なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 フィリップが仕方なく、衛士団が義務と名誉の為に決意を固めた、その日の夕刻。昨日と同じメンバーが、昨日と同じ王宮の一室に集められていた。

 

 フィリップの立ち位置は、昨日と同じくステラの後ろだ。昨日と違うのは、右手の宮廷魔術師と親衛騎士の並びの最前列、衛士団長の向かいとなる位置に座っているのが、騎士団長ではなくルキアだということ。たまたま彼女の見舞いに行って駄弁っている途中で呼ばれたため、一緒に来たのだった。

 移動の道中で、大体の事情は話してある。

 

 「……不満そうだな、ルキフェリア」

 「……そんなつもりは無いわ。眠たいからそう見えるだけよ」

 

 いつも通りの澄まし顔のルキアに、ステラが苦笑と共に呼び掛ける。

 応じるルキアは眉一つ動かさなかったし、フィリップや他の誰から見ても、ルキアの表情に不満の色は無かった。

 

 しかし最も付き合いが長く、親密さはともかく理解度では誰にも負けないと自負するステラに言わせれば、顔に明記されている。

 

 ……大方、フィリップが龍狩りなんて危険なことをするのに抵抗があるのだろう。

 しかし、それが自分やステラの為で、何よりフィリップ自身が言い出したことだから反対はできない。いや、反対するのは美しくないとでも思って我慢していると言ったところか。

 

 フィリップは邪神に守護されているとはいえ、相手は古龍だ。吸血鬼の方がまだマシな、正真正銘の怪物。この星の覇者。

 何かあるかもしれない。死に至らなくても、大怪我をするかもしれない。そんな心配が心の内に渦巻いているはずだ。

 

 ついこの前にフィリップが吸血鬼に拉致されて、多大な心労を負ったばかり。更には病気で心も体も弱っている。……傍に居て欲しいという心は、ステラにも理解できる。

 

 ──だが。

 

 「龍殺しは、成し遂げればそれだけで英雄と称えられる難行だ。あの召喚術を使えるカーター以外に、安心して任せられる者はいない。……それに、私は、命を任せるならこいつがいい。もし失敗しても、それならと受け入れられるだろう」

 

 合理と感情が、弱い心を押し流す。

 ステラにとってはそれが当たり前のことだし、そういう風に生きてきて、そう生きていくと決めた道だ。弱い心も、甘えも、計算の下に切り捨てる。

 

 たとえルキアの言葉でも、フィリップが行くというのなら止めさせはしない。それが戦略的最適解であるが故に。

 そんな決意を滲ませるステラの鋭い視線に、ルキアは絶対零度の視線で応えた。

 

 「私もそうよ。それで、その自己満足のためにフィリップを危険に晒すの? ……ふぅ。ごめんなさい、忘れて。横槍を入れるつもりは無いから」

 

 ルキアは溜息と共に、部屋の中を氷河に堕とすかのような怒気を霧散させる。

 世界最強の魔術師二人の睨み合いに、衛士と親衛騎士という最高峰の戦士たちが思わず身を竦ませ、宮廷魔術師たちは白目を剥いていたが、それもどうにか終わりを迎えた。

 

 「……聖下、娘が失礼を致しました」

 「殿下、娘の暴走をお許しください」

 

 国王と宰相が、それぞれルキアとステラに頭を下げる。

 ステラが片手で、ルキアが目礼で応じた。

 

 それでも何となく張り詰めた空気の中、フィリップが斜め前に座るステラの肩をぽんぽんと叩く。

 

 「……殿下、失敗前提みたいな言い方するの止めませんか? 龍殺しに三日、往復で十日なら、何とか二週間以内に間に合う計算なんですけど。ねぇ先生?」

 「え? あ、そ、そうね。今のお二人の症状から見て、昏睡状態に陥るまでそのくらいの猶予はあるはずよ」

 

 水を向けられたステファンが慌てつつ応じると、フィリップは「ほらね?」と言いたげにステラを見遣る。

 ステラが何も言わずに肩を竦めると、国王が小さく、宰相が口元を隠しつつも明朗に笑った。

 

