サッカー選手では前例のない手術――J優秀選手の奈良竜樹が、怪我と向き合い見つけた役割 #病とともに
華やかに見えるプロスポーツの世界。しかし、その裏側で、選手たちはさまざまな葛藤を抱えている。アビスパ福岡でキャプテンを務める奈良竜樹選手(31)もその一人だ。プロ15年目のディフェンダーで、これまでに5つのタイトルを獲得。世代別日本代表として国を背負い、Jリーグ優秀選手にも選ばれた実績も持つ。しかしその華やかに見えるキャリアも、順風満帆だったわけではない。ピッチに立つたびに感じる喜びの裏で、奈良選手は繰り返される怪我に苦しみ、長期間試合に出られない時期も続いた。しかし、ピッチを離れる時間があったからこそ、自分自身と向き合い、手にすることができた価値観があった。2025年7月16日のギラヴァンツ北九州戦で、怪我から再復帰した奈良選手の約1年におよんだリハビリの葛藤とピッチ外で見つけた取り組みを追った。
夢を叶えた先で繰り返される試練
奈良選手は北海道 ・北見市出身。友人の影響でサッカーを始め、地元 ・北海道コンサドーレ札幌でプロデビュー。その後、川崎フロンターレなどを経て、現在はアビスパ福岡のキャプテンを務めている。
そのキャリアの中で常に奈良選手に付きまとったのが怪我だった。とくに左膝の痛みに悩まされてきた。痛みや違和感を我慢しながらプレーを続けていたが、100%でプレーできない状況に終止符を打つため、2024年6月、奈良選手は“複合靭帯再建術”というサッカー選手では前例のない大きな手術を受ける。ドクターからは「全治10〜12ヶ月」「良くなる保証はない」と告げられていた。
「サッカーをしている自分を忘れてしまいそうになるのがきつい」
プロとして当然だった日常が、少しずつ遠ざかっていく感覚があった。そんな中で、奈良選手はある問いに向き合うようになる。
「ピッチに立てない今、自分にできることは何か」「プロサッカー選手としての経験を、どう社会に還元できるか」
それは若い時には考えもしない問いだった。
内面的な変化と、クラブ初のタイトル
「プロキャリア初期は、自分中心の選手だった」
奈良選手は若い時をこう振り返る。世代別代表として国を背負った経験もあり、「もっと上を目指せる」という個人的な目標や理想に燃えていた。だが、現実のプロ生活は理想通りにはいかず、怪我や葛藤を繰り返すなかで、少しずつ自分の価値観にも変化が生まれた。
特に大きな転機となったのが、期限付移籍を経て完全移籍した自身5つ目のJリーグチーム、アビスパ福岡で2023年からキャプテンを任されたことだった。「自分が変わるチャンスだった」と当時を振り返る。自身の覚悟を深める大きなきっかけとなったという。
そしてキャプテンに就任したこの年、ルヴァンカップでアビスパ福岡をクラブ初のタイトル獲得へ導いた。長くJ2にいたクラブが初めて手にしたタイトルだった。奈良選手は、ピッチ上で涙を流しながらこの優勝を噛みしめた。
「アビスパのタイトル獲得と自分自身のキャリアは重なる部分があり、感慨深いものがあった」
大きな手術を決断したのは、この翌年のことだった。
支えてもらったからこそ、今度は誰かを支えたい
奈良選手は手術後のリハビリ期間中である2024年10月、地域貢献活動 『ROOT PROJECT』を立ち上げる。それはかつて自分中心だった奈良選手が“支えられる立場”から“誰かを支える立場”へと歩みを進めた証でもあった。
病院で患者と体を動かしたり、小中学生に自身の経験を語ったり、自治体と連携して地域の魅力を発信するなど、活動のかたちはさまざま。ただ、共通していたのは、地域の人たちと同じ時間を過ごすなかで、生まれる笑顔だった。
2025年のシーズン直前、活動の一環として、ある病院で、入院患者と一緒に風船でボールゲームなどをして汗を流した。その時の入院患者たちの笑顔は、復帰に向けてのパワーになったという。その後、病院の職員と交流し、敬意と感謝の想いを伝えた。活動に参加した看護師はこう話す。
「患者さんから 『入院してよかった』と言われました。本当に勇気をもらえる活動でした」
ROOT PROJECTはこれまでに9プロジェクトを実施し、参加人数は約750人にのぼる。
奈良選手は話す。
「自分自身、これまで活動してきて、活動の数だけ、充実感だったり、学びだったり、いろんな気づきが得られるっていうのが分かった」
「これからは本当に参加者の皆さんがこの活動を通してどう思えたのか、どういうものを得る体験になれたのかっていうところを突き詰めていきたい。参加者の方々の視点に立ってやることが大事なのかなって。自分たちだけじゃなくて、関わる皆さんにとってより良いものにしていきたいということは考えています」
再離脱、そしてなお続くたたかい
2025年4月。手術からおよそ10ヶ月が経ち、奈良選手はついにピッチに復帰する。だが、復帰後に膝の痛みが再発。腱への負担が原因で、再び離脱を余儀なくされてしまう。
「この膝の違和感が、どこかでずっとブレーキになる感じがある」
その言葉には、これまで積み重ねてきた苦しみがにじむ。けれど彼は、前を向いて歩み続ける。不安や痛みを抱えながらも、あきらめることなくリハビリに取り組む。
「1人でできることには限界がある」「いま、苦しいことが目の前にあったとしても逃げずに向き合ってほしい。もし一人で難しいときは、周りに頼ってほしい。困難を乗り越えることで、次の道が切り開かれる」
そんな思いを胸に、仲間や地域とともに歩む未来を見据えているから、前を向けるのだ。
それはROOT PROJECTを通じて、奈良選手が“自分の役割”を見つめ直すことができたからこそ、口にできるようになった言葉なのかもしれない。支えてもらうだけでなく、誰かを支える存在に。地域と関わることで、自分自身も力をもらえた。
そして今、彼はその想いを胸に、再びピッチを目指している。
「またピッチに戻って、チームの力になりたい」
その言葉には、プロサッカー選手としての誇りと覚悟がにじむ。ピッチの外で得た学びとつながりを、ピッチの上でも発揮するために。
奈良竜樹は、歩みを止めない。
※2025年7月16日、奈良選手は、天皇杯ギラヴァンツ北九州戦で実戦復帰を果たした。90分間プレーし、チームの勝利(0-0 延長戦の末PK勝ち)に貢献した。
「とりあえず90分しっかりプレーできたのも良かったかなと思うし、延長PKまで戦ってくれた、そして最後勝ち切ってくれたチームメイトに本当感謝したいなと思います」ーー試合後の奈良選手の言葉。
※本コメントはアビスパ福岡広報を通じて取材されたインタビューより引用。
【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】
クレジット
監督・撮影・編集 松田岳
整音 山川貴基
プロデューサー 小林実歩 金川雄策
記事監修 飯田和樹
撮影協力 ・素材提供
アビスパ福岡
川崎フロンターレ
Jリーグ
白十字病院
ナガタ農園
新宮小学校
西村神経整体院