なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 朝食を終えたフィリップは、魔剣を見に行こうという衛士団長と数人の衛士たちにくっついて行動していた。

 

 エレナとリックの先導で森の中を歩いていると、ツリーハウスやそれらを繋ぐ回廊上から、幾つもの訝し気な視線が降ってくる。フィリップは彼らの顔を見返して「美形が多いなぁ」なんて安穏と感嘆していた。

 彼らの目に宿るのは大きな隔意と、ほんの少しの好奇心だ。敵意や嫌悪感のようなものは感じられない。

 

 人にとっての猿。

 エレナが言っていた──正確にはエルフ語を訳してくれたシルヴァが言ったのだが──とおり、排除すべき余所者ではなく、完全な別種という認識なのだろう。人間だって、人里に迷い込んだ猿は、何か悪さをするまでは「そのうち出ていくだろ」と傍観する。今はそういう段階のようだ。

 

 ツリーハウスの無い純粋な森、エルフの集落の外に出てからしばらく歩いていると、木の幹に妙に見覚えのある模様があった。邪悪言語の意匠ではなく、この森を訪れてすぐに、木に彫られているのを見たものだった。

 

 「あれはエルフの使う記号です。ここから先は危険という意味です」

 「……なるほど、それで龍の住んでいる方にもあったんですね」

 「若いエルフが度胸試しに彫りに行ったのだと思います。それは愚かなことです。死の危険がある」

 

 ぬぼーっと模様を見ながら歩いていたフィリップの視線に気付き、リック翁が説明をくれる。

 

 「まぁ、魔剣でも無ければ倒せないような相手ですからね。ルキアか殿下でもいれば、純エネルギー系の大火力で押し切れるかもしれませんけど」

 

 存在格の隔絶は、上位存在に対する下位存在の干渉が無効化されるという現象だ。これ自体は、龍や邪神が意識して展開している防御ではなく、リンゴが地面に落ちるようなただの法則。だが、そこには明確な抜け道が存在する。

 

 下位存在による直接の干渉──つまり、殴る蹴る、剣で切る、魔術を撃つなどの攻撃は無効化される。ここには弓矢や爆発物による間接攻撃も含まれる。

 

 しかし、下位存在が何かをして、その結果として生じた現象は存在格ガードには阻まれないのだ。

 たとえば地下空間で魔術を撃って、天井が崩落したとする。天井を崩落させるような威力の魔術は無効化されるが、降り注ぐ岩盤や瓦礫の衝突ではダメージが発生するということだ。……まぁ、存在格ガードを持つような手合いが、瓦礫くらいで傷付くのかという疑問はさておき。

 

 ルキアの『明けの明星』は、光をエネルギー化して撃ち出す極大火力だ。

 万物を貫く光の槍は、魔術攻撃である以上、存在格ガードに阻まれる。しかし、その膨大なエネルギーによって焼き切られた空気が大爆発する、その爆風や衝撃によるダメージは見込めるだろう。

 

 「そうだな。だから言っただろう? 決して人間に倒せない相手ではないと」

 「まぁ、そうですね。……言われてみれば、吸血鬼の始祖は王龍を殺したって言われてますし、ちょっと怖がり過ぎました」

 

 てへへと照れ笑いなど溢すフィリップ。

 衛士団長は「そのくらい慎重な方がいいらしいぞ!」なんて笑顔を返したが、ヨハンも含め一緒に居た衛士たちは全員が頬を引き攣らせていた。ドラゴン相手に怯えすぎも何も無いというか、この二人、まさか脳筋仲間なのではないだろうか、と。

 

 「ふぃ、フィリップ君? 一応聞きたいんだけど、“あっちの攻撃に当たらず、こっちの攻撃を当て続ければ勝てる”とか思ってないよね?」

 「え、なんですかその無限のスタミナを前提にしたようなロジック。それに頷くのってミナぐらいですよ」

 

 自分の肉体が如何に脆弱で貧相かを知る身としては、その論理は夢のまた夢だ。検討の机上にも乗らないような、空想論。それが出来るなら拍奪とウルミで無双している。

 

 フィリップの答えを聞いた衛士はほっと安堵の息を吐いて、今度は自分たちの棟梁に胡乱な目を向けた。

 

 「良かった。ちなみに団長、アンタはフィリップ君みたいな召喚術は使えないワケだけど、なんで龍に勝てると思ったワケ?」

 「ん? そりゃあ、龍も生き物だからな!」

 

