【社説PLUS】社説を読む、社説がわかる
参院選から1週間がたちました。国民民主党や新興政党の参政党が大きく躍進する一方で、大敗を喫した自民党では、早速「石破おろし」の動きが強まっています。衆参両院で自民党政権が過半数割れしたのは初めてのことです。
投票所に足を運んだ人も、投票しなかった人も、この選挙結果をどのように受け止めていますか。
今回の選挙結果は、日本の政治や社会にとって何を意味するのか。私たちなりに考えてみました。選挙戦を通じて、懸念することもありますが、希望もないわけではありません。そんな「社説」を改めてお届けします。
連載「社説PLUS」
毎日のテーマに何を選び、どう主張し、誰にあてて訴えるのか。論説委員室では平日は毎日、およそ30人で議論し、総意として社説を仕上げています。記事の後半で、この社説ができるまでの議論の過程などをお届けします。
【7月26日(土)社説】
参院選の結果は、日本政治の地殻変動を印象づけた。
衆院選、都議選に続く敗北で、自民党政権が初めて衆参両院で過半数割れした。かつてない与党への不信と不満の表れだろう。自民党は70年前の結党以来、不祥事などで有権者の離反を感じ取ると、党内で振り子のような「疑似政権交代」が起きて自浄作用が働き、一時の下野を除けば、政権を維持してきた。
空振りの「納得と共感」 働かない「自浄作用」
ところが近年はその自浄作用すら働かない。裏金問題の実態解明に終始及び腰で、企業・団体献金を温存した。首相が前向きだった選択的夫婦別姓も、党内の反対論に配慮して先送りした。首相の売り文句だった「納得と共感」は空振りし、退陣要求の声が強まる。一方で「石破おろし」を主導する議員の一部にも裏金批判がつきまとう。
「失われた30年」と言われる経済の停滞で、企業に巨額の現預金が積み上がる一方、働き手への分配は増えない。所得格差が広がり、物価高の直撃を受けても、生活苦への不安や不満を、政治が受け止めていると実感できない。そうした閉塞(へいそく)感が漂う。
主要政党が参院選目前になって、にわかに消費減税や給付金を打ち出しても、明るい未来は見通せない。「税を払っても報われない」との鬱積(うっせき)した思いが噴きだした。
首相の決断力と指導力の欠如に敗因があることは明らかだ。ただ、自己利益を温存して沈黙を続けた自民党にも問題がある。「歯止め役」を自任していた公明党も含め、有権者は、答えを出せない与党に嫌気が差したのだろう。
政治への不満を投票行動で示すのが、民主主義国における有権者の権利だ。投票率は約58・5%で前回から約6・5ポイント上昇した。押し上げたのは若者とみられ、政治参画が広がったことは歓迎したい。
やり場のない怒りの矛先、ポピュリズムの波に
野党第1党の立憲民主党は足踏みするなか、与党批判の受け皿となったのは、「手取りを増やす夏に」とうたった国民民主党と、外国人への規制強化を集中的に訴えた参政党だった。
米国では政治・社会の分断が深刻だ。欧州でも既成政党離れが進み、移民排斥などを訴える新興の右派政党が台頭する国が目立つ。その波が日本にも押し寄せ、ポピュリズム的主張を連呼した新興政党が国政選挙で躍進したことには危惧を抱かざるを得ない。
有権者が、やり場のない憤りの矛先を、為政者や外に向ける気持ちは理解できる。政治がそうした有権者の声に寄り添うことは大切だ。
ただ、参政党はトランプ米大統領の手法をなぞるように、社会で疎外感や政治不信を抱く層を意識し、外国人への嫌悪を助長する排外主義的訴えを繰り返した。少子化の原因だとして男女共同参画政策を批判するなど、根拠も示さず、分断や差別を増幅させるような発信を続けた。
既存政治をおとしめ、多様性を否定して単一性を強調する。自らが市民の代弁者だとして、反対勢力を敵視する。こうした主張がはびこれば、理性的で冷静な議論は封じられる。将来に責任を持つ政治は顧みられず、やがて民主主義は内側から崩れかねない。
「日本人ファースト」といった短い言葉で不満をすくい取る参政党が、具体的にどんな政策を掲げているのか。他党の公約もそうだが、精査して投票した人ばかりではないだろう。
同党の憲法構想案は、国民主権を原則とする憲法とは相いれない、天皇中心の国を志向する。「国民」の要件を「日本を大切にする心を有することを基準として、法律で定める」とも記述する。選挙演説の抗議に来た市民を「非国民」呼ばわりしたり、「核武装は安上がり」と主張したりした当選者もいる。
