「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」の取りまとめを受け、取調べの録音・録画の全事件・全過程への拡大等の法改正を速やかに進めることを求める会長声明
本日、法務省「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」(以下「本協議会」という。)第21回会議が開催され、取りまとめが行われた。本協議会は、2016年(平成28年)に成立し、取調べの録音・録画制度等を創設した改正刑事訴訟法(以下「改正刑訴法」という。)の見直しの検討のために、2022年(令和4年)に設置されたものである。
改正刑訴法は、郵便不正・厚生労働省元局長事件及び証拠改ざん事件を契機とし、「取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直し」を掲げて2011年(平成23年)設置された法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会の取りまとめを受けて成立したものであり、国会の附帯決議においても「度重なるえん罪事件への反省を踏まえて重ねられた議論」に基づくものであることが確認されている。取調べの録音・録画は取調べの適正な実施の確保に資するものであり、その必要性は一部の事件の逮捕・勾留された被疑者の取調べに限られるものでない。しかし、同特別部会において、捜査機関は、取調べの録音・録画に伴って捜査上の支障その他の弊害が生じる場合があると主張して、全事件・全過程の取調べの録音・録画の義務付けに反対した。それに対し、複数の一般有識者委員が一致して、将来的な全事件の可視化の方向性に向けた道筋を一定程度明確にし、一定期間経過後に運用状況の検証を行い、それに基づく見直しを行う手続を具体的に盛り込むことを求めた。これを受けて施行後に制度の見直しを行うものとすることが盛り込まれたことにより、同特別部会の取りまとめは、全会一致で承認されたものである。
このような経過で成立した改正刑訴法は、2019年(令和元年)までに順次施行され、本協議会においてその施行状況が共有されたが、捜査機関が生じる場合があると主張していた取調べの録音・録画に伴う弊害の実例は、全く報告されることがなかった。少なくとも録音・録画義務の除外事由が設けられている現行法の下では、録音・録画の有用性を上回る弊害は生じないことが実証されたと言える。
その一方で、改正刑訴法の施行後も、プレサンス事件や大川原化工機事件に代表されるえん罪事件が繰り返されている。陵虐行為や強制捜査の示唆により他人を罪に陥れる虚偽供述を強要する取調べや、黙秘権を行使する被疑者の人格権を侵害する取調べも次々と発覚し、違法な取調べは録音・録画の下ですらも行われている。また、無罪を主張する被告人を長期間勾留する「人質司法」も改められておらず、被告人が無罪を主張しているにもかかわらず証拠開示の権利を保障せずに公判審理を行っている事例や、証拠開示の手続に何年もの期間を不合理に費やしている事例も明らかになっている。「えん罪事件への反省」は活かされておらず、取調べに過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しは実現していないと評価せざるを得ない。
本協議会の取りまとめは、改正刑訴法の趣旨が十分に達成されている状況にあるとは言えないという認識を示した上で、「政府において、取調べの録音・録画の対象範囲の拡大を含む制度改正や運用の見直し、その他刑事手続における新たな制度の導入について、新たな検討の場を設けて、具体的に検討を行うなど、所要の取組を推進することを強く期待したい」とした。当連合会は、取りまとめを受けて新たに設置される会議体において、取調べに依存した捜査・公判の在り方を改め、えん罪を防止するために、取調べの録音・録画制度の対象の全事件・全過程への拡大のほか、供述しない意思を明らかにしている被疑者に対する取調べの規制、弁護人を取調べに立ち会わせる権利の保障、「人質司法」の解消、迅速な証拠開示を受ける権利の保障等を内容とする制度設計を進めることを求める。取り分け、取調べの録音・録画制度については、供述を客観的に記録する有用性が明らかになる一方で、それを上回る弊害は生じないことが実証されているのであるから、被害者を含む参考人についても現行法と同様の供述者の意思に基づく除外事由を設け、それを適切に運用することを前提に、原則として全ての被疑者及び参考人の取調べの客観的な記録を義務付ける法改正が行われるべきである。本協議会も取りまとめまで3年の期間を費やしたが、前記特別部会の設置からは14年もの歳月が経過しているのであり、えん罪を防止するための法改正のスピードはあまりにも遅いと言わざるを得ない。刑事司法に対する国民の信頼をこれ以上失わないようにするためにも、今後、速やかに法改正を実現することが必要である。
2025年(令和7年)7月24日
日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子