代打・山本

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代打・山本
@yamanaka49in
地元の電車やバスを模型化しています。実車の画像も投稿することがありますが、模型化の資料として撮影したものばかりです。掲載した画像はご自由にお使いいただいて結構です。無言フォローご容赦下さい。
石川県Joined February 2015

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北陸線の475系にあった自販機コーナーです。洗面所を撤去(対面の便所は閉鎖)したスペースに設置されていましたが、数年で姿を消してしまいました。
24系25形寝台車の非常口と洗面所窓の処理、銀帯がステンレスかテープかが話題のようですので「銀河」と「日本海1・4号」で使われていた車両の画像を貼っておきます。全部は揃っていませんのでご容赦ください。その①オハネ25 42・60・63・64
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西日本持ちだった「日本海1号」に連結され、大阪駅で発車を待つカヤ24 10です。車端部の窓がよろい戸状になっていました。逆サイドは写真を撮っていないのでわかりません。
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1981年に地平時代の金沢駅で撮影した七尾線のキハ58系です。ホームに据え付けられて客扱いが始まっているのに反対側の扉を開けて号車番号札を差し替えており、行先表示板の差し替えも同時だったはずです。その行先板は「金沢⇔蛸島」で、懐かしい昭和の鉄道風景です。
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金沢運転所(総合車両所に名称変更後だったかもしれません)に勢揃いしたゆぅトピア、アストル、わくわく団らんです。金沢支社の三役揃い踏みといった感じで、ジョイフルトレイン華やかなりし頃でした。
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昨日に続いて475系のサボです。差し替えを行う職員さんがいない駅で折り返す運用ではこんなのもありました。「どこ行きなのか」「余計に分かりにくい」という声もあったようで、そのうち掲出されなくなり、LED式の表示器が設置された車両も登場しましたが、全車に行き亘らないまま引退を迎えました。
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先日の七尾線の画像に予想外の反響をいただきましたので、国鉄型電車の中でも最強レベルの「沼」と思われる415系800番台の模型化用画像を少しずつUPさせていただきます。いずれも撮影は1999年頃で、ベンチレータ撤去や半自動化が行われる前の「原形」の姿です。
C01編成の七尾線での(宇野気~羽咋あたりでの)海側です。クモハは分散型クーラーの一番後ろだけ形状が違い、先頭寄りの票差しが離れてついています。
モハはごく普通の形態です。
クハは試作冷房車からの改造なので、クーラーの位置が偏っています。客扉はHゴムがなく、通常なら左側の扉の横にある行先表示板を入れる枠が右側にあります。霜取りパンタを取り付けた後ですが、夏なので外していたようです。
話題になっているあの路線の始発駅です。1987年にバスとの乗り継ぎを円滑化するために建て替えられた駅舎が「いかにも昭和」とか「エモい」とか言われているようですが、還暦近い人間にとってはいまだにこの駅舎に馴染みがあります。「快速」という種別はなく、23分で走るのは1本だけでした。
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昨日は宮原区の24系25形に多くの反響をいただき、ありがとうございます。「日本海2・3号」で使われていた青森区の車両も少しですが撮影していましたので貼っておきます。こちらは非常口は段差なく平滑に仕上げ、洗面所窓は埋められているのが普通でしたが、水切りが残った車両もいました。その①から。
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高岡駅を後にする城端行き4連です。手前からキハ30 27+キハ47(番号不明)+キハ52 139+キハ47(番号不明)で、キハ52のこの塗色が見られたのは短い間だけでした。キハ30 27の晩年は方向幕を使わずに助士席窓に表示していたのを、この写真を見て思い出しました。
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JRのホームで列車を待っていたらこんなのが来で、慌てて撮影しました。イベントとかではなく、故障車をデキで牽引していたようです。跨線橋がつながっていて、駅名に「新」が付く前でした。
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今日の夕刊の記事ですが、北陸本線の除雪にキヤではなくDE15が出動したようで、金沢から米原方面に向けた上り方向です。撮影時刻が午前1時29分とあり、寒い中でこんな時間にカメラを構える記者さんも大変です。
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485系「スーパー雷鳥」の妻面で、左がモハ485、右はクハ481です。撮影時期不明ですが、七尾線電化による所要数増に備えて新たに改造された車両で、デビューを控えて留置されていたのだと思います。扉がクハだけ新型ですが、どんな基準で交換されていたかは分かりません。
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金沢にいたクモヤ441-7です。走行装置は旧型国電モハ72の流用で、松任工場の出入場で走るのを何度か見たことがありますが、釣り掛け式の轟音をひびかせていました。いつもなら周囲に増結用の485系MM’とかがいるのですが、多客期で出払っていたのかもしれません。
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北陸色のサハ455-6です。このあと方向転換、先頭化改造でクハ455-702としてクモハ413・モハ412-8とともに新北陸色で登場しているため、サハ455-6としての新北陸色の期間はありませんでした。右側は先頭部の雨樋が短いのでクモハ471ですが、番号は分かりません。撮影日不明 東金沢にて
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写真集「よみがえる記憶 北陸の鉄路」の世界観の模型化を少しずつ進めています。Nゲージでこんな車両が市販されるなんて、昔では考えられませんでした。
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写真の裏書きがないので撮影日が不明ですが、金沢運転所に並んだ471系と419系です。419系に初代の「TOWNとれいん」ヘッドマークが付いていた時期は短かったと思います。左の471系は「471 3」と表示しているので、クモハ471-3でしょう。
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475系新北陸色の6連です。手前のクモハ475-40はJRになってからも前面窓下の通気口が残っていた数少ない1両で、埋められた種別表示器にツララ切りがあるのも特徴でした。このあと延命NB工事が行われてシールドビーム化され、これらの特徴も消滅しています。1995年6月28日 野々市にて
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高架化前の金沢駅を出発する485・489系「北越85号」です。1988年から翌年にかけての年末年始の多客対応で登場した混色編成で、すでに落成してデビューを控えていた「スーパー雷鳥」色5両に国鉄特急色と白山色を1両ずつを加えた7連でした。
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写真を整理していたら見つかった石川線の元名鉄2連で、影の向きから朝ラッシュを終えて鶴来方向へ帰る列車です。鶴来寄り3740形は1978(昭和53)年入線に対し、野町寄り3700形は1980(昭和55)年の能美線廃止で休車(新西金沢留置)になったため、この2形式のコンビが見られたのは短期間でした。
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北陸新幹線が金沢まで開業した9年前に見られた521系の混色編成です。今回の敦賀延伸でも見られそうですが、金沢駅では三セク3社に七尾線も合わせた「4色並び」が見られるタイミングもあるのかもしれません。
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石川線の旧石川鉄道区間(新西金沢〜鶴来)が今日で開業110周年を迎えましたが、この区間の開業当初は軌間762mmの蒸気動力だったことはあまり知られていないのかもしれません。軽便時代の写真はほとんど見かけませんが、急曲線や敷地の狭さが名残りです。
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1991年に金沢運転所で撮影したクハ481-801です。この年の1月に福知山から転入し、直江津向きで「北越」「加越」「しらさぎ」で運用されましたが、8月までに米原向きに方転、「スーパー雷鳥」色に塗り替えられました。この写真は国鉄色のまま米原向きの貴重な姿なのかもしれません。
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