 至極当然のように、1+1は2だとでもいうかのように、団長は言い切る。

 その稚拙とも言えないような論理に、フィリップは「えぇ……?」と困惑も露わに呟き、衛士たちは苦笑したり頭を振ったりして呆れを露わにしていた。

 

 「む? 何か変か?」

 「変というか……」

 

 いや、変だ。

 間違いなく変なのだが、流石に面と向かって「はい」とは答えられず、フィリップは曖昧に笑う。

 

 その反応で答えを察した衛士団長は、歩きながら真面目な顔を作り一本指を立てて語り出した。

 

 「少年、よく考えてくれ。お前たちもだ。いいか? ……龍は、生き物だ。心臓があり、脳がある。骨格と筋肉の連動によって体を動かし、血管が身体中に血液を巡らせている。あの巨大な体躯は一個の存在だが、それは一枚の岩のようなものではない。生体組織の集合、無数のパーツの集まりだ。そこには必ず、連結部分や構造の薄い部分、重要臓器──所謂、急所がある。であるのなら、そこを突けば殺せるだろう」

 

 沈黙──ではない。衛士団長の言葉をエレナに訳しているリック翁の声だけが、森の静かな空気を震わせる。それも終わると、今度こそ完璧な沈黙に包まれた。

 衛士たちも、リック翁も、エレナまでもが、呆然と苦笑の綯い交ぜになったような微妙な表情を浮かべている。

 

 例外は二人。

 一人は張本人であり「完璧な理論だろう」と胸を張っている衛士団長。もう一人は、「そうかも……!」なんて、蒙が啓いたような顔で呟いているフィリップだ。

 

 「まぁ、今はその急所をブチ抜くだけの武器が無いって話なんだがな! あっはっは!」

 「それは確かに……」

 

 フィリップは少しだけ意気消沈して呟く。

 しかし、人の手にあらざるもの(クリエイテッド)の魔剣なら、もしかしたら存在格で人間に勝る龍を殺し得るかもしれない。魔剣の入手、封印の突破は不可欠だ。

 

 これは必要事項だ。ロマンとか好奇心とか、そういう動機ではない。断じて。

 

 また少し歩くと、木に刻まれる危険を知らせる模様の頻度が高くなってくる。

 

 ややあって、一行が案内されたのはそこそこのサイズの洞穴だった。

 断崖にぽっかりと空いた空洞の中は、日の光も差し込まないほどに深くて暗い。熊でも出てきそうな感じだ。崖の周りには例の危険地帯を示す模様が無数に刻まれ、それだけでおどろおどろしい雰囲気がある。

 

 「……おぉ、それっぽい!」

 

 どちらかと言えば金銀財宝を抱えた龍が住んでいそうな洞窟だが、魔剣が封じられていても違和感はない。

 

 無警戒にとことこと洞窟に踏み入るフィリップ。その後を衛士たちが慌てて追いかけるが、一行はすぐに踵を返して洞窟を出ることになった。

 

 「滅茶苦茶深いですね。松明とかランタンとか、光源が無いとどうにもならないです」

 「そうだな。リック殿、この辺りの木を使っても?」

 「次の間伐で切る予定の木であれば。あれと、あれと……あぁ、あれは松です。脂が良く燃える」

 

 リックが示した木の枝や樹液を使い、衛士たちがてきぱきと人数分の松明を用意する。

 資材提供のお礼にと、団長が間伐予定の木を剣の一閃で切り倒していた。……居合の一撃で切った木は、フィリップが抱き着いても手が届かないくらい幹が太かったのだが。馬鹿げた切れ味の剣に、冗談のような技量だった。

 

 松明を持ってもう一度洞窟に入ると、森に面している部分はほんの入り口で、中は地下深くへ続いているようだった。

 鍾乳石の垂れ下がる悪路を、あちこちぶつけたり滑ったりしながら進んでいく。

 

 鍾乳洞の壁には古い傷があって、リック翁によると順路を示す矢印のようなものらしい。先人が残した目印に従って、松明の明かりを頼りに暗い洞窟を踏破する。

 

 十数分が一時間にも思える疲労を強いる悪路を抜けた先には、狭苦しい洞窟を踏破した報酬どころか、むしろここに入った報酬が欲しくなるような気色の悪い光景が広がっていた。

 

