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広島県が災害復旧工事で地権者との協議録を偽造した問題で、不正を指摘する内部通報を受けたにもかかわらず、県は事実上「黙殺」していた。内部通報を重視する公益通報制度の機能不全が露呈した。

 最初に問題となった案件は、広島県が2021年に発注した中畑川災害復旧工事だ。国庫補助事業のため、工事金額に関わる設計変更の際には、国への申請が必要となる。その際に添付した地権者との協議録で偽造があった(資料12)。県西部建設事務所呉支所は地権者と協議していないにもかかわらず、虚偽の協議録を作成した。

資料1■ 虚偽の内容を記載した協議録(写真:日経クロステック)
資料1■ 虚偽の内容を記載した協議録(写真:日経クロステック)
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資料2■ 中畑川の災害復旧で施工した根固め(写真:広島県)
資料2■ 中畑川の災害復旧で施工した根固め(写真:広島県)
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 問題はこれだけではない。実は、県の内部通報窓口となっている総務局人事課が21年11月、この工事に関する公文書偽造を指摘する通報を受けていたのだ。ところが23年4月、県は「事実を特定できない」と結論付けていた。

 事態が動いたのは25年4月16日。中国新聞が同工事に関して、県が虚偽の公文書を作成していたと報じた。これを受けて県が調査し、5月8日に協議録が虚偽だったと認めた。

 虚偽だと認定したのは、文書上で協議したとされる地権者の名前が、実際の地権者と異なっていたからだ。実際の地権者は協議したことがないと県に説明している。さらに、協議したとされる県職員の中に、その日に出張した記録のない職員がいた。

 その後、県は最初に発覚した呉支所の1件を含め、土木建築局の発注工事で虚偽の協議録が23件判明したと発表した。そのうち20件は呉支所、3件は他の支所が作成した。「嘘」などと名付けてファイルを保存していた案件もあった(資料3)。

資料3■ 「嘘」と名付けた協議録ファイル
資料3■ 「嘘」と名付けた協議録ファイル
(出所:広島県)
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 ここで疑問が湧くのは、内部通報を受けてから1年以上の時間をかけて「事実を特定できない」と結論付けた当初の調査は、いったい何だったのかという点だ。

 地権者の名前が正しいかも確認せず、実際の地権者にもヒアリングしないようでは、およそ調査に値しない。内部通報が「黙殺」されたと言ってもいいだろう。

 一方で、報道機関という外部への通報によって、今回の不正が発覚したと見られる。内部通報が機能せず、外部通報が功を奏したわけだ。

 企業や自治体といった組織の不正を社員や職員が内部・外部を問わず通報することを「公益通報」と呼ぶ。公益通報した人に対する解雇や懲戒処分など、不利益となる扱いを禁じているのが公益通報者保護法だ。さらにこの法律では、公益通報に適切に対処する体制の整備を、一定規模以上の組織に義務付けている。

 ところが最近、広島県を含め、公益通報の機能不全と呼べる事案が頻発している。その最たる例が、兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ疑惑などを報道機関に通報した元西播磨県民局長への県の対応だろう。

 公益通報者保護法では体制整備義務として、通報者探しを防止する措置を取るよう求めている。もちろん、組織のトップが通報者探しを部下に指示してはならない。

 斎藤知事は体制整備義務について「内部通報に限定されるという考え方もある」と主張。しかしこれに対し、同法を所管する消費者庁は外部通報も体制整備の対象に含まれるとして斎藤知事の見解を否定し、適切な対応を取るよう求めている。

 公益通報制度の機能不全の一因は、同法が国や自治体も対象に含めているものの、基本的には民間企業を想定している点にある。