃ち合いに介入できるくらい強くなっていたら、話は別だけれど」

 

 軽く肩を竦めて言うルキアだが、とんでもない要求水準の高さだった。

 マリーは強いが、流石にそこまでではないだろうな、とフィリップにも分かる。なんせ二人の撃ち合いは膨大な魔力に物を言わせた無理矢理な防御とカウンターが前提になっている。当たれば死ぬ威力の魔術が、避ける場の無い密度で、避ける間もない速度で飛んでくるのだから。

 

 「今年はカーターのことを知っている者も多いし、試合の順番は一番最後にするんだぞ?」

 

 フィリップは干し肉を切るのに龍貶し(ドラゴルード)を抜くべきか真剣に悩みながら、こくこくと頷いた。

 

 

 

 

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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