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大学時代に貸与型奨学金を利用した場合、卒業後に、社会人になってから返済がスタートします。その負担は小さいものではないことから、本人に代わって代理返還する企業が増えています。奨学金の代理返還の現状について、専門家に聞きました。(写真=Getty Images)
大学生の2人に1人が奨学金を利用
まず現在の奨学金の受給状況を見てみましょう。奨学金に関するサイトを運営する株式会社ガクシーの広報マネージャー、小林佑季子さんは、こう話します。
「少子化が進んでいる日本ですが、奨学金の受給者は逆に増えています。2022年に日本学生支援機構(JASSO)が行ったアンケート調査によると、奨学金を受給していると答えた昼間部大学生は55%で、ほぼ2人に1人が利用していることがわかりました」
JASSOの奨学金調査についても、22年度の調査では、大学、大学院などの高等教育機関の学生約365万人のうち、約3.2人に1人が利用していました。
小林さんはこう続けます。
「JASSOの奨学金受給者のうち、返済の必要がない給付型を受けている学生は約23%、77%が卒業後に返済の義務を生じる貸与型です。また、大学生の平均借り入れ額は約310万円程度で、それを多くの方が、毎月1万5000円から2万円くらいを約15年かけて返却しています。これは入社したばかりの若い社員にとって、経済的に大きな負担となっています」
こうした負担を軽減するため、最近増えているのが、企業が本人に代わってJASSOに奨学金を返還する「代理返還制度」です。
代理返還制度とは、企業が社員の奨学金を全額、または一部を肩代わりする制度です。この制度自体は以前から行われていましたが、21年度から制度の内容が大きく変わりました。
約2700社が代理返還制度を導入
これまでは企業が社員に奨学金分を給与に上乗せし、それを社員がJASSOに支払う形でしたが、21年度からは社員に代わって企業が直接JASSOに返還する制度に変わりました。なぜ制度が変わったのでしょうか。
「従業員に渡すと、本当にJASSOに支払っているのかどうか企業には確認できませんが、直接返済することで確実に支払うことができます。また社員の給与に奨学金分を上乗せすると、同期の社員よりも給与が高くなってしまい、不公平感が生まれてしまいます。本人にとっても、給与が増えると税金や社会保険料が増える可能性がありますが、企業が返還すれば社員の報酬と見なされないので、その分の税金や社会保険料の負担はありません」
代理返還する企業にとってもメリットがあります。企業は代理返還分を損金扱いにできるので、その分、税金の控除を受けられます。また、制度があることで学生の募集がしやすくなったり、奨学金の返還を肩代わりすることで、社員が企業に長く勤める可能性が高まったりします。さらに社員を大切にする姿勢をアピールでき、企業のイメージアップにもつながります。そのため、導入する企業は年々増え、現在は約2700社に達しています。
北海道名寄市にある第一建設もその一つです。地元の名寄市を中心に、公共工事や民間工事、さらに災害復旧などの土木工事を行っています。代理返還制度を取り入れた理由を寺島峻介・代表取締役は、次のように話します。
「大学時代の友人が、『社会に出たら借金を返さなきゃならない』と話していたのを聞いて、奨学金に関心を持つようになりました。その後、代理返還制度のことを知り、数年前から当社でも取り入れることにしました」
同社では200万円を上限に支援を行っており、現在、社員1人がこの制度を利用しています。企業説明会で制度のことを説明したら、「それは助かります」と、内定していた他社を辞退して、同社への入社を決めた例もあります。
「年間200万円だったら、一企業としても出せる金額です。これからも福利厚生の一つとして、学生の皆さんにアピールしていきたいです」
最近ではUターンやIターンを見込んで、地域内の企業に就職する若者の奨学金を肩代わりする自治体も増えており、日本全体のほぼ半数にあたる816市区町村と47都道府県が支援制度を設けています。
株式会社ガクシーの大工原靖宜・メディア編集長は、次のように話します。
「行政の取り組みとして、地方の中小企業を活性化させる狙いがあります。また介護職や看護職などのエッセンシャルワーカーを担保するために、業種を特定している自治体もあります。東京大学が2025年度から授業料を値上げし、ほかの国立大もこの動きに続きそうです。一方でなかなか給与は上がらず、経済的に苦しい家庭が増えています。若者を経済面から支援するためにも、導入する企業や自治体がもっと増えてほしいですね」
意欲を見て決定する奨学金も
奨学金には給付型と貸与型があり、 奨学金を受けるときにまず狙いたいのは、返済義務のない給付型です。しかし、「成績がトップではない」「それほど生活が困窮しているわけではないし」と、最初からあきらめてしまう学生も多いようです。
大学が設けている給付型の奨学金は、成績優秀者に支払われることが多いですが、企業の奨学金のなかには、成績や収入による制限がなく、意欲を見て決定するものもあります。また、学費だけでなく、留学や資格取得などに対して支払われるものもあります。大工原編集長は「奨学金を受ける場合には情報の収集が大切」と言います。
「奨学金は複雑で、自分に適したものを見つけるのが困難です。申し込むタイミングが限定的だったり、締め切りが早かったりするものもあります。情報が細かいので、自分に適したものを見つけるのが困難です。学校生活を送りながら探すのはなかなか難しいと思うので、当社のサイトを利用したり、学校の先生に相談したりして、自分に合った奨学金を見つけてください」
(文=柿崎明子)
【写真】奨学金を代理返還する企業が約2700社に増加 ほぼ半数の自治体でも 就職の決め手に
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