参院選で14議席を獲得した公党として、国民主権や人権、安保政策や財源問題などについての具体的な考えを詳しく説明し、我々も注目していく必要があるだろう。
地殻変動に光明も 与野党の対話や妥協進むか
自民党にも、一定程度参政党の一部の主張に共鳴する議員がいる。与党は、新興政党の躍進の原因は、自らの自浄作用の欠如だと、その深刻さを認識すべきだろう。もし自ら種をまいた不信・不満の矛先を変えようと、怒りや恐怖だけをあおる側に回れば、党は空中分解する。
石破内閣の進退にかかわらず多党化は進み、与野党間の協力は不可欠になる。先の通常国会同様、野党が自分の党の主張をのませ、その手柄を競う格好になれば、ポピュリズムは膨らみかねない。
ただ、光明が見えないわけではない。衆参両院での与党過半数割れは、必然的に与野党の対話や妥協を促し、多様な民意を反映する機会となる。少子化や財政難、分断や格差を広げぬための富の再分配、先が見通せない社会保障。責任政党を自負する政党が、党派を超えて連携し、大局的に、こうした山積する政治課題の解決策を探る胆力を見せてもらいたい。いま、政治は分岐点にある。
この社説ができるまで 論説主幹代理・山口進
参院選の結果をどう考えればいいのか。
投開票の翌日、7月21日は祝日でしたが、この日から論説委員室では議論が続きました。
「既成政党への不信感の深刻さが浮き彫りになり、分断をあおる言説への支持が示された。この二つが一緒に来ると、民主主義の脆弱(ぜいじゃく)さが顕在化する」
そんな危機感や動揺が率直に語られる中で、私たちの基本姿勢にも話が及びます。
「参院選の結果、分断やポピュリズムは困ったと思うが、でもこれ民意ですよね。それを正面からうけとめる必要があるのではないか」
「まっとうな論を主張している新聞があるよね、という期待にこたえるのが第一だと思う」
「悲観的ではあるが、めちゃくちゃ悲観的になるつもりはない」
といった具合です。
政党の組織力の低下、組織政党の没落を指摘する声も複数ありました。こうした視点は早速、22日の社説「既成政党不信/国民との回路再構築を」にも取り入れられました。
話題が集中したのは、今回の選挙で大幅に議席を増やした参政党についてです。
「どういう社会をつくっていくかを考えるときに、守らなければいけないのは排外主義を許すなということ」
「参政党やそれを支持する人たちとそうでない人との間に、対話ができる余地がまだあるのではないか」
「権力を握ったわけだから、厳しく批判すべきだ。一方で、参政党がどんな不満、不安をすくいとったのか、私たちも謙虚に向き合わないといけない」などと、コメントが相次ぎました。
それぞれの担当分野を越えて意見が交わされる中で、「首相の進退も大事だが、大きな視点でとらえる必要がある」という方向性に議論は収斂(しゅうれん)していきます。
2日間の自由討論をもとに、社説のたたき台がつくられます。
今回のような大型社説の場合、たたき台で1回討議にかけ、それを受けて改めて原稿形式でもう1回検討するという手順を踏むのが通例です。2回にわたる会議では、「今回の結果から、何か希望は見えないだろうか」「若者が投票にいったこと自体は前向きに評価できる」といったやりとりもありました。
また、経済の観点からは、「物価高対策が最大の争点になったが、一過性の対策では済まない。物価も賃金も上がる好循環をつくらなければ手取りは増えず、消費は伸びない。だれもが希望を持てる社会を作るには、賃上げを続けられる環境整備、そして負担能力に応じた支え合いの仕組みの立て直しに、責任政党として与野党が向き合っていくことが求められている」といった趣旨の指摘が出ました。
こうしてまとめられたのが今回の社説です。
ところで、議論の中では朝日新聞の「記者タイムライン」に寄せられた読者の声も紹介されました。既存政党や既存メディアを離れてSNSに自分の居場所を見つけた人たちが、今回のような投票行動に出たのではないか。そして、ありえない政策で一時的に票を集めても長くは続かないだろうから、「その時の受け皿になるためにも朝日新聞はSNSでの露出を増やし、若い人になじみのある報道機関になっていただきたい」という内容でした。
ありがたい提言で、いかに広い方々に届く表現や手法にできるかが重要な課題だと私たちも思っています。社説の文体もまだまだ硬いかもしれません。道は遠いですが、始まったばかりの、この「社説PLUS」の取り組みも合わせて、模索していきます。
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