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閑話 プール

私達が、ちょうど川でした約束を忘れた頃、秋華はその約束を思い出したらしい。海にもプールにも行きたかったが、そのどちらも行くよう予定を付けるのは難しく、考えた結果、海の波や砂浜が再現された大型レジャープールを発見するに至ったようだ。他にもウォータースライダーや流れるプールなど様々な施設が併設されているそうだ。

そういう訳で、秋華は、私達に有無を言わさずレジャープールに連れてきていた。私が水着に着替えると、秋華がうんうんと頷きながら満足げに私の水着を見ている。例のオレンジのフリルの付いたセパレートの可愛いやつだ。

私は少しムッとしながら口を開く。

「秋華もたまにはスク水じゃなくて、ちゃんとしたの着たら?」

「ダメだよ!私の美しさにせっかく可愛い水着も着ておしゃれしようと頑張ってる紫澄が霞んじゃうよ!」

ふむん、こんなことを言った私が馬鹿だったようだ。あと、スク水でも引き締まった身体の秋華が着ているとなんだか格好良く見えてくるのがムカつく。

私は秋華を無視して先に出ていた夕陽の方に向かった。夕陽がきょろきょろしている。メガネを外しているから、誰が誰だか識別できないのだろう。夏休み真っ只中ということもあって、どこから湧いてきたのかここには、想像以上にたくさんの人がいた。

私が声を掛けようとしたら、夕陽が先に気づいておーい!と手を降って近づいてくる。

「紫澄ちゃんの水着遠くからでもわかりやすくていいね。」

そう言われると、ちょっと恥ずかしい。確かにすこし目立つけれど。

と、そういいながら夕陽はじっくり私の水着を観察し始めた。近視のせいでだいぶ顔を近づけてくる。だいぶ恥ずかしい。

「この前も思ったけど、可愛い水着だね。紫澄のお母さんはセンスがあるね。お母さんには感謝しないと。」

眼福、眼福とばかりにしたり顔の夕陽が満足げに私の水着を見ている。秋華と夕陽がなぜか気が合うのは、こういうところなのかもしれない……。

そういう、夕陽もこの前と違って可愛い水着を着ていた。夕陽はこう見えてすこし、子供っぽい趣味をしている。単純に可愛いものが好きらしい。恥ずかしいのかあまり人前では出さないようにしてるみたいだが。

前に彼女の家に行ったときに枕元にテディベアがたくさん並べられていて驚いた。ぬいぐるみの配置が少し崩れていて一体横になっていたから、おそらく、寝るときは抱っこして寝ているのだろう。たしかにわるくないものだろう、もふもふの良さには私も覚えがある。

いつもクールで品のある夕陽が少し子供っぽい趣味をしているというのは、なんというか、こう、ぐっと来るものがある。素晴らしい、世界に感謝。

「えー、そういう夕陽も可愛い水着、着てるじゃん。」

夕陽がうつむき加減に、小さい声でえ、あっ、ありがとう、と可愛い反応をしてくる。えっ、可愛い。どうやら、今日の水着を自慢したかったらしい。

そんなやり取りをしていると、秋華が夕陽は渡さないから!と横から話に割り込んでくる。

「はいはい、わかったから、泳ぐんでしょ、行くよ。」

「くっ、余裕の対応だ……。」

そう言いながら秋華は私達の手を取って、人工の砂浜に波が打ち寄せてくる大きなプールの中に連れて行く。


打ち寄せてくる波に翻弄されながらも、私達はそれと楽しく戯れていた。波は規則正しくそれでいて、計算された少しの無秩序を含んで毎回少し違ったタイミングと形で私達に向かってくる。その中には安定と安全性とが含意されながらも、模倣された自然という不確かさが調度良い刺激として含まれていた。この驚きや面白さも正しく設計され、想定されたものかもしれない。けれど、この多くの人々の合間で、波にどこともなく流されていく私達が予定されていたものとは到底思えない。今日みたいに可愛い夕陽は、そうそうお目にかかることは出来ないだろうし。

どんどん先に行く秋華に連れられて、気付くと思ったより、奥の方まで来てしまっていた。夕陽は足がつかないのがこわいと浮き輪にしっかりと捕まっている。浮き輪を持った秋華に引っ張られていく夕陽はぼやけた視界で不安そうに波間をみつめている。やっぱり、今日の夕陽はいつにも増して可愛く見える。私がここにいるから大丈夫だよと、秋華に引かれていく夕陽の横について立ち泳ぎをする。夕陽がうん、と小さく言って私の腕をとる。いつもと違い素直に私に頼る夕陽に少しドキッとする。

たまにはこういうのも悪くない。いや、たまにだから良いのかもしれない。プールに来るのは面倒だと思っていたが、こう、良いことがあるのだからわるくないものだ。

気付くと、引っ張るのも飽きたのか秋華は浮き輪に片手を置いてプカプカと天井を見て漂っていた。

「波があるのに太陽がないのってなんか不思議だね。」

私もつられて、上を見て答える。

「たしかにね。快適だけど、海にはやっぱり嫌になるくらいの暑さと日差しがないと物足りないかも。」

秋華がニコッとこちらを向いて答える。

「やっぱり、そう思う?プールもいいけど、海は本物が良いよね!よし、海もちゃんと行かないとだね!」

私はまた、余計なことを言ってしまったらしい。けれど、そう言いながら、少し本物の海に行きたくなっている自分がいるのを感じる。塩の匂いも味もベタつきもなく、クラゲも魚もナマコいないというのはやっぱり少し寂しいのかもしれない。制御できない不愉快さや退屈さというのが、自然の持つ本当の刺激なのかもしれない。

