理由はさっぱりわからないが、サティの実験が上手くいくほどにライツ博士の身体はどんどん回復していった。
まだ出会ったばかりの頃は自力だと"立つのがやっと"という様子だったのに、今は短時間なら補助もなく一人で歩けるほどに回復してる。目の下のクマは相変わらずだが、本人曰く、最近は寝つきもよく十分な睡眠がとれてるとのこと。毎日頗るご機嫌だ。
とはいえ、流石に走ることはできない。激しい運動だって当然不可だ。万が一完治したからといって肉体的能力が全盛期の頃に戻ることもない。となればやはりサティの完成は最優先される事実に変わりはない訳で、そう浮かれてばかりもいられない。
だが"新しい希望"を持つことができたんだ。一先ずはこの現状を素直に喜んでいいだろう。
いやーよかった。本当によかった。
何が一番よかったって、博士はもうこれから先"自分のことは全て自分できる"。これに尽きるだろう。
今日までは成り行きで俺が博士の身辺の世話をしていたけど、いい機会だし、それももう今日限り辞めようと思う。お世話をしてもらうというのはとても有難い反面、やはり相応のストレスも発生するもんなんだ。ましてやそれが赤の他人なら尚更だろう。
博士は態度にこそ出さなかったけど、いくら介助のためとはいえ、よりにもよって性別の違う相手に身体を触られることに色々と気苦労もあったと思うんだ。なんなら俺の教え子達が研究に手を貸してる手前、そのことを言い出しにくかった可能性だってある。
そう考えたら、もっと早くに他の誰かに任せて身を引くべきだったかもしれない。日々進化していくサティの研究に俺まで熱が入ってしまってすっかり周りが見えなくなっていたな。
……それに実は、博士の手伝いを辞めようと決意した理由はもう一つある。
これは多分俺の思い過ごしというか、気のせいだとは思うんだけど。
ここ最近……俺がライツ博士と接してると担当ウマ娘達の様子が少しおかしくなるんだ。瞳から輝きが消えてるっていうか、感情そのものが失われてるっていうか。
あの瞳でじっと見つめられると俺の背中に冷たいものが走るんだよな。自分が何か取り返しのつかないことをしているような、そんな気分になる。
そのせいだろうか。ついさっきシャカールからも妙な忠告をされてしまった。
"なぁ、頼むからトレーナーはもうサティの件から手ェ引いてくれよ!あとのことは全部オレがやっとく!だからこれ以上現場に顔を出すンじゃねェ!"
"チームの空気がマジでヤバいンだよ!オレ一人じゃもうあのメンヘラ共を抑えつけンのは無理だ!"
"なぁ、頼むよ。……ううん、お願い。もうお願いしますからァ……手ェ、引いてください。このままじゃ皆ンなが壊れちまうンだよォ!……うぅ……グスッ"
……うん。
詳しいことはよくわからなかったが、あのシャカールが俺に泣きながら懇願する程度にはマズい状態だというのは理解できた。
決まりだな。やっぱり研究からは手を引こう。
最近じゃ博士の身体を支えるくらいしか役に立ってなかったし、それすらももう必要ないんだ。俺が居なくなっても全く問題ない。
これで俺の不安も、シャカールの悩みも、ライツ博士の気苦労も、綺麗さっぱり全部なくなる。まさに三方良しじゃないか。
よーし!急いでライツ博士に伝えに行くぞ!