 ぬらぬらと湿った岩肌が松明の頼りなく揺れる明かりを反射して、光源の強さ以上に広い範囲が照らされる。

 しかし、決して遠くまでを見通すことはできない。それは頭上に、足元に、そこらじゅうに張り巡らされた、灰白色のねばつく帯のせいだ。

 

 それらは時折、明らかにフィリップたちの動き以外の何かに反応して揺れる。風の無い地下空間でありながら。

 

 「うわ……なんだこれ」

 「これが今や、魔剣の封印です。魔剣を安置していたここは、元は広い地下湖でした」

 

 地下湖と言われて少し進んでみると、すぐ先は大きなドームになっていた。地下大空洞、とでも言えばいいのか。フィリップたちがいるのはその最上部にほど近い突出部で、何十メートルもの断崖の下には、僅かに水面が見える。

 しかし、その暗い水なんて目に入らないほど、ドームの中は巨大な蜘蛛の巣で覆われていた。いや、蜘蛛の巣のようだというのは直感的なもので、実態としては無数に折り重なって張り巡らされた、灰白色の帯なのだが。

 

 「これは、ある時からここに住み着いた、悍ましい魔物のせいです。剣や魔術では断ち切ることのできない蜘蛛糸を張り巡らせる、謎の魔物が居るのです」

 「魔物……?」

 

 フィリップは背筋がぞくりと冷えて、身震いしながら呟いた。

 

 「はい。唯一、あの魔剣だけが蜘蛛糸を斬ることが出来ました。しかし、その魔物を退治しようとした集落一の猛者が魔物によって倒されてしまい……今は、あそこに」

 

 リック翁が示す先は、蜘蛛糸に満ちたドームの下だ。

 蜘蛛の巣の隙間に目を凝らすと、地下湖の真ん中に浮かぶ小島──というか、小さな岩に、明らかに松明の反射ではない燐光を見つけた。

 

 「うむ……本当に切れない。剣が食い込みすらしないな」

 「いつの間に試したんですか!? 剣がくっついて取れなくなったらどうするんですか! それ一張羅なんですよ!?」

 

 衛士団長とヨハンがコントのような掛け合いをしているが、あまり笑えない。衛士団長の一撃は直径60センチを超える巨木をも両断する威力だ。それこそ、武器次第では龍の翼を落とせると信頼されるほど。

 

 それが通らないとなると、蜘蛛の巣を切り拓いていくのは無理だろう。

 

 「……降りる道などは?」

 「この壁沿いの階段だけです」

 

 頼むからあってくれ。そう祈るような調子で尋ねる衛士に、リック翁は残念そうに答える。

 

 確かに彼の言葉通り、ドームの壁からせり出すような形で、下へと続く階段はある。

 しかし、元はきちんと石を掘って作られたであろう階段は、今や白い石灰に覆われてデコボコで、そのうえ蜘蛛の巣が何十何百と壁から伸びていては、落ちずに下まで行けるか自信がなくなる。

 

 それに、もっと大きな問題もある。

 

 「……こんなサイズの蜘蛛の巣って、ジャイアントスパイダーどころの騒ぎじゃないぞ? もっと大きい……ケツだけで何メートルもありそうだ」

 

 蜘蛛の巣を織りなす糸は、その一本毎がフィリップの胴ほどもある太さだ。ならばこれを排出した蜘蛛本体は、体長が十メートルを超えていても不思議はない。

 

 衛士の言葉に、リック翁は重々しく頷く。

 

 「その通りです。どれほど恐ろしいものを見たのか、それを倒さんと踏み入った若者が最期に遺した言葉は、“体の中に蜘蛛がいる”でした。憑りつかれたように同じ譫言を繰り返しながら、自分の身体を掻き毟り、引き裂いて死んだのです」

 「それは……痛ましいですな」

 「ですから、貴方たちが魔剣を手に出来れば、お譲りします。無理だと思うのなら、諦めるべきですが」

 

 衛士たちの勇気や決意を問うような言葉に、彼らは仲間同士で顔を見合わせる。

 彼らの目に怯えの色は無かったものの、そもそもどうやって魔剣のある所まで行くのか、どんな魔物がいるのか──どれほど恐ろしいことをされたら、そんな死に様になるのか。そういうことを考えていた。

 

 未知の、しかしきっと悍ましいだろう攻撃方法に思いを馳せるのは、恐怖ばかりではなく、その攻略法を探るためだ。

 