「うん、プールもいいけど、やっぱり海はいいよね」

私がそう答えると反論されるのを楽しみにしていたのか、秋華は不満げな顔をして、何も言わず私の横腹をつついてくる。


私達3人はそれからどれくらいの間だったか、揺られながら雑談をしていた。と言っても、夕陽は雑談どころではなく落ちないように必死に浮き輪にしがみついてるだけだったけれど。

そんな、夕陽をみて、私がそろそろ陸に戻って少し休憩しよっかと、秋華に話しかける。うん、わかったーと天井をみている秋華が答えた。

夕陽を引っ張ってくるだけ引っ張ってきた秋華だったが、帰りは浮き輪を私に押し付けて、私達の周りを泳ぎ回っている。私の手に預けられた夕陽は先程までと打って変わって安心しているようだし、まあ、良いかあーとゆっくりと浮き輪を引っ張っていく。

陸に到着すると、元気になった夕陽が秋華にあんなところまで引っ張っていきやがってと水を掛けていた。それに、待ってましたと言わんばかりに秋華が楽しそうに応酬している。元気のよいことで……。

二人の戯れが一段落して、落ち着いた秋華が、少し遠くで眺めていた私にかき氷が食べたいと叫んでくる。喉も乾いてきた頃だし調度良い休憩になる。わかったーと返事をして私達はかき氷屋さんを探し始める。かき氷屋さんを無事、見つけた私が、マンゴーがたくさん乗った少しお高めの美味しそうなかき氷を頼もうとしていたとき、悲しそうに財布を覗き込む秋華が目に入る。溜息を付いた私はわかりきったそのオチの答えを聞くことにした。

「どうしたの?」

「お金がない」

「はいはい、今日は貸してあげるから。で、どれにする?」

こんな切実な顔をした秋華を見たのは初めてかもしれない。忘れないようにしておこう。

「ほんと…?イチゴのやつが良い…。」

私と秋華はマンゴーとイチゴのかき氷を買った。夕陽はあんみつの乗った和風のかき氷にしたらしい。なるほど、そういう選択肢もあったか。

設置されているテーブルに腰掛けて、それぞれのかき氷を食べ始める。やはり、甘いものは良い。甘味は人類の宝だ。私がその美味しさに感動している横で、秋華と夕陽も存分に舌鼓を打っているようだ。秋華がニコニコしながらかき氷を頬張って、キーンとした!といって顰め面をしているのを見ると、貸した金が遥か彼方に忘れ去られてきっと戻ってこないことなど、どうでもよくなる。

秋華がこちらをみている。

「そのマンゴー、一口ちょうだい?」

「じゃあ、交換ね。」

わかった!秋華はそう言って、私に少し大きめのイチゴを差し出してくる。ん、イチゴもやはり良い選択だったようだ。日本で作られる果物と言うのは世界でも屈指の美味しさと言うが、このイチゴも格別だ。私が丹念に味わっていると、早くマンゴー頂戴とねだってくる声に気づいてふと我に返った。

「はい、お返し。」

「マンゴーも美味しい!!」

そんなやり取りをしていると、意外なことに夕陽も欲しくなってきたらしく、こちらを物欲しそうに見ている。やっぱり、今日の夕陽はちょっと可愛い。私は笑いながら夕陽にもマンゴーを振る舞う。


その後も私達は秋華の赴くままに流れるプールやウォータースライダーなどを連れ回されていた。でも、不思議だ、ここには、沢山の人が驚くほどの密度でいるのに、私達だけがここにいるようにさえ感じられる。ここには意図された、無関心がある。この管理された世界では関係性は意図され、制御された間にのみ接続される。

この場所では、この場所の外で繋がった誰かとしか繋がられないように思える。この空間に持ち込まれるのは外部に接続された意味だけに思える。想定されたこの場所において、想定されない予想外の関係性は排除される。ここにある本物はなおも、私達という関係性の中に閉ざされる。そんな風にも思える。

遊び疲れた私はいつの間にか夕陽と隣り合ってまどろんでいた。

「秋華はほんとに元気だよね~」

私はそんな夕陽の呟きに答える。

「それだけが取り柄だからね。」

その言葉が聞こえていないはずの秋華が流れるプールに流されながら、私の方を軽く睨んでいるのが目に入る。やはり、シックスセンスの持ち主なのかもしれない。言葉には気をつけよう。

ふと、思い出した私は夕陽に問いかける。

「ねえ、このプールで読むとするならどんな本が良い?」

「そうねえ、アンチ・オイディプスかな。」

「あーあ、いつもの調子にもどちゃった。今日の夕陽はあんなに可愛かったのに。」

夕陽がフンッと鼻を鳴らして問い返す。

「で、紫澄はここで、どんな本が読みたい?」

「えーっとね、私はJ・G・バラードの千年紀の民かな」

少し考えて、答えた私の回答に、夕陽がいつもの調子で返す。

「なるほどね、可愛くない答えね。」

気付くと後ろにいた秋華がそうだよ!可愛い紫澄も夕陽も私だけのものだからね!と抱きついてくる。

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