女性が「産む道具」にされる未来は空想か「ディストピアの芽は常に」
20日に投開票された参院選では、党の代表が「間違えたんですよ。男女共同参画とか」などといい、女性が仕事に就かずに子育てをする選択がしやすくなるよう、子ども1人あたり月10万円を給付するという公約を掲げる政党が躍進しました。選挙期間中、各地で「女の役割を決めつけるな」「少子化を女のせいにするな」などの抗議活動が起きました。
なぜこうした言説は危険なのか。カナダの小説家マーガレット・アトウッドの小説「侍女の物語」の続編「誓願」を翻訳した、翻訳家で文芸評論家の鴻巣友季子さんは、結婚や出産への国家の介入は「ディストピア(超監視管理社会)の条件だ」と指摘します。
――「侍女の物語」(1985年)の舞台は近未来のアメリカ合衆国。キリスト教原理主義者のクーデターにより、独裁国家「ギレアデ共和国」が誕生。政治は一部の男性が行い、女性は仕事も財産も名前も奪われ、健康な女性は子を産む道具「侍女」として、子どもを産むことに専従させられる。その続編である「誓願」(2019年)は、侍女の物語から15年後の世界が描かれます。
刊行された当時、「侍女の物語」は極端な世界を描いた小説だと受け止められていました。しかし16年に妊娠中絶に反対するキリスト教保守派の支持を受けたトランプ大統領が当選すると、ディストピア的な独裁政権や、キリスト教超保守派の台頭、学術・芸術への弾圧などを予言したと言われるようになりました。
実際に米国では22年、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた判決が覆され、侍女の扮装をした女性たちが抗議の声をあげました。
結婚や生殖への国家の介入・管理はディストピア的な思想
――小説ではギレアデになる前の米国は、地震や自然災害、悪化する経済など負のスパイラルに陥っていたと描かれます。今の日本もかけ離れた状況とは思えません。
作品で特に強調されているのが少子化です。「侍女」と呼ばれる女性たちが性や生殖に関する自己決定権を奪われ「産む機械」にされる背景には、環境汚染のため妊娠できる女性が減り、避妊・中絶の普及により出産数が減ったことが示唆されます。
――子どもを産むことと女性の価値を結びつけるような考えは、なぜ危険なのでしょうか。
結婚や生殖、子育てというのは、人間の極めてプライベートな自己決定権と尊厳に関わります。それを国家や共同体が介入・管理したがるのはディストピア的な思想です。他の文学作品や、実在の独裁国家を見てもわかります。
出産や育児にはお金がかかりますから、国が支援することは必要です。
しかし出産の見返りに報奨金を払ったり、何らかの負担を減免したりするような政策は、生殖能力や女性の身体を資源化するような非常に危険な発想で、こうした政策をとった国家は「ギレアデ」化します。
アトウッドが小説のモデルのひとつとした1980年代のルーマニアでは、チャウシェスク独裁政権下で5人の子供を持つまで中絶は事実上禁止されていました。
少しの真実をベースに、都合よくデマを交えた主張も
――ディストピアでは他にどういうことが起きるのでしょうか。
知とリテラシーの抑制や文化や学術、芸術への弾圧です。ギレアデでは一部の階級を除き、女性たちは読み書きを禁じられます。こうしたことはアフガニスタンで女子教育が制限されているように、今も現実世界で起きています。
知へアクセスできる人が限られる社会では「悪徳通訳」がはびこります。誰も原典にあたって事実を確かめることができないため、例えば、聖書にはこのように書かれていると、都合の良い部分を好きなように解釈して、あたかも真実のように語るのです。今回の選挙戦で、一部の候補者が、少しの真実をベースに、都合よくデマを交え排外的な主張を展開したように。
米国でもトランプが予算などの権力を使い、大学への攻撃を続けています。日本でも日本学術会議を法人化する法案が可決され、政府からの独立性が危惧される事態になっています。
為政者が理想とするユートピアを追い求めた先が
――日本もディストピアの入り口にたっているということでしょうか。
今回の参院選で突然、女性の性や生殖に関する自己決定権を軽視するような発言をする政治家が出てきたわけではありません。
ディストピアの芽は常にあります。
かつて政権与党の政治家も、「地方に帰って結婚したら奨学金の3分の1、1人出産したら3分の1、2人目が生まれたらもう3分の1」など、結婚や出産を条件に奨学金の返済を免除する考えを示し、問題になったことがありました。
アトウッドは、小説に出てきたことはすべて、この世界で実際に起きたことだと話しています。
ディストピアはディストピアとして生まれるのではありません。ある為政者が理想とするユートピア(理想郷)を追い求めた結果、一部の人たちを抑圧し、権利を剝奪(はくだつ)していくのです。
アトウッドは決して未来を予言したわけではない。非常に普遍的なことであり、一部の政治家の問題ではない。社会の病理としての結果であり、症状なのだということを考えなければいけないと思います。
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- 【視点】
「間違えたんですよ。男女共同参画とか」「高齢女性は産めない」という発言が【少子化対策の文脈で】なされたということの深刻な意味が、何も説明しなくても伝わることもあるのに、伝わらないところにはどうにも伝わらない。その伝わらなさそのものが問題なのだが、その問題意識に応える記事である。 文脈によっては(たとえばいずれ子育てと仕事の両方を望みたい女性に産婦人科医がレクチャーするなど)「高齢になると産めなくなる」ということは単なる事実であり、その発言を非難する人などいないだろう。でも、文脈から切り離して神谷発言をとらえることはどれだけ無意味で本質を理解しないものか。【政治家が】【少子化対策の文脈で】なされたものだから問題なのだ。 「結婚や生殖、子育てというのは、人間の極めてプライベートな自己決定権と尊厳に関わります。それを国家や共同体が介入・管理したがるのはディストピア的な思想です。他の文学作品や、実在の独裁国家を見てもわかります。」という鴻巣友季子さんの指摘、「小説に出てきたことはすべて、この世界で実際に起きたことだ」というマーガレット・アトウッドのメッセージの重さが、少しでも多くの人に伝わってほしい。
…続きを読む - 【解説】
「ディストピアはディストピアとして生まれるのではありません。ある為政者が理想とするユートピア(理想郷)を追い求めた結果、一部の人たちを抑圧し、権利を剝奪(はくだつ)していくのです」という言葉は、重いですね。思えば、ディストピア小説は、オーウェルの『1984』も、ザミャーチンの『われら』も、ハクスリーの『すばらしい新世界』も、ある時代のある集団が理想として思い描いている世界やイデオロギーを極端に拡張した結果として起こる世界を見せるシミュレーションのような側面がありました。そこは、ある人々にとってはユートピアとして思い描かれるような世界であり、実際、住人たちの多くもそこがディストピアだとは思っておらず、多幸感に満ちていたりしているというのが、ゾッとするところで、ディストピアとは自分がその中にいるときにはディストピアとは感じないかもしれない、というところが非常に内省を誘うところです。
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