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「今日限りで私の手伝いを辞めたい?うん、そうか。わかった。……うん、うん。大丈夫だ。思ったほど私の心に動揺はない。多分、いつかこういう日が来るって、頭のどこかで理解していたのだろうな。想定の範囲内ってやつさ。だってそうだろう?君みたいに若くて優秀なトレーナーが、本心で私なんかを選ぶはずがないじゃないか。キミの周りには私より若くて、私より美しくて、私よりエネルギッシュに駆け回れる女子が沢山いるんだ。そんな選り取り見取りの中で私なんかを選ぶはずがないじゃないか。ちゃんと弁えてるさ。なんて、ふふ。こんな時でさえ一々理屈を並べてしまうから私は可愛げがないのだろうな。だが仕方ない、研究者とはそういうものなのだ。我々は努めて冷静に、私情を込めることなく客観的に現状を把握し、それを受け入れる。どんなに悲惨で絶望的な結果が出たとしても、挫けず次に進まなければならないんだよ。だから私は受け入れる。君の居ない明日を、未来を、受け入れるよ。……ただまぁ、それはそれとして、だ。すまないが最期にいくつか私の疑問に答えていって欲しい。取るに足らんほんの些細な疑問ではあるが、わからないものをわからないままにしておけない性格なんだ。いいね?いいな?よし。ではまず一つめ。どうして君は……私に気を持たせるようなことをしたんだ?これは何かの実験だったのか?例えば、そうだな。"研究一筋で男を知らないクソ生意気な歳上女を惚れさせたあとあっさり捨ててみた結果w"みたいな。違うのか?そうか。なら何故だ?何故私みたいな可愛げのない女に優しくした?何故あぁも甲斐甲斐しく世話を焼いたりしたんだ?あそこまで尽くされたら誰でもコロっと堕ちるくらい、女を知り尽くしたトレーナーなら当然知っていたはずだ。事実、私はあっさり堕ちてしまったからな。"あ、このヒト私のこと好きなんだ"と、そう思い込んでしまった。凄く嬉しかったよ。だが、同時に沢山悩んだ。あの時の私では君の愛に応えられるかどうか不安だったから。……だから!君に相応しい女になろうと血の滲むような努力をした!まずは身体を鍛え直した!愛想よくしようと毎日鏡で笑う練習もした!一週間に一回だった風呂も三日に一回は入るようになった!受け身ばかりではいけないと勇気を出して自分からお酒にも誘ってみた!会話の仕方も頑張って勉強した!性の知識だってインターネットを駆使してそれなりに身につけた!あとは君と二人で実践するだけだった!現状で私にやれることは全部やったのッ!そしたら、そしたら……
なんかよくわからんけど突然捨てられちゃいました!!!!!!!!!意味がわかりません!(笑)
兆候とかなんもなかったです!今朝も車椅子から移動するとき姫抱っことかしてくれたし!楽しくお喋りしてから笑顔で別れたのに!次会ったら脈絡もなくフられました!おかげ様でメンタルとか価値観とか、私が積み上げきた色んなものぶっ壊されました!(笑)なんかもうこの先のバ生一人じゃ歩けないかも!あ、これ私が言うと洒落になってないか。まぁいいや。もう全部どうでもいいし。……ふぅ、取り乱してすまなかったな。最初に動揺はないと言った癖になんてザマだ。すまなかった。それとな、色々と文句ばかり垂れてしまったが、君には感謝しているんだぞ?確かにこういう結果に終わってしまったことは残念ではあるが、それ以上に、君には沢山の思い出をもらえたからな。今だってほら。今朝私の肩を抱いてくれた時に感じた君の暖かさが鮮明に残ってる。これから先どれだけ孤独なバ生を送ろうとも、この暖かさを思い出してどうにか凌いでいくよ。ありがとう、トレーナー。ほんの短い間ではあったけど、それでも、私にとっては精一杯生きた証のような恋でした。……さ、もう行ってくれていいぞ。君の想いは受け取ったし、私の想いの丈は伝えた。もう、それだけで十分だ。あ、そうそう。私は今日限りでここを去ることにするよ。サティの研究はもうほぼ終えているから、仕上げは君の教え子たちに託す。無責任ですまないな。だがこれ以上トレセン学園に居ても……うん、辛い。うっかり君の顔見たら泣いちゃうかもしれないし。そしたら君も困っちゃうだろ?(笑)だから、その方がいいんだよ。私なんて、もういない方がいいんだよ」
