なぜ虚偽自白が生まれるのか
自白強要と虚偽自白のメカニズム
皆さんが日常生活を送っているなかで、「自分にとって不利な嘘をつくこと」はあまりないかもしれません。
それが生まれてしまうのが取調べでの虚偽自白という問題です。
なぜ人は自分にとって不利な嘘をついてしまうのでしょうか。
国内外の研究によれば、次のようなメカニズムが報告されています。
まず、無実の被疑者は、自身が罪を犯した認識がないため、本当のこと(自身の記憶)を話せば捜査機関も自身が無実であることを分かってくれるはずだと考えてしまう傾向にあります。
しかし、被疑者が無実であることを知っているのは被疑者自身しかいないのです。取調べの相手が真犯人であれば、捜査機関が立てた見立てに関して、事件を最も知っている人物と共に真相を解明することができるでしょう。これに対して、無実の被疑者は事件を体験していないため、事件の真相解明に貢献することはできません。それどころか、事件を体験していないため、なぜそのような事件が起きたのかということを説明することもできません。自分が罪を犯していないことの証明は悪魔の証明であり、自身への疑いを晴らすことは困難です。
また、捜査は犯人を処罰するためのものであって、犯人は嘘をついて処罰を免れようとすることもあります。そのため、仮に無実の被疑者が身に覚えがないと供述したとしても、捜査機関は真犯人が自身の身を守るために嘘をついていると考えてしまいます。真犯人を自白させて反省させようとする捜査機関にとって、容疑を否認する無実の被疑者は、むしろ追及しなければならない相手になってしまい、かえって猜疑心が膨らんでいきます。
強い嫌疑を抱いている取調官は、なんとかして無実の被疑者から自白を引き出そうとします。このとき、罪の深刻さや証拠の強さを誇張する最大化という戦略と、反対に情状酌量や責任転嫁によって罪の深刻さを過小評価し罪の意識を軽減する最小化という戦略といった、2つの取調べ技術が特に冤罪を生む手法として危険視されています。また、このような取調官には強い態度で取調べをする動機・機会・正当化の不正のトライアングルが完成してしまいますので、実際の冤罪事件でも暴行や、威迫、利益誘導といった自白強要が行われたことがありました。
このようにして、謂れのない罪で取調べを受けることによって非現実感を覚えていた無実の被疑者は、自身が罪を犯していないことを分かってもらえないという現実に直面して絶望し、孤立することになります。そのうえで、自白強要や身体拘束によって肉体的・精神的疲労がより一層蓄積され、取調べで屈服させられて反抗的感情が崩される結果、正常な判断ができなくなっていきます。このような状況にある被疑者は、当面の取調べの苦痛からいかに逃れるかといった当面の結果に着目してしまい、裁判の結果がどうなるかということを合理的に考えることができなかったり、あるいは自白調書があったとしても自身が無実である以上は裁判所が無罪判決を宣告してくれるものと楽観視してしまう結果、虚偽自白に陥ってしまうおそれがあります。自殺がそうであるように、人間は正常な判断ができない状況では客観的に自身にとって不利な行動もとってしまう生き物なのです。
しかも、虚偽自白をしたからといってそれで取調べが終わるわけではありません。取調官はその自白の内容をより具体的に聞き出そうとしますし、取調官に屈している被疑者としてもそれに追従してしまうことになります。取調官が会話の中で無意識的に正解に関する情報を提供してしまったり、取調官が見立てに沿って被疑者の供述を解釈したり反応を返してしまったりする結果、被疑者はどのような内容の自白調書が求められているかを察知し、より精巧な自白調書が作られてしまうおそれもあります。このようにして精巧な自白調書が出来上がる結果、裁判官が自白の内容が真実であると誤信し、誤判冤罪が生まれることになります。
虚偽自白の実例―氷見事件
実際の虚偽自白事例として、2件の住居侵入、強姦・強姦未遂事件について虚偽自白に基づいて有罪判決が宣告されたものの、後にDNA型鑑定によって真犯人が発覚した氷見事件があります。
2件の事件を同一犯人による犯行とみた警察は、被害者の証言をもとに作成した似顔絵を使って氷見市内で聞き込みを行い、似ている人物としてAさんを犯人と見立てました。実際に被害者の一人が「Aさんが犯人に似ている」と述べたこともあり、警察はAさんを任意同行して取り調べる方針を固めました。
Aさんは事情聴取において、当初から明確に犯行を否認していたのですが、取調官は「やったんだろう、被害者がいることだからわかる。」「被害者がかわいそうだとは思わないのか。」「ちゃんとしたことを話せ。」などと追及し続けました。
その次の取調べでは、Aさんが取調べ中に腹痛を訴えることもあったのですが、診察した医師が「ストレスが原因であり、特に病的な所見は認められない」と判断したことから、1時間ほど休憩した後に再度取調べが続行されてしまいました。そのような体調不良を訴えるAさんに対し、取調官は、「女の子があんたの顔を見たところ、犯人に間違いない、お前みたいなやつは死ねばいいのにと言っている。」、「否認を続けても意味はない。」、「やっていないのならちゃんと説明しろ。」などと、強い口調で供述を求め続けました。Aさんは強い口調の質問を受け続け、椅子から床に転げ落ちるように倒れこんだと言います。それでも休憩後に取調べが再開され、取調官は机を叩き、「今のあんたの姿を見てお母さんも悲しんでいるのではないか。」、「お母さんの前で本当のことを言えよ。」などと言って追及を続けました。この日、Aさんは自宅に戻って一人になると、「何度やってないと言っても聞いてくれない取調べはもう嫌だ」と思い、牛乳に除草剤を入れて飲んで自殺を図り、嘔吐してしまいました。
その翌日のことでした。Aさんは再び警察に呼び出され、取調官はから強い口調で、「おまえ、ちゃんとやっとるなら、ちゃんと女の子に謝らなくていいのか。」、「お前がやったんだな。」などと繰り返し供述を求められます。そして、取調べ開始から約1時間が経過したころ、「女の子に謝りたい」と述べて虚偽自白をしてしまいました。
虚偽自白を得た警察は、Aさんに犯行現場である被害者の家に案内するように求めました。Aさんは被害者の家がどこにあるのか全く見当がつきませんでしたが、現場に行けば分かると思うと答えたため、捜査用車両に乗せられました。そして、取調官の反応を見ながら道を指示したり、取調官の誘導に乗ったりすることによって、Aさんは最終的に犯行現場に到達しました。このような犯人に現場等を案内させる捜査を引きあたり捜査というのですが、その成功を聞いた刑事部長らは犯人しかできないはずの情報を知っていたAさんが犯人で間違いないと確信してしまいました。
Aさんはその後も逮捕されたときの弁解録取手続や、弁護士との接見後の取調べなど、合計3回にわたって再び犯行を否認する供述をします。しかし、そのたびに取調官が「前に被害者に謝りたいと言っていたのは嘘なのか。」などと厳しく責め立てたほか、慰めたりした結果、Aさんは最終的に自白に転じてしまいました。
無罪判決後、Aさんは精神科医に対して、「取調べについて、何を言っても聞いてくれない状況で誘導尋問が続いた。二畳半の取調室。白い部屋。頭がおかしくなる感じ、壁が迫る感じがした。口での暴力的内容や態度で、こぶしを握られて突き上げられた。怒鳴ったりされたことは良くあった。机を叩いたりもされた。このままいくと何をどうされるかという不安感があった。」などと語り、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されました。
氷見事件は無罪判決宣告後に警察による逮捕・起訴が違法だと国家賠償請求訴訟において認められたところ、その判決文では上記の経緯が認定されたうえ、警察がAさんの「心理的圧迫に乗じて、(中略)何もないところから虚偽の自白を作出し」たものと判断されました。
虚偽自白を防ぐためには
虚偽自白を防ぐために、最も必要なことは取調べ依存をやめて、取調べ時間を短縮することです。
そのうえで、取調べの全事件・全過程可視化や弁護人の立会いといった冤罪の再発防止策を導入することが必要です。
また、取調べの方法に関する公的なガイドラインも必要だと思います。
実際に虚偽自白や自白強要といった事例が生じている以上、それらの失敗から学び、再発防止策を講じなければならないと思います。
プロフィール
西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官
プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している (アカウントはこちら)。
今回の記事の参考文献
参考文献:西愛礼「冤罪学」、浜田寿美男『自白の研究』(三一書房、1992年)、R.ブル=R.ミルン(原聡(訳))『取調べの心理学―事情聴取のための捜査面接法―』(北大路書房、2003年)、Kassin S. M. & McNall K. Police interrogation and confessions: Communicating promises and threats by pragmatic implication. Law and Human Behavior. 15, pp.233-251 (1991)、富山地高岡支判平成19年10月10日LEX/DB28135488、富山地判平成27年3月9日判時2261号47頁、前田裕司・奥村回(編)『えん罪・氷見事件を深読みする 国賠訴訟のすべて』(現代人文社、2016年)。なお、記事タイトルの写真についてはGetty ImagesのEvgeniyShkolenko の写真。