とりあえず追いついた先にあったのは寂れた廃工場だった。
仮面してる正義の味方とかの撮影に使われてそうな場所だった。
そんな工場の塀を越えた中でワゴン車が乗り捨てられている。
とりあえず窓から中を見たが誰もいなかったので、タイヤの空気を抜いておく。
今生ではMeeKingのバイトで忙しいが、前世ではガソリンスタンドでのバイトもしてたし、危険物取扱者も乙種まで取っていた経験が生きた。
この世界では車はもはや完全なガソリン車は少なく、電気モーター兼用のハイブリット車か完全電気自動車、もしくはファイターのスピリットをメイン動力にしてるファイティングカーというのもプロの世界での乗り物としてでているが、基本的なタイヤぐらいの構造は変わってない。
乗って逃げられても困るし、店長を拉致った連中が乗るのは救急車かパトカーだけで十分だろう。
それとここに来るまでの道すがら半ば役に立たないだろうが一応警察に通報はしておいた。
これも念の為、もしもこれがアニメかなんかの媒体である展開だったら多分色々区切りがつくまでこない気もするが……
「まあしないわけにはいかないしなぁ」
とりあえず、工場の入口や通路の途中で見張りをしていた黒服スーツの男共を不意打ちで片付けた。
出来るだけ音を立てないように気をつけて、距離を詰めたら石を握り込んだ手袋パンチ数発と追撃の足折り踏みつけで楽勝だった。
銃器類ぐらいはなんか出されたらビビると思ったがなんかあっさり倒せてしまってびっくりした。
この世界はカードゲーム世界だぞ?
暴力で弱くて犯罪者がやってられるのだろうか。
前世では人間一人ぐらいしか再起困難にしてない俺でも、ちまちまガキの頃から道場に通ってるだけで多少強くなれたというのにだらしねえな。
「まあ弱い分には助かるんだけどよ」
三人目の黒服をみぞおちレバーから口を塞いで膝蹴りで始末しつつぼやき、回りを見渡す。
廃棄された工場ではあるが、通路にはぼんやりとした目立たない照明がついており通電している。
なんらかの発電機なりで工場が生きている。
斃した黒服の数は三匹、ワゴン車のサイズからして乗っていた数は遠目から見えたジジイでラストのはずだが油断は出来ない。
リアルファイトで片がつくなら話が早いんだが……絶対無理な気がする。
「無事でいてくれよ、店長」
腰のベルトに固定したカードホルダーがあることを確認し、俺は手早く駆け出した。
◆
私のセーフハウス。
そこに用意した機材に、私は目を通していた。
「くふ、くふふふ……やはりエレメンタルスピリッツを発している……地棺セト、やはりレガシーの器ですねぇ」
十字架型のファイター用拘束台に固定した
彼女の発するスピリット……ライフの反応に、私は望んでいたものを見出していた。
「素晴らしい! 身につけていないというのにこれだけのエレメンタルゲインとは! まさに精霊の加護を受けている!」
ゾクゾクする。
「このデータさえあれば、レガシー探査器の性能がさらに一歩、いや何十歩も進むことだろう! そうなればやがて全てのレガシーが……いや、それどころではない!」
全身が歓喜で泡立つのがわかる、老いて久しい身体に血が巡ってくるのを実感する。
「あの
そうなれば全てが手に届く。
全てのカードが、全ての力が私の手に!
「まったく惜しいな、これを”柱”として使い潰してしまうなど……私ならばもっと末永く有効活用してやったというのに」
まだ電気刺激も与えていないのに、発せられている”スピリット”ゲインの係数は一般ファイターの比にならない数値だ。
さすがは十代半ばで、世界最強のファイトランカー・
しかし、それも今は過去。
切り札であるはずのレガシーカードもなく、私の手の前になすすべもなく破れた今は凡人。
いや、私の闇のカードがそれだけ強すぎたということか。
「プロフェッサー……メガバベルからの依頼ですぞ」
「ふん、わかっているとも」
実験室の片隅で突っ立っているバベル社のエージェントの言葉に、水を差された。
「ちゃんと引き渡すとも。夜明けにはな」
「すぐには渡さない、と?」
「私が確保したレガシー使いに関しては最低限データを採らせてもらう。それが貴様らに手を貸してやる契約条件だ」
そうでなければこの私、プロフェッサーが使い走りのような真似をするものか。
メガバベル社長。
あの小娘が
「小賢しい精霊狩りに、秘虎使い、それにまだ確保出来ていないという未知の精霊使い」
そして、あの小娘もまた。
「私が刈ってやろう」
私の闇の力に敵はいない。
実験体はいくらでもほしい。
「フィヒ、ヒィファ、ファハハハハハ!」
目の前に広がり続ける未来に、私は笑いが止まらなかった。
ひとしきり笑い。
「んっ……」
ふと、目の前の
「いかんいかん実験を再開するとしよう。見学をしたいというならば構わんが、静かにしておきたまえよ?」
機材を操作しながら、監視の男に向けていう。
さてはて、時間は押しているがなにから始めようか。
最低限人間としての機能が残っていれば、柱には問題あるまい。
多少は壊してしまっても、それはその時。
「有用なデータをくれたまえよ?」
台に組み込んであるマシンアームを操作。
まずは無機物分解用のメスで邪魔なパッケージを――
バゴンッ!
