幸せは比べるものではない。
東京在住の女性A様から「一人でいると深刻に考え込んでしまうから、熱海の家に泊まりたい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。職場の上司からパワハラを受けて仕事を休職している。七年付き合っていた彼氏から別れを告げられて、色々な物事がうまくいかなくなり、私の人生は何だったのだろうと思ってしまう。自分以外はみんな輝いていて、自分だけがダメなように感じてしまう。A様は、そのようなことを言った。
最初は涙ながらに話していたA様も、徐々に「酷くないですか?!」とか「踏んだり蹴ったりですよ!!」とか言いながら、笑顔になった。一人だと深刻になることも、誰かと一緒なら笑える。A様は「自分の中からとめどなく黒いものが溢れて来ると思っていたけど、熱海の家の静けさに触れていたら、色々なことがどうでもよくなった」と言った。私も、この家の静けさには助けられている。海を泳いだり、山を登ったりすると、社会のしがらみから自由になって、人間の毒が抜ける。
A様は「スマホばかりを見てしまう。SNSを開くと、いつも何かに怒っている人たちがいる。私も人のことを言えない。インターネットに取り憑かれて、自分の人生を生きられなくなっている」と言った。頭に情報を詰め込むほど、心はからっぽになる。いつも何かに焦らされて、自分は足りないのだと思い込み、他者との比較に疲弊する。比べる限り負け続ける。比べる限り惨めになる。幸せは比べるものではないと思う。人が欲しがるものを持っている人が幸せなのではなく、自分が欲しいものを持っている人が幸せなのだと思う。
モテたいとか、有名になりたいとか、お金持ちになりたいとか、それは「他人の夢」だと思う。あなたを好きになるのは他人だし、あなたにお金を差し出すのも他人である。自分にできることは、他人にさせたいことをさせることではなくて、自分がやりたいことをやることだと思う。これをやればモテるかなとか、これをやれば有名になれるかなとか、これをやればお金持ちになれるかなとか、そういうことをやるのではなく「これがあったら男も要らない」「車も要らない」「金なんか要らない」と思えることが、自分の夢だと思う。
自己啓発書には「明日死ぬとしたら何をやるか」と書かれている。逆だ。今、この瞬間を最高だと思えたら「死んでもいい」と自然に思える。死を持ち出して自分を脅迫したり責め立てると、体は緊張し、心は硬くなる。「他人ではなくて過去の自分と比べましょう」とかも聞く必要はない。誰とも何とも比べない。好きなことがあるのは幸せなことだが、好きなことを見つけなければならないと思うと、窮屈になる。やらなければならないことなんて、この世の中に一つもない。特別な人間になる必要はない。自分が「やりたい」と思ったことをやり続けた先に、特別な人生があるのだと思う。幸せは比べるものではない。比べる限り負け続ける。比べる限り惨めになる。焦らなくてもいい。三年でも三十年でも寝たらいい。元気になったら、何度でも生き直せばいいのだと思う。
おおまかな予定
7月28日(月)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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