 しかし、フィリップは重々しく頭を振り、もと来た洞穴を示す。

 目に見えない細い蜘蛛糸が首筋や耳の辺りに絡んだようで、さっきからむずがゆくて仕方がないが、だからシャワーを浴びるために出たいわけではない。

 

 「ここを出ましょう、早く、一刻も早く。もう、そいつがこっちに来てる」

 

 声が震える。その原因は戦意か、戦慄か。

 布団を叩くようなくぐもった足音が、明らかに二足や四足ではない連続性を持って聞こえてくる。

 

 それは蜘蛛の巣に汚染された地下ドームの方から聞こえてくるが、何層にも折り重なった蜘蛛糸が音を吸って、音源の位置が特定できない。もう近いのか、まだ遠くにいるのか分からない。ただ──段々と音が大きくなっていることだけは分かった。

 

 不味い、と、フィリップは苦々しく表情を歪める。

 だって──さっきから、シュブ=ニグラスに与えられた智慧が、警鐘を鳴らしている。

 

 「少年の言う通りだ、何か来るぞ! 総員、戦闘態勢!」

 

 団長の号令に従い、衛士たちがヘルムのシェードを下ろして抜剣する。

 だが、そんなことをしたって意味は無い。相手は──旧支配者に連なるものだ。即ち、地球圏外より飛来した、人類領域外の神話生物。

 

 次元を超越する糸を幾つもの異空間へと張り巡らせ、異次元と異次元を繋ぎ合わせる広大な巣を張る蜘蛛神の落とし仔。名を、「アトラク=ナクアの娘」という。

 

 地下空洞を埋め尽くす蜘蛛の巣が剣で切れないのも当然だ。

 これはアトラク=ナクアの次元超越糸。かの神格とその娘たちしか使えない、異次元を渡る繋ぎ糸。物理的手段では絶対に干渉できない、他の次元を跨ぐもの。

 

 ……ならばこの糸を斬ってみせたという魔剣は、まさか次元断を可能とする超級の存在か。

 

 「……龍は、殺せるだろうな」

 

 龍の身を守る存在格の壁は、この世界に厳然と存在する法則(ルール)。それと同様、次元超越糸が物理的干渉を跳ね除けるのも、ルールに基づく現象だ。この糸を斬れるのなら、存在格の壁も突破できるだろう。

 

 だが、今はそれ以前の問題がある。

 言うまでもなく、アトラク=ナクアの娘がこちらに向かってきていることだ。

 

 「フィリップ君、エレナ様とリック殿を安全な所へ!」

 「違う、それは貴方達が──、っ!」

 

 ヨハンが叫んだ指示は、何かと衛士たちの前に出ようとするフィリップを遠ざけるための方便もあった。

 ただ「逃げろ」と言うだけでは従わないだろうという思いが半分、フィリップが逃げた後も罪悪感や自己嫌悪を持たないようにという思いが半分くらいだ。

 

 そんなヨハンの心遣いも、逃げろと叫ぶフィリップの悲痛な声も、ほんの一瞬で無駄になった。

 

 ドームを埋め尽くす多重多層の蜘蛛の巣から、一つの影が突出する。

 それは一行の前に八つの肢で着地すると、ゆっくりと顔を上げた。

 

 でっぷりと太った腹には、身の毛がよだつような腫瘍が幾つも浮かび上がっている。

 太い毛がまばらに生えているのは、蜘蛛というより、それを知らない子供が粘土を捏ねて作ったような有様だ。

 

 八つの目が不規則に並ぶ頭には、剣先のような毒牙が一対。油面のように極彩色の毒液が松明の明かりを反射して、てらてらと不気味に光っている。

 八つの肢は節目で曲がり、岩の地面と硬質な音を立ててぶつかり合っていた。

 

 蜘蛛とは、よく言ったものだ。

 全長にして5メートルか6メートル。通常の蜘蛛では有り得ないサイズだ。妙に細長い脚や首の動きは、八肢異形のヒトガタが蜘蛛の物真似をしているようにも見える。

 

 結局、それは何かと言われると、やっぱり蜘蛛に見えるとしか言いようがない。

 

 きいきいと軋みを上げる大顎が明らかに嘲笑の形に歪められ、揶揄うように首を傾げると、衛士たちの背筋に真冬の冷たさが吹き込んだ。

 

 

 

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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