ト「ちょっと、寂しくなるなぁ。」
ファイン「うん。」
ファインとは、元々三年契約での付き合いだった。
一国の姫である以上、どれだけ日本が心地よくても、いずれはファインを待つ祖国に帰らなくてはいけない。
俺たちは空港の物販で、最後の言葉を交わす。
ト「風邪、引かないでな。」
ファイン「うん。」
人との別れの最後となると、心のどこかに穴が開く音がする。
ファインはどうかわからないが、俺は今、ゆっくりと穴が開き始めていた。
ト「……そうだ、これ。」
思い立ったようにそういうと、トレーナーは色あせたリュックから一体のぬいぐるみを取り出した。
ファイン「ぬいぐるみ?でもリボンが…」
ト「ちょっと見てて。」
そういってトレーナーは、ファインと手を重ねて巻き付いたリボンの端を一緒に掴むと、そのまま一緒にリボンを解いた。
すると、隠れた胸のあたりにカタカナで『ファインモーション』と縫われた横文字が現れた。
ファイン「わぁ…!!」
ト「これ、ホントはクリスマスに渡す予定にしてたんだ。でもその前に帰っちゃうから。」
ト「ホントは英語で縫ってもらおうと思ったんだ。でも日本に居たことを忘れてほしくないから、やっぱり敢えてカタカナにしたんだ。」
ト「もし向こうで寂しくなって、それでどうしても日本の事を思い出したら………」
ト「その時はこのぬいぐるみを取り出して、一晩一緒に寝てやってくれ。」
ファイン「!!………うん…………♡」
ファイン「…嬉しい…………。」
ファインはそういうと、ぬいぐるみを腕の中に入れて、
ファイン「うれしいなぁ……。」ギュウウウッ
思いっ切り抱きしめた。
ト「喜んでもらえて良かった……それで────」
SP隊長「────そろそろ、お時間が。」
しびれを切らしたのか、すかさず隊長がそう切り込んだ。
ファイン「な…貴様ぁ……!!」
SP隊長「しかしお嬢様……!!」
ファインは隊長を睨みつけ、眉間に皺をよせる。
なにせこれが本当に最後なのだ。一字一句聞き逃すことが許されない状況下で、
SP隊長はあろうことか言葉を遮ってしまったのだから。
ファインはもう一度最後の言葉を聞きたかったが、トレーナーは、
ト「いいよ、『ご両親によろしくな』って言いたかっただけだから。」
と、ファインにそう言った。
ファインは少し俯いてしまったが、
最後に後味の悪い別れになってはいけないと、トレーナーは終始穏やかな笑顔を絶やさなかった。
ト「……じゃあな、ファイン。」
募る話は、また今度でいい。
それが次会う時の理由になるし、なにより、これでファインと今生の別れという話でもないしな。
ファイン「…うん!!」
SP隊長「…………」
ト「SP隊長も、お体に気を付けて。」
SP隊長「!!…はい。」ビシッ
ファイン「トレーナーも、元気でね。」
ト「おう。」
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【数年後】
ピーッ。
ト「はーーーい。お前ら集合ーーっ!!」
トレーナーはホイッスルを口から離して、全体の生徒をこちらに手招きするように声を広げた。
すると、遠くの方で50人弱のウマ娘達がダダダダダとこちらの方に移動してくる。
そうして数分もすると、トレーナーの周りに集合した。
はぁ、はぁと聞こえる彼女たちの息遣い。
トレーナーはクーラーボックスを開け、一人一人手渡しでドリンクを渡していく。
彼女たちが上を向いている間に、トレーナーは目視で人数確認をする。
ト「誰も欠けてないな…。よし。」
そういうと、手元にある資料を一枚ペラりと捲り、顔を上げた。
ト「────んじゃ、次のメニュー行くか。」
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どの世界にも、『光と影』がある。
それにはここ、中央トレセンとて例外ではない。俺はそれをファインを通じて学んだ。
光には名が知れた名前と、優秀な成績が伴う。
影には…影には、光に遮られていてなにもない。
誰にも知られること無く、そのまま消えて行ってしまう。
陰とはまた違う、本当の影。
ファインの担当から離れて、今現在トレーナーが担当しているのは、
そんな影にさせまいと彼が請け負っている娘達なのだ。
ここに居る娘達の理由は様々。
単純に「模擬レースでスカウトされなかった娘」や、「怪我や素行でトレーナーが付かなかった娘」。
はたまた「途中編入でその期間だけここに居る娘」などなど。
とにかく。
ここでスピードを証明して、他所に買ってもらう。
その為の、いわば登竜門なのだ。