 「はははは……豪胆というか、鈍感というか……君は、ルキアや第一王女殿下の“友達”なんだね。本当に」

 「え、はい、そうですけど……」

 

 楽しげに笑う宰相につられたか、フィリップの「何言ってるんだこの人」と言わんばかりの怪訝そうな顔が可笑しかったのか、大人たちに笑いが伝播していく。それで剣呑な空気は完全に吹き飛んだ。

 

 ステラはこほんと咳払いを一つ挟み、空気が弛緩する前に引き締める。

 これからするのは、それこそ王国の進退に関わるような大切な話だ。険悪な雰囲気である必要はないが、空気が緩み切ってしまうのは問題だった。

 

 「では、本題だ。昨日、カーターが一人で龍殺しに行くと言って、馬や食料の手配を王宮と公爵家で進めていたが、これは中止だ」

 「……はい?」

 

 淡々と、物凄いことを言い出したステラに、フィリップは思いっきり眉根を寄せて聞き返す。

 龍狩りの中止は、即ちステラ自身の死を意味する。それとも何か、魔力浄化装置の代わりになる代物でも見つかったのか。

 

 戸惑うフィリップに、ステラはにやりと意味ありげな笑みを向ける。

 

 「フィリップ・カーター単独での遠征は中止。衛士団による古龍討伐作戦への編入とする」

 「良かったじゃない。貴方、衛士団のこと──」

 

 ルキアもステラと同質の、子供に向けるような慈愛と揶揄を多分に含んだ微笑を浮かべる。

 フィリップは満面の笑みを浮かべて、もしかしたら飛び跳ねたりするのではないだろうかという懸念を抱きつつも期待していた二人だが、しかし。

 

 「──反対です」

 「……何?」

 

 フィリップはむしろ、眉を顰めて頭を振った。

 

 確かに、衛士団と一緒に戦えるなんて光栄なことだとは思う。彼らに憧れる者として、またとない機会を喜ぶ心もある。

 だが──今でなければ。相手が古龍でさえなければ。例えばショゴスくらいの、フィリップのウルミでもエンチャントがあればどうにか戦えるような低俗な相手であれば、喜んで轡を並べただろう。

 

 いや、召喚術が正常に扱えたなら、邪神が相手でも「僕が彼らを守るんだ!」なんて、無邪気に拳を握っていたかもしれない。

 

 でも、今は駄目だ。

 今のフィリップに、戦う力は殆ど無い。

 

 龍という特級の生物を前に、フィリップの本能はきっと全霊で生命の危機を叫ぶだろう。

 神経物質が大放出され、筋肉が硬直し、思考が過回転する。その中でも絶対に冷静な精神を使って邪神を召喚すれば、きっと、心の内にある“懇願”とやらも消え失せるはずだ。きちんとした外神の視座から、呼び掛けられるはずだ。

 

 だが賭けなのだ、これは。

 もしも邪神が従わなければ、フィリップの中に惰弱ありと認められたら、フィリップは生身で龍と対峙することになる。

 

 そうなったら、今度こそヨグ=ソトースの庇護を頼るほかない。ヤマンソを制御した時のように、龍の心臓と血液だけは残してくれることを信じて。フィリップの死を阻んでくれることを──外神への新生を以て守護と見做すような、大雑把な把握ではないことを信じて。

 

 そんな大博打に、衛士たちの命を賭けさせられるわけがない。

 

 「僕の召喚術は不安定で、今はまともに召喚することも出来ません。原因は分かっているので、行けば……戦闘状態で余計なことを考える暇が無くなれば、召喚は出来ると思いますが確証はありません。そんな賭けに彼らを巻き込みたくありませんし、僕の召喚物は周囲への影響がとても大きいので……殿下もルキアもご存知でしょう?」

 

 そうだな、なんて頷くステラに、フィリップは眉根を寄せたまま続ける。

 

 「衛士団の皆さんを死なせたくないから、一人で行こうとしてるんですよ? 僕が自分の手で……ではなくても、僕の召喚物のせいで殺すようなことになったら、本末転倒です」

 「……だ、そうだ。今回の命令は衛士団長の意見具申と自薦によるものだが、反論はあるか?」

 

