戦時中に旧陸軍が国立ハンセン病療養所・菊池恵楓園(熊本県)の入所者らに薬剤「虹波」投与実験を行い死者9人が出た問題で、同療養所・大島青松園(高松市)の入所者の松本常二さん(93)が「虹波を飲まされ意識不明で入院し、助からんと言われた。隔離政策で入所者は囚人みたいなもんでした。医師は憲兵のようで恐ろしく、言いなりで断れなかった」と、投与の苦しみを語った。

 松本さんは戦時中、10歳で青松園に入所した。虹波投与が始まったのは1944年で、松本さんは当時13歳。「平べったい錠剤」を1日に1回、昼前に飲まされた。松本さんは高熱で意識不明に陥り10日間ほど入院した。「死ぬような思いをした」

 少年少女舎の子どもたちや軽症の若者に投与され、高熱と顔や手が腫れ上がる激しい副作用が相次いだ。「若い女性の髪がワラワラ抜けて