1974年8月。東京、丸の内のオフィス街で時限爆弾が炸裂した。8人が死亡、およそ380人が重軽傷を負った爆弾テロ、三菱重工爆破事件。

一般人を無差別に狙った犯行は「東アジア反日武装戦線『狼』」を名乗るグループによるものだった。事件後、「大地の牙」と「さそり」が合流し、独自に、あるいは3グループ共同で企業を狙った。合わせて12件に及ぶ、東アジア反日武装戦線による連続企業爆破事件。桐島容疑者は「さそり」に所属していた。

3つのグループをつないだのは、「狼」が作った冊子「腹腹時計」だった。爆弾の製造方法を記した「腹腹時計」は、日本の侵略戦争と植民地問題の清算を強く求める、「狼」の思想を広げる役割も果たした。

東京外国語大学 友常勉教授
「『狼』は、基本的に日本の戦争責任、植民地責任の告発が目的で、三つの組織とも全部そうなんですけども、同時にアイヌモシリに対する侵略というのを意識していました。『大地の牙』も同様で、東アジアにおける日本のアジア侵略、特にその韓国におけるその侵略というのを意識していたということは言えます。『さそり』は、日雇い労働者の無権利状態っていうことから、問題意識が強く生まれた。寄せ場の運動と連帯しながら形成されてきた経緯がありました。そのために寄せ場にどういう労働実態があるのか。彼らは実際調査もしておきます」

桐島容疑者が所属した「さそり」の元リーダー・黒川芳正受刑者。無期懲役判決を受け、現在も服役中だ。私は1年にわたって獄中の黒川と手紙のやりとりを重ねた。

大学生だった桐島容疑者は「さそり」3人目のメンバーとしてグループに加わった。

黒川受刑者の手紙より「74年6月頃から寄せ場の運動の話を、学生たちにしていました。桐島は私の話を熱心に聞いていた。メンバーを増やす話をしていて『桐島はどうだろう』と」

東京外国語大学 友常勉教授
「さそりグループは、下層労働者・日雇い労働者が置かれた過酷な現状と、なおかつそれに対して様々な反対をしたり異議を唱えたりする労働者に対する建設会社や警察による暴力的な弾圧や処罰に問題意識を持っていた。『戦前の植民地主義責任を持った企業が、戦後も労働者に対する過酷な搾取収奪を繰り返している』と」