 水を向けられた衛士団長は、はっきりと頷いた。

 すっと立ち上がった姿はしゃんと背筋が伸びていて、町民に親しまれる衛士ではなく、規律に支配された兵士の側面を強く感じさせる。

 

 「……はい、王女殿下。我々が赴くのは、まさにその彼の為であります。確かに、彼の召喚術の巻き添えで死ぬことは避けたいですが……失敗する可能性があるのなら、尚の事、同行すべきでしょう」

 

 彼は「暴走はともかく、失敗の可能性もあるとは知りませんでしたが」と苦笑する。

 しかしフィリップが「それなら」と言い募る前に苦笑を引っ込めて、真剣な表情でフィリップと目を合わせた。

 

 覚悟を決めた戦士が醸し出す、悲壮感とよく似た、しかし勇気と決意によって決定的な差異を持った覇気が迸る。

 

 「召喚術が成功したのなら、脆弱な術者を狙われた時に対処するため。失敗したのなら、何を措いても彼を生還させるため。我々は彼に同行したいと考えております」

 

 言葉を終えた衛士団長は、国王とステラに一礼して着席する。

 

 「……失敗することも考えての結論らしいが、どうだ、カーター?」

 「どうだって……いや、殿下──」

 

 貴女は何も分かっていないと言いたげに言い募ろうとするフィリップだが、しかし、ステラのものではない声によって言葉を遮られる。

 

 「──フィリップ君。君は、一つ勘違いをしているようだね」

 「……父上?」

 「君の召喚術は凄まじい破壊力だ。最上級攻撃魔術にも匹敵する。……だが、召喚物の制御が甘く、不安定だという。──そんな君と、我が国が擁する最高の兵士たち。どちらの言葉が重いと思う?」

 

 「やさしいおじさん」の仮面を被ってはいたものの、明らかに叱責の色を孕んだ言葉に、ステラが怪訝そうに声を上げた。

 しかし国王は娘を片手で制して、穏やかな微笑のまま続ける。

 

 疑問形ではあったものの、明らかに回答を求められていないし、そもそも誤解のしようがない。

 

 フィリップか、衛士か。

 12歳の子供か、王国最強の兵士たちか。

 

 そんな二択なら、誰もが迷うことなく後者を選ぶ。

 

 「君はステラやサークリス聖下の友達だが、それだけだ。王族の決めた命令に逆らうことはできない。そして私は国王として、父として、次期女王である娘が助かる可能性、作戦が成功する可能性が最も高くなる人員を派遣する」

 

 身分の格差を強く意識させるような──ともすれば三人の関係性に亀裂を入れかねない発言に、ルキアが柳眉を逆立てる。

 父親である宰相が小さく首を振っていなければ──いや、その意味ありげな微笑に気を取られていなければ、ルキアが何か言う方が、フィリップが言葉を紡ぐより早かっただろう。

 

 「つまり、決定事項と?」

 「その通りだ。作戦の中枢はあくまで衛士団、その武力だ。君の召喚術は撤退さえままならない壊滅状態に陥った場合にのみ使用を許可する」

 

 口調こそ硬いものの、国王の表情は柔らかな微笑だ。有無を言わさぬ雰囲気のようなものはない。或いは、フィリップが感じ取れないだけかもしれないが。

 

 「……」

 「……私も陛下に賛成だ。カーター、以前に私が言ったことは覚えているな? ほんの少しでも、お前の人間性が失われる可能性は許容できない」

 

 判断を仰ぐようにステラを窺うフィリップに、少しの思考の後で深い頷きが返される。

 

 ステラがそれでいいというのなら──フィリップが知る中で最も正しい判断をするであろう彼女がそういうのなら、フィリップにも否やは無かった。

 

 「……はい、殿下。……僕も、衛士団と一緒に戦えるのは素直に嬉しいですからね。よろしくお願いします、衛士団長」

 

 小さく肩を竦めて一礼したフィリップに、衛士団長はいつか見たように豪快に笑った。

 

 「ははは! うむ、よろしくな、少年!」

 

 

 

 

 

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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