ホロコースト否定が犯罪?!ヨーロッパが禁じる歴史修正主義から見る日本 ドイツ現代史の武井彩佳さん【戦後80年連載・向き合う負の歴史(9)】

ヨーロッパ諸国の歴史修正主義に関する法制度を解説する学習院女子大の武井彩佳教授=2025年4月、熊谷政宣撮影

 ドイツで「ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)はなかった」と公共の場で言えば、犯罪になる恐れがある。刑法130条「民衆扇動罪」第3項(ナチ支配下で行われた行為を是認、否定または矮小化)違反は、5年以下の禁錮刑または罰金だ。

 ヨーロッパの多くの国に、こうした歴史修正主義・歴史否定の言説を禁じる法がある。歴史に法律が介入しているようにも見えるが、実際にはヘイトスピーチの文脈で規制されている。ドイツ刑法130条は、1、2項が差別禁止で、3、4項がホロコースト否定やナチス賛美の禁止だ。
 ドイツ現代史に詳しい武井彩佳・学習院女子大学教授が解説する。(聞き手・共同通信=角南圭祐)

 ▽背景に政治的利益

アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所(第2収容所)で、所内に移動するユダヤ人の女性収容者ら。背後に立つのはナチス親衛隊員。1944年、親衛隊撮影(エルサレムの記念館「ヤド・バシェム」提供・共同)

 歴史修正主義とは、過去の問題ではなく、基本的には現在の問題です。現在の政治的な要請が生み出す運動で、特定の歴史をよりよく見せるため、脚色を施したり、取り扱いたくない歴史を矮小化したりする。一部を過大に評価したり、全体を過小評価したりといろいろな方向性があるが、政治的利益、政治的信念が背景にあります。

 日本では歴史修正主義という言葉がよく使われますが、ヨーロッパではここ10年ほどで、歴史否定とか歴史否認主義という言葉に置き換えられています。そもそも歴史記述は修正されるもの。史料が出れば記述が変わり、固定的ではありません。
 「ホロコーストで実は誰も死んでない」とか「ガス室はなかった」などの直接的な言説は、法規制のためほとんど見られなくなっていますが、あいまいな言説はまだあります。こうしたものを歴史修正主義と呼べば本質が見えなくなるため、詭弁(きべん)を許さないという意味でも、歴史否定と呼んでいます。

 ▽被害集団をおとしめる意図

武井彩佳教授

 日本では歴史修正主義というと、事実関係で論争が起きているのかなと思われがちですが、そうではありません。歴史修正主義には、歴史的な被害を受けた集団をおとしめる意図、傷つける意図があります。
 ホロコーストやジェノサイド(集団殺害)を否定すると、被害者は自分の経験がなかったことにされ、死者に対する冒涜(ぼうとく)にもなります。

 歴史修正主義は何もないところから生まれません。偏見や差別が先にあり、推進しているのは明らかです。これが具体的な被害を生み出しそうなら予防し、生み出したら処罰しなければならないというのが法規制です。

 ▽法規制の広がり

ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡で、第1収容所のガス室の内部。天井の穴から毒ガスを噴射して収容者を殺害した=6月、アウシュビッツ博物館(共同)=2023年6月

 ヨーロッパでは、第2次世界大戦中のナチズムによる犯罪は弁解できない人権問題だという前提、共通認識があります。その中で1990年前後、ネオナチが台頭してきて、ナチス賛美やホロコースト否定、移民排斥などの悪質な運動を始めたため、法規制が始まりました。
 2000年代に入ると、EU(欧州連合)の方針としてヘイトスピーチを許さない流れがあり、EU加盟国がヘイト規制の一部として歴史否定に対応してきました。

 法規制には、政治による濫用(らんよう)の危険性もあります。東欧では、自国に不都合な歴史を歴史否定として抑え込むことにも使われています。ドイツでも、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃に抗議する人が、反ユダヤ的な言説だとして規制対象になりかねません。

 ▽なかったことにしないために

武井彩佳教授

 「日本でも法規制はできないか」という問いを多く受けます。
 私はヨーロッパが専門で日本の歴史修正主義に関しては実証的な知識がありませんが、例えば「慰安婦なんていない」と言えば歴史否定です。南京大虐殺の犠牲者数が信用できないからと、虐殺自体を否定するのも、歴史否定の常とう手段です。

 しかし、歴史学者として私は、法規制には反対です。何をどう規制するかは政治的決定。例えば「南京大虐殺ではなく南京事件と記述しろ」と決められると、言論統制になってしまいます。
 各地の強制動員などを記憶する追悼碑も、行政は圧力を受けた時点で撤去してしまう。法でお墨付きが得られれば、とどまるところがなくなるでしょう。ヘイトスピーチの規制はできても、国家が(法規制を通じて)「正しい」歴史を定めるべきではない。

 追悼碑のようなものが撤去されれば、地域住民からはその存在が見えなくなり、「撤去したんだから」と本や記述も消えていき、報道も研究もされなくなっていく。史料も破棄されるかもしれない。その歴史を認知できなくなり、埋もれ、なかったことになっていきます。

1940年9月27日、日独伊三国同盟締結を祝って開かれた祝賀会で乾杯の音頭を取る松岡洋右外相(右から4人目)。右からスターマー・ドイツ特派公使、オットー・ドイツ大使、インデルリ・イタリア大使。松岡の左へ、星野直樹無任所相、東条英機陸相、白鳥敏夫外務顧問=東京の外相官邸

 埋もれてしまった歴史はたくさんあります。でも、人権に関わる悲惨な歴史は、記憶にとどめる義務があります。
   ×   ×

著書「歴史修正主義」と武井彩佳教授

 たけい・あやか 1971年愛知県生まれ。学習院女子大学教授。専門はホロコースト研究、ヨーロッパ現代史。著書に「歴史修正主義」(中公新書)など。

 【戦後80年連載・向き合う負の歴史(10)「強制的に動員」の看板を市が隠した…戦争末期の極秘計画跡地で起きたこと 住民と朝鮮人が掘った長野・松代大本営】に続く
   × × ×
 これまでの連載
【(1)県が撤去した朝鮮人労働者追悼碑は「加害の歴史」伝えるシンボルだった】
【(2)フェミニズムを入り口に慰安婦問題を学ぶ若者たち―東京、5千人学ぶカフェ】
【(3)集団自決の傷痕撮る沖縄の写真家「真実伝え、戦争なくしたい」】
【(4)うそつき呼ばわりされても、731部隊の「本当のことを語る」―94歳の元少年隊員】
【(5)神奈川の人造湖を造った朝鮮人、中国人。碑が傷つけられても地域ぐるみで語り継ぐ】
【(6)戦争経験継承は未来に向けた責任、「否定論」は実証積み重ね欠く】
【(7)南京大虐殺を武勇伝のように語った元兵士。聞き取った神戸の老華僑が感じたことは】
【(8)「歴史修正主義」と批判されるが、自分は極めて誠実な立場だ―当事者証言の検証欠かせない】

© 一般社団法人共同通信社

あなたにおすすめ