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ト「────じゃ、次は模擬レースな。先ずは短距離組…」
そういうと、集団の中からサッと何人かが一列に並ぶ。
もう慣れた事だ。
トレーナーはチラッとそれを見ると、「よーい。」の声で手を開き、数秒後に勢いよく叩いた。
⏰
ト「よし。今日はこれで終わり。」
夕焼けが空に広がる頃。
再度集合を掛けた後、泥だらけの彼女たちの前でトレーナーはそういった。
と、集団の中の誰かが一人、大きく声を上げる。
モブ「姿勢正して!!全員、礼ッ!!」
全員「ありがとうございましたああっ!!!!」
ト「はいお疲れ様。」
そういうと、先程の冷徹な顔とは打って変わって、表情が少し柔らかくなる。
生徒達は、この瞬間を待ってましたと言わんばかりに写真に収める。
その具合に思わず苦笑しながらも、
トレーナーは一人一人の娘達の頭を撫でていった。
ト「本当に皆んなよく頑張ったな。この後はゆっくり食べて、自由に休んでな。」
まだトレーナーが付いていない娘達には、トレーナーがくれるこの瞬間がご褒美。
その後少し談笑し、彼女たちは寮の方に戻っていった。
小さくなる背中たちを見送り、トレーナーはいつも通り片づけをしようと掃除道具に手を掛けると、ふと。
夕陽に伸びた一人の影が、トレーナーの方にまで伸びていた。
たづな「トレーナーさんっ!!」ダッ
わぁっ、と大きな声に、トレーナーの腰が思わず仰け反った。
ト「たづなさん!?お疲れ様です。」
たづな「はぁ!!はぁ、はぁ…。あ、あの………」
ト「ど、どうされたんですか?そんなに焦って……」
その場で両膝両肘を付き、口から「はぁ、はぁ」と涎を垂らすたづなさんに、トレーナーは背中をさすることしかできない。
たづなさんは「ごくん」と生唾を飲むと、息を切らしながらも口を開いた。
たづな「ゆ、URA……」
ト「え?」
たづな「URA本部から、『大至急こちらに』と………!!」
⏰
着なれないスーツを身にまとい、単身急いで本部に到着した時、外はもう真っ暗だった。
トレーナーは『会長室』と金文字で書かれたドアを三回ノックすると、勢いよくドアが開き、目の前には汗だくの会長がドアノブを握って立っていた。
そのまま奥の部屋に連れていかれると、よほどの緊急事態なのだろう。
茶菓子もないまま話が始まった。
URA「すまないな。本当なら紅茶でも嗜みながら、もっと落ち着いて君の話をしたかったのだが。」
ト「いえ!!問題ありません。」
トレーナーがそういうと、URA会長はホッとした顔を浮かべて話し出した。
URA「実は今回君を呼んだのは…君の前担当の『ファインモーション』の件についてなのだ。」
ト「ファイン、ですか?」
URA「そうだ。」
URA「君には今から、いくつかの質問をさせてもらう。」
URA「この質問には、我々の『今後』が掛かっている。そしてくれぐれも嘘偽りないように、装置も一応つけさせてもらう。」
ト「わ、わかりました。」
そういうと会長は、慣れた手つきでトレーナーの頭部と腕に装置を付け、
手元の資料を見て話を進めた。
URA「始めるぞ。」
URA「『君は今から6年前にファインモーションを担当に受け入れ、そして3年前に契約を満了としその後FAと出した』上記については間違いないな?」
ト「はい、間違いありません。」
URA「その後、君は日本に残り、アイルランドに行ったりもしていないな?」
ト「はい、それも間違いありません。」
URA「ファインモーションとの接触は?」
ト「?空港で別れてからは一度もありません。」
URA「…………男女の仲は?」
ト「ありません。もし仮にそうなら、私も同行していると思います。」
URA「……だろうなぁ……うむ…。」
URA「…………」
URA「そうか…………いや、それとしても周期が…………」
URA会長は「装置は外してくれて結構だ」と言い、トレーナーはゆっくりと装置を外す。
その間にも会長は資料を何回も何回も捲り、何回も何回も確認する。
ト「あの…ファインがどうかしたんですか?」
心配そうにトレーナーがそういうと、URA会長は少し咳ばらいをし、ゆっくりと口を開いた。
URA「昨夜、アイルランド側から一枚のファックスが送られてきた。」
URA「その内容がだな…………。」
ト「…………」ゴクリ
URA「………どうやらファインモーションが…」
URA「君の子を……孕んだと………」
今週もお疲れ様です、杏子です。寒いけどレッドブルは相変わらず飲んでますよー。