「………」
「………」
「あ、あの……ライツ博士」
「……なんだ?出て行くなら私の方が出て行けと、そう言いたいのか?なるほどな。確かに私はもう部外者だもんな。わかった」
「ち、違いますって!そうじゃなくて!」
「じゃあ、何だ?」
「あのー、えっとですね」
「………」
「そのー……」
「……用がないなら、もう行くから」
「!!……け、研究!サティの研究のお手伝い!俺にさせてください!辞めるって発言取り消しますから!」
「何?」
「俺精一杯頑張りますから!最後まで一緒に完成させましょう!だから学園から去るのは考え直してください!マジでお願いします!俺の責任問題でえらいことになっちまう!」
「……それは、つまりだな」
「はい?」
「君は私と……ヨリを戻したい、ということか?」
「えっ」
「……違うのか?君はまた私の心を弄んだのか?」
「い、いや!違います!博士と、その、ヨリ?を戻したいです!」
「ふ、ふーん?そうか、そうなのかぁ〜。でも困ったなぁ〜。一度は捨てられちゃった訳だし、そう簡単に首を縦にふれんなぁ〜」
「あ、じゃあ無理にとは。俺は学園に残ってもらえればそれで十分なんで」
「………」
「!!……俺とヨリを戻してください!お願いします!何でもしますから!」
「ん、わかった。君がそこまで言うなら、まぁ、私も吝かではないぞ?」
「ホッ…」
「正し!……条件がある」
「……はい、何でしょう?」
「今まで以上に私の世話を焼くこと!それだけだ。……いいな?」
「は、博士…!」
「ふふ。またよろしく頼むぞ?トレーナー」
「はい!こちらこそよろしくお願いします、ライツ博士」
「では早速で悪いが、さっきからずっと催していてな。トイレに連れってくれ」
「はい、お安いご用意ですよ」
「そのあとはトイレの補助を頼む。やり方はわかるか?ズボンと下着を脱がせて、私を便座に固定するんだ」
「はい!……えっ」
「そのあとは食事だ。一つ一つ、君が手ずから食べさせてくれ」
「あ、あの」
「風呂にも入りたい。全身綺麗に洗ってくれよ?洗い残しは許さん。お礼に私も君を洗ってやろう」
「ち、ちょっと。博士?」
「最近は夜が冷えてきたし、寝る時にもしっかりと私を暖めてもらわんとな」
「……あの、それってつまり」
「一晩中、片時も離れてくれるなよ?朝起きて君が居なかったら私……泣いちゃうからな?」
「………」
「面倒をかけるがよろしく頼むぞ、トレーナー♡」
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「おーい、トレーナー!」
「あ、シャカールか。どうした?」
「どうしたじゃねぇよ!ライツ博士にちゃンと伝えてきたンだろうな!?」
「う、うん。一応」
「そうか!やりゃあできンじゃねぇか!これでオレもようやく肩の荷が降りる。言っとくけど、チームの奴等マジで一触即発だったンだぞ?クリスエスなンか本物のライフルまで取り寄せやがってよ。あぁ、もう!まだまだ話してェことは沢山ある!テメーには今からオレの愚痴にたっぷりと付き合ってもらうからなァ!」
「あの、そのことなんだけどさ。まだ俺の話には続きがあってさ」
「あン?」
「……研究の手伝い、続行になった」
「ハ?」
「それから、多分、ライツ博士と一緒に暮らすことになった……っぽい」
「ハ?」
「……どうしよう、シャカール」
「ぶさけンなァ!何がどうなったらそンな話になンだよ!?」
「だ、だって!なんか無表情のまま早口で捲し立ててくるし!学園を去るとか脅されてぇ…」
「もういい!今度はオレも着いてってやっから、もう一度断りに行くぞ!」
「それは無理なんだ!"他の女が近づいてきたら私は何をするかわからないぞ"って、博士にキツく言われてるんだよ!なんか変なスイッチもチラつかせてきたし!あの目は本気だった!」
「………」
「シャカール?」
「………」
「シャカール!俺、どうしたら」
「……なァ、トレーナーよォ」
「なんだ?なんかいい案でも…」
「あぁ、あるぜ。とびっきりの名案がなァ!」
「マジか!?流石シャカールだな!それで、その案ってなんなんだ?」
「うン。……あのさァ」
「なんだ?」
「どっか遠くに……一緒に、逃げよっか」
おわり
感想もらえたら嬉シーナ。