村に行った話を続ける。
コドゥー氏夫妻が、私たちとジェジェ大統領顧問を、夕食に招待してくれた。コドゥー氏は、アビジャンで政府の経済社会評議会の副議長を務めるとともに、ここ地元に戻れば州議会議員である。もちろんベテ族だ。暗い森の先に、コドゥー氏の自宅の灯が見えた。瀟洒なバンガロー。テラスにテーブルが出て、地元の名士が集まっている。
皆さんに挨拶して、テーブルにつく。アフリカのコートジボワールの、しかも首都から300キロ離れたここバヨタ(Bayota)の村でも、セッティングはフランス料理の正統派。皿の上のナプキンをとって、膝に広げる。ワインの栓が開けられる。客の一人が、難しそうな顔をして味見、このメルロー(注:フランスワインのブドウの種類)はどうのこうの、と言っている。こんな田舎まで、フランスの文化がたっぷり浸透している。
運ばれてきたのは、地元の料理。おおよそ、土地の料理の基本は、肉類の煮込みを、ご飯にかけて食べる、というものである。味付けはトマト味で、唐辛子が効いている。米の飯は、日本人の私たちには嬉しい。コドゥー氏が言う。ベテ族は、米をたくさん食べる部族だ。日本人もご飯をたくさん食べる民族なんですよ、と私。「ベテ語で米を『サカ』という。日本語では米から作った酒を『サケ』というのだろう。どこかに言語学的な関連がある。」とバカール先生。この老先生は、20年間フランス各地で、ラテン・ギリシア語の先生を務め、定年退職のあと故郷のベテ族のに戻ってきた。その言語の先生が言うのだから本当かもしれない。
肉が運ばれてきた。これはチキン、そしてこれはウサギ。コドゥー夫人が説明してくれる。ウサギは村で飼っている養殖ものだけど。でも、この猿は森で狩ってきたのよ。
「猿、ですか。」そうですよ、と鍋をかき回す。「あの、森にいる猿ですか。木に登って捕まえるんですか。」
コドゥー氏が答える。「捕まえるなんて、猿は賢いから捕まるわけがない。撃ち落とすんだ。この村は猿を食べる村だと知っているから、森に隠れてなかなか出てこない。隣の村では、猿を食べない。だから、隣村では、猿が村を歩いている。」
鯖のブツ切りのような肉が、わが皿の上に乗った。村を歩いているやつを食べるのだ。覚悟がいる。しかし今晩の主賓のために、特別に調達された料理である。食べないわけにはいかない。口に含むと、きめの細かい牛ヒレ肉のような食感だ。猿だと知らなければ悪くない味。村の人々にとってもなかなか口に入らない珍味なのか、皆の手が伸びて、たちまち鍋は空になる。
ベテ族の「ベテ」とは、平和という意味だという。「ここは豊かな地だし、わが部族は、外から来た人々を、平和に受け入れてきた。だから、他の部族の人も、ベテ族のにいったん住むと、もう故郷に帰らなくなる。」とコドゥー氏。
このバヨタの村からほんの10キロも北上すると、グル族の村になるという。グル族の村に入ると、もうベテ語は全く通じなくなる。部族の区別はそんなにはっきりしているのだ。でも、それぞれの部族が、お互いを尊重して交流しているという。そして、部族間結婚も普通に行われている。コドゥー夫人が、私が「混血」のいい例だわ、と言う。父がバウレ族、母がベテ族なのよ。そういう意味での部族の垣根は無い。まして部族間で抗争するなどということは、聞いたことがない。その一方で、部族はそれぞれ独自の文化と伝統を守っている。
「昼に訪れた村で、青年たちの歌を聞きましたよ。村の文化と伝統が、よく伝承されているようですね」と私。
「なかなか、そうでもない。最近の若い人々は、フランス語しか話さない。それに町に出て行って戻らない」コドゥー氏がつぶやく。
「町に出て行ってもいいのだ。それが現代というものだ。でも、愛すべき部族があれば、ちゃんと戻ってくる。わしもフランスに20年いたが、戻ってきた。それに、若い連中で、かっぱらいや乱暴や、そういう悪いことをするのは、殆ど根無し草の奴らだ。ちゃんと出身の部族がある人間は、そういうことをしない。たとえ部族の村を遠く離れていても、たとえ町に行っても、フランスに行っても、そういうことをしない。だから、部族はコートジボワールの心棒なのだ。部族の心棒がたくさんあるから、国は強くなるし、文化は豊かになる。」
バカール先生が、うまくまとめてくれた。
(続く)
コドゥー氏夫妻が、私たちとジェジェ大統領顧問を、夕食に招待してくれた。コドゥー氏は、アビジャンで政府の経済社会評議会の副議長を務めるとともに、ここ地元に戻れば州議会議員である。もちろんベテ族だ。暗い森の先に、コドゥー氏の自宅の灯が見えた。瀟洒なバンガロー。テラスにテーブルが出て、地元の名士が集まっている。
皆さんに挨拶して、テーブルにつく。アフリカのコートジボワールの、しかも首都から300キロ離れたここバヨタ(Bayota)の村でも、セッティングはフランス料理の正統派。皿の上のナプキンをとって、膝に広げる。ワインの栓が開けられる。客の一人が、難しそうな顔をして味見、このメルロー(注:フランスワインのブドウの種類)はどうのこうの、と言っている。こんな田舎まで、フランスの文化がたっぷり浸透している。
運ばれてきたのは、地元の料理。おおよそ、土地の料理の基本は、肉類の煮込みを、ご飯にかけて食べる、というものである。味付けはトマト味で、唐辛子が効いている。米の飯は、日本人の私たちには嬉しい。コドゥー氏が言う。ベテ族は、米をたくさん食べる部族だ。日本人もご飯をたくさん食べる民族なんですよ、と私。「ベテ語で米を『サカ』という。日本語では米から作った酒を『サケ』というのだろう。どこかに言語学的な関連がある。」とバカール先生。この老先生は、20年間フランス各地で、ラテン・ギリシア語の先生を務め、定年退職のあと故郷のベテ族のに戻ってきた。その言語の先生が言うのだから本当かもしれない。
肉が運ばれてきた。これはチキン、そしてこれはウサギ。コドゥー夫人が説明してくれる。ウサギは村で飼っている養殖ものだけど。でも、この猿は森で狩ってきたのよ。
「猿、ですか。」そうですよ、と鍋をかき回す。「あの、森にいる猿ですか。木に登って捕まえるんですか。」
コドゥー氏が答える。「捕まえるなんて、猿は賢いから捕まるわけがない。撃ち落とすんだ。この村は猿を食べる村だと知っているから、森に隠れてなかなか出てこない。隣の村では、猿を食べない。だから、隣村では、猿が村を歩いている。」
鯖のブツ切りのような肉が、わが皿の上に乗った。村を歩いているやつを食べるのだ。覚悟がいる。しかし今晩の主賓のために、特別に調達された料理である。食べないわけにはいかない。口に含むと、きめの細かい牛ヒレ肉のような食感だ。猿だと知らなければ悪くない味。村の人々にとってもなかなか口に入らない珍味なのか、皆の手が伸びて、たちまち鍋は空になる。
ベテ族の「ベテ」とは、平和という意味だという。「ここは豊かな地だし、わが部族は、外から来た人々を、平和に受け入れてきた。だから、他の部族の人も、ベテ族のにいったん住むと、もう故郷に帰らなくなる。」とコドゥー氏。
このバヨタの村からほんの10キロも北上すると、グル族の村になるという。グル族の村に入ると、もうベテ語は全く通じなくなる。部族の区別はそんなにはっきりしているのだ。でも、それぞれの部族が、お互いを尊重して交流しているという。そして、部族間結婚も普通に行われている。コドゥー夫人が、私が「混血」のいい例だわ、と言う。父がバウレ族、母がベテ族なのよ。そういう意味での部族の垣根は無い。まして部族間で抗争するなどということは、聞いたことがない。その一方で、部族はそれぞれ独自の文化と伝統を守っている。
「昼に訪れた村で、青年たちの歌を聞きましたよ。村の文化と伝統が、よく伝承されているようですね」と私。
「なかなか、そうでもない。最近の若い人々は、フランス語しか話さない。それに町に出て行って戻らない」コドゥー氏がつぶやく。
「町に出て行ってもいいのだ。それが現代というものだ。でも、愛すべき部族があれば、ちゃんと戻ってくる。わしもフランスに20年いたが、戻ってきた。それに、若い連中で、かっぱらいや乱暴や、そういう悪いことをするのは、殆ど根無し草の奴らだ。ちゃんと出身の部族がある人間は、そういうことをしない。たとえ部族の村を遠く離れていても、たとえ町に行っても、フランスに行っても、そういうことをしない。だから、部族はコートジボワールの心棒なのだ。部族の心棒がたくさんあるから、国は強くなるし、文化は豊かになる。」
バカール先生が、うまくまとめてくれた。
(続く)
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