「ぎゃあ!?」
聞き覚えがある轟音と悲鳴。
「なんだ!?」
振り返る。
そこには実験室のドアだったものと、それに押しつぶされた監視役の男。
そして。
「誰だ貴様は!?」
右手に長い革手袋を嵌めた見覚えのない若い男がドアのあった場所に立っていた。
「おい、リアルファイトしろよ」
「な、にっ?」
「暴力の時間だ、おらあ!」
乱入者の振りかぶる姿勢。
私は慌ててしゃがみ――頭上を切り裂く音がした。
破壊音と火花の散る音。
「あ゛あっ!? 私のマシンが!?」
「イヤー!!」
視界を横切る黒い風。
破砕音と共に、拘束台に男が組み付いて、マシンアームが、素手で引きちぎられて!?
「ああ゛ーッ!? 私のモルモットが!!」
「ライフと連動して人質が死ぬとかだろ、させるか!」
何を言ってるのだこいつは!?
引きちぎったアームを、槍のように傍のモニタに突き刺す暴力的な男。
それに私はデッキを取り出し――
「こい、ハンドグール!」
カードを実体化。
ハンドグールを召喚させる。
通常の人間が勝てる相手ではない、これでぐちゃぐちゃに引き裂いて。
「召喚酔いしてるなら死ね!!!」
一切臆さずに飛び込んだ男の飛び蹴りが、一直線にハンドグールの顔を打ち抜いて、吹き飛ばした。
化け物かこいつは!!?
「なんだ、なんなのだ、おまえは!? わけがわからんぞ!!?」
「頭脳ゲームを持ち込むなら対等の暴力用意してないと負けるに決まってんだろ!」
流れるように吹き飛ばし、倒れたハンドグールの顔を踏み潰す男。
い、いや、確かに実体化したカードは一時的に実体化している。
銃器や、訓練された兵士、洗礼を受けた武器防具があれば倒されることもある。ある、が。
なんなのだこいつは!? どこからわいてきた!
「闇よ!」
消えていくハンドグールから次に襲われる前に、私は闇のカードを引き抜き、闇の領域を展開した。
「っ、これは……!」
みるみる間に広がっていく黒の世界。
気温が下がり、壁も床も天井すらも墨汁を塗りたくったような漆黒に。
その中で色を持つ。
輝きを持つものは私と男……それとモルモットのみ。
「これは闇の領域。全てが死に浸かる神聖なる不可侵領域」
「そのカード、闇のカードってやつか」
ほぉ。
この男、血気よく襲ってきたあたり、ある程度の知識を知っていたか。
そうだろうな。
「その通り。それを知っているならば理解出来るだろう、貴様はこのモルモットと知り合いのようだが」
「うちの店長を可愛らしい愛玩動物みてえにいうんじゃねえよ。モチモチして、最近は運動不足なの気にしてんだぞ」
その威勢の良い口がいつまで持つかな。
「この領域の中では、全ての物理攻撃は無効になる。ぶつけ合うのはお互いの生命、その闘争のみ!」
「……ファイトか」
「そうとも! 抗うならばカードを握り、そのデッキの調べを響かせるがいい!」
私は常に身につけているバトルボード。
闇の力によって生まれ変わった己が祭器を展開し、デッキをセットする。
「絶望するがいい。お前ごときでは立ち向かえんという絶望に」
「……それはどうかな。デッキぐらいは持ち歩いてるぜ」
そういって腰からデッキホルダーを男は掴んで、デッキを取り出した。
そうだろう。
デッキを持たずに闇の領域に入れば、常人は抵抗も出来ずに闇に取り込まれるのみ。
くく、しかし貧弱な光だ。
デッキを奪ったモルモットよりもか弱く、感じる共鳴はまるで聞こえてこない、虫の息だ。
「確認する。勝てば解除されるんだな?」
「そうとも、勝てればな」
「……負けたらどうなる? 死ぬのか、魂が砕けるのか、カードに封印されるのか」
「ほぉ、覚悟は出来ているようだな。地棺セトから教わっていたか、そうだな、場合によるが……」
どうやらこいつはこのモルモットと深い関係にあるらしい。
そうでなければ闇のカードの詳細を知るわけもない。
元とはいえ当然セトから教わっていたのだろう。
「私は優しい。精々闇のカードに閉じ込めて、その生命力を吸い上げ続けてやろう。貧弱なものだろうが、ないよりはマシだ」
しかし、カードに閉じ込めても五感は生きている。
闇の中で悪夢を見せられながら、そうだな、これの前であのモルモットを解体してやろう。
その痛み、絶望であればよりよいスピリッツが搾り取れるに違いない。
「……お決まりの罰ゲームをしやがって」
男もまたボードを展開する。
取り出したデッキを、わざわざ手でシャッフルし、カットを行ってからセットする。
「くく、手間をかけて時間を稼ごうというのか? 妙に分厚いデッキだったが、間違えていたのならばさっさと投了したほうがみのためだ」
「闇のファイトでサレンダーなんて出来るのかよ」
「懇願すれば認めてやるとも」
男の言葉に、私は嘲笑う。
既にもう決まった勝利だ。
この男は愚かだ。
何故そのモルモットがここにいるのか。
精々実体化したカードで不意でもついたと思っているのだろうが、違う。
元世界12位のファイターでも勝てない理由があるということに気づいていない。
「お前はすぐに気づくことだろう――決して勝つことが出来ない事実を」
何故ならば。
この闇のファイトは。
訪れる日の光は世界から彫り込まれた山脈の形も、透き通るような海の色もまた浮かび上がらせる。
夜の訪れが、山々を解きほぐし、川と海の違いもわからなくさせるように。
世界は現れては消えていく不確かな幻想だ。
――黒き海の悪戯と気紛れ