goo blog サービス終了のお知らせ 

コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

インドの選挙の知恵

2008-10-22 | Weblog
インドは民主主義の大国である。国政を議院内閣制の民主主義で行っているだけでなくて、25(当時)に分かれた州の一つ一つが、議会を持ち、議員を選出し、首相を選んでいる。州といっても、数千万人から1億を超える人口を抱え、並の欧州諸国よりは大きい。その州それぞれに選挙があり、政党政治がある。ある州では、二党制の政権交代が確立している。またある州では、多党乱立となって、連立政権の政治工作が繰り広げられる。一党優位で、揺るがぬ支配を続けている州もある。私はインドにいた当時、インドのことを「民主主義の博物館」と呼んでいた。

インドの選挙は、独立以来60年、弛むことなく続けられてきた。クーデタの経験は一度もない。選挙には、時に暴力沙汰や流血を伴うし、買収などの選挙汚職もあるが、選挙の結果に大きく疑問符が付けられることはない。選挙で負ければ、政権の座を降りて、次に備えるのがあたりまえになっている。

制度の上からそれを支えているのは、選挙管理委員会の権威である。選挙管理委員会は、公正中立な選挙運営で、どの政治勢力からも審判員として認められている。その選挙管理委員会は、きわめてインド的な知恵で、どの政治勢力からも文句の出ないかたちで、有権者の捕捉と一人一票を実現していた。

選挙が行われることになると、選挙管理委員会は、有権者の登録、つまり選挙人名簿の作成に取りかかる。ここで、選挙管理委員会は自分でこれを作らない、というのが第一の知恵である。そのかわり立候補を予定する政党に、有権者の名簿を持ってこい、と言う。各政党は党員が手分けをして、日頃の支持者の名簿の他に、自分に投票してくれそうな人々を探して、名前や生年月日などを記入していく。一票でも多くということなので、スラムに生活する人、道路に寝ている人、日頃は文明に縁のなさそうな人、そういう人々にも支持を呼びかけ、「当日は必ず投票に来てくれ」とか言いながら、名簿を作っていく。こうして草の根まで、徹底した有権者発掘が実現する。

選挙管理委員会は、既存の選挙人名簿と、各政党から提出された名簿を総合して、新しい選挙人名簿をまとめる。選挙当日は、人々が投票に来て、予め登録されている自分の名前を見つけて、投票用紙をもらい、投票する。各政党とも、バスを仕立てたりして、名簿に書き込んだ人々を確実に投票所に運び、一票でも多く確保しようとする。ある人が、複数の政党の名簿に名前を載せていたとしても、選挙管理委員会の選挙人名簿では、整理されて一つだけになっている。投票は秘密投票であり、どの政党の名簿に名前を載せたかに関係なく、どの党にも投票できる。

さて、この方式だと、ある人が複数の名前を騙って、別人になって2票投じることが出来るのではないか。その問題を解決するために、インド選挙ならではの、もう一つの知恵がある。投票した人は、小指の爪に紫のペンキを塗られるのだ。このペンキ、私も試しに塗ってもらったが、擦っても洗っても取れない。3~4日は付着している。だから、一回投票すると、二度目に投票に来ても分かってしまう。選挙の投票日をすぎると、町中の人が、紫のマニキュアを付けて歩いている。

「このインド方式でやればいいじゃないですか。」と、私はガーナ大使に言う。
「そうだわなあ、でもガーナでもインドでも、4人に1人が外国人とか、そういう問題はないからねえ。誰が国民で、誰が有権者か。それこそが、過去15年にわたって、この国の政治を混乱させてきた問題だから。対抗する政治勢力が神経質になっているなかで、皆が納得する選挙を行うためには、やはりハイテクの力を借りないとどうにもならない、ということではないのかな。欧米水準の押しつけということでなく、コートジボワールの人たちがこの方式を選んだということだよ。」

コートジボワールの大統領選挙においては、現在行われている有権者登録こそ、ある意味では投票そのものよりも重要と言える作業なのだ。大統領選挙は、根幹のところはもう始まっている